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2004.09.13

落語とオペラ

落語『死神』の世界 フランス文学・イタリア文学の研究者として名高い西本晃二さん(東京大学名誉教授、現・政策研究大学院大学副学長)の『落語「死神」の世界』(2002、青蛙房)を読む。明治時代の落語家・三遊亭円朝が創案したとされる『死神』という落語が、リッチ兄弟作のイタリア・オペラ《クリスピーノの代母》を換骨奪胎したものであることが、西本さんの博覧強記とそれに加えての周到な調査により、裏づけられていく。『死神』のルーツにはグリム童話説もあり(この説をとっている童話作家・北村正裕氏のエッセイはこちら)、西本さんはこちらの可能性も捨ててはいないのだが、ルーツ特定の興味もさることながら、南ヨーロッパのイタリア・オペラ、北ヨーロッパのグリム童話、はたまたイスラム圏における同種の民話、そして日本の民話ともいえるスタンダード性を獲得した落語──それぞれの性格を比較検討しながら、同じ「死神譚」が地域によってどのように変質するか、あるいは変質しないものはなにか、など、きわめて説得力のある比較文化論にまで高められていて、知的興奮を喚起する。ちなみに西本さんは、同書を「水増ししてつまらなく書きなおした」(西本さん談)論文により、東京大学より国文学の博士号を授与されている(仏文の博士号と合わせて2つめ!)。
 とにかく落語を地でいく軽妙な語り口。エピソードがエピソードを呼び、「みちくさ」と題された枝葉のはなしさえも、どんどん本筋に織り込まれていって、クライマックスに到達する有様は、まるでモーツァルトのオペラ終幕の合唱を観るようだ。
 それにしても、「死神」というひとつの共通項をもとにして、さまざまに異なった物語を紡ぎ上げる人間の多様性と、その逆にアルプスの南北、洋の東西を問わず、ひとつの普遍を共有することもできる人間の文化的共通性を感じた。文化というのはやはりこうして深く豊かになっていくもの。どんなものにもすべからく(c)や(R)の入る現代の文化に、進化はあっても「深化」は難しいのでは──と思いながら読了した。[genki]

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落語「死神」のルーツに興味を持たれた方には、できれば、西本晃二氏の『落語「死神」の世界』と、僕の論文「死神のメルヘン」と読み比べていただければさいわいです。 [Read More]

Tracked on 2005.02.13 at 05:10 PM

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