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2006/02/28

石井誠士先生との思い出

哲学者の石井誠士先生がお亡くなりになりました。1940年11月生まれだから、まだ65歳。兵庫県立大学教授。哲学、生命論、そして音楽論まで、はばひろい研究分野のすべてにおいて、根本的な深い思索をされた方です。
ぼくにとっては、とりわけ『モーツァルト 愛と創造』『シューベルト 痛みと愛』(いずれも春秋社)の著者として、たいせつな方でした。

石井先生との出会いは、ぼくにとって、ひじょうに劇的なインパクトをもった事件でした。
1995年のことです。当時、阪神淡路大震災やオウム真理教の事件などがあり、日本全体がなにか支柱をうしなって揺らぎはじめたような空気につつまれていましたが、ぼくもまた内的な転機にさしかかっていて、なにかよりどころを見つけたいと本を読みあさっていました。
人文書院にいた旧知の編集者にお願いして、『グノーシスの宗教』という大部な本を購入し、三分の一ていどまで読みすすんだときだったでしょうか。そこに、人文書院の「新刊案内」がはさまれていました。ふだんなら、あまり気にもとめずに、そのまま本を読みすすめるところですが、なぜかそのときは、その案内を読まなければならないような気がして、でも、読書を進めようという気持ちも強く、なんとなく逡巡をつづけていたのをおぼえています。
けっきょくは、読書にも集中できず、その案内の紙を読みはじめたぼくは、すぐに1冊の本の案内に惹きつけられました。──『癒しの原理』石井誠士著。
表面的には、「よさそうな内容の本だな」というていどの感想しかなく、すぐにまた『グノーシスの宗教』に戻ったのですが、どうも集中できません。むなしい努力をつづけたあげく、思いきって読書をやめ、すぐに電車に乗りました。向かうは新宿駅。紀伊國屋書店で、『癒しの原理』を購入したぼくは、帰りの電車のなかでページをひらき、そして、「出会えた……」と思いました。探していたのはこれだった、となにか確信に近いものがありました。

石井先生のお名前は、じつはそのちょっと前に、父の蔵書のなかに『モーツァルト 愛と創造』を見つけたときから、気になっていました。「著者謹呈」の短冊がはさんでありましたから、父の知り合いなのだなと思っていました。
『癒しの原理』を読みはじめたぼくは、ほんとうに息を詰めるようにして、1ページ1ページを味わい、さきほどの“確信”をどんどん強くしていきました。半分くらいまで読み進めたとき、もう矢も盾もたまらなくなって、『グノーシス』を手配してくれた編集者に電話をし、石井先生の電話番号を聞きだしました(当時は、いまのように個人情報保護がうるさくいわれませんでしたから)。
電話をすると、奥様がでられて、「今日は、知り合いの家に夕食に呼ばれていて、遅くなると申しておりましたが……」とおっしゃいます。そのとき、ぼくは──いま考えても、どうしてそう思ったのか、わからないのですが──「知り合いの家」というのは、父の家のことだ、と思ったのです。まったく根拠はありませんでしたが、これもまた確信に近いものでした。
そして、実家に電話すると、母がでて、「いま、何人かお客さんがきていて、忙しいから、あとで……」と切ろうとしました。いきなり「石井先生が来ていない?」と聞くのも唐突なので、「石井誠士先生の電話番号を知りたいのだけれど」と聞くと、あきらかに母は絶句している様子。「どうしたの?」と聞くと、「いま、石井先生が来てるのよ」というではありませんか!
石井先生とは、その翌日、お電話でお話しすることができました。先生には、じつはこの顛末は、あまり詳しくは話していません。いや、話したかもしれないけれど、なんだか「当然のこと」のように受けとられ、こちらもそんなにたいしたことではなかったのかな、とやりすごしてしまったようにも思います。

先生とはモーツァルトについて、シューベルトについて、そして現代音楽について、じつにさまざまなことを語り合うことができました。けっきょく、編集者としては1冊も本のかたちにすることはできませんでしたが、仕事を超えて、大きな財産を遺してくださいました。
ぼくにとって、音楽というものが、人間哲学や倫理学にまで高められたものとして、たいせつな道しるべになったのは、先生の導きがあったからこそです。モーツァルトやシューベルトを、真摯に愛や死を考究した人物として、とらえなおすことができたのも、やはり先生の思想のおかげでした。

春秋社 - 春秋2005/06先生の文章に最後に接したのは、春秋社のPR誌『春秋』2005年6月号に、先生が「二つの『レクイエム』演奏」と題して、モーツァルトのレクイエムのことをお書きになったのを送っていただいたときのことでした。いま、手許にその冊子がないために、記憶をたよりに内容を紹介してみます。

阪神淡路大震災から10年を記念しておこなわれたアシュケナージ指揮NHK交響楽団のモーツァルト《レクイエム》の演奏をテレビで聴き、被災者のことなどが思われて、涙が出た。そうした感情をひきだすような演奏だった。
しかし、得心のいかないところがあって、以前録画していたドレスデン・シュターツカペレの同じ曲のビデオをとりだし、聴いてみた。まったく対照的に、感情移入する余地のないような厳しい演奏であったが、感動という点では、こちらのほうが根本的なものだと感じた──。

こんな内容だったかと思います。それにたいして、ぼくはこんなメールを、先生に送りました。

石井先生

残暑お見舞い申し上げます。

『春秋』を送ってくださいまして、ありがとうございます。興味深く拝読いたしました。

日本人とヨーロッパ人の違いについては、最近わたしも体験することがありました。ある現代音楽関係のシンポジウムで、アンサンブル・モデルンというフランクフルトの演奏団体のメンバーが、「自分たちの現代音楽教育プログラムに、ドイツ政府から年間3000万円の助成をうけている」と発言したために、「どうして日本では現代音楽にお金が出ないのか」という話題になってしまったのですが、そのときに感じたのは、ドイツ人が自己と自国の文化とを「地続き」と感じる、その無邪気なまでの楽観性です。日本人にとっては、すべてが借り物ですから、現代音楽であっても古典音楽であっても、そもそも「西洋音楽をなぜやらなければならないか」というところから、すべてを積み上げなければならないわけで、その懐疑は、ドイツ人よりもむしろ根本的に感じました。パネリストのひとりであった近藤譲先生も、ドイツ人が自明のこととして述べる意見を、ひとつひとつ相対化していくことに終始しておられて、シンポジウムとしてはすれ違いの多い、実りの少ないものではありましたが、なにか日本人の誠実さをわたしは感じました。

石井先生がドレスデン・シュターツカペレの《レクイエム》に感じられたものも、ヨーロッパ人がモーツァルトや音楽そのものと、みずからの精神や身体とを地続きと感じるときの、疑いのなさからくるものではないかと、拝読していて思いました。音楽という構造に自己を完全にゆだねることができるから、よけいな感情は必要なくなるのではないでしょうか? 対して日本人は、つねに音楽と自己との矛盾を感じながら、どこに必然性をもとめるかということをつねに考えなければなりませんから、感情にそれをもとめることになるのは、自然ななりゆきではないかと思います。

石井先生のご意見に反対して、日本人をもちあげているわけではなく、日本人はその矛盾を矛盾としてうけとめて、真摯にみずからを問い直すことをしないから、音楽の体験が深まることがないのだ、西洋音楽がいつまでたっても文化として根づかないのだ、と考えたために、あえてこんなことを申しました。明治以来ここまで来たら、もう西洋文化のなかで個を体験するしかしかたがないのに、まだその覚悟がないのです。

また東京に来られることがありましたら、ぜひお声をおかけください。

残暑厳しき折、どうぞご自愛専一に。

いま読みかえしてみると、ぼくの文章には、所詮「借り物」であるはずの西洋音楽を、みずからの文化として無反省に消費する日本人と、「われわれの音楽は素晴らしいもの」と無邪気に主張する西洋人への、怒りに近いような感情があふれていて、その矛先が、西洋人のモーツァルト演奏を「より根本的」と論じておられる石井先生にも向かいかけているようです。もちろん、メールの最後で言い訳めいて書いているように、石井先生を論難しているわけではなくて、むしろ、こうした弱輩者の無責任な主張を、いつも笑って受けとめてくださる先生への、甘えがでてしまっているというべきでしょう。

先生から、そのあとに来たメールが、どうしても見つかりません。あるいはお電話をいただいたのだったかもしれません。先生がいわれたことは、「やはり、あなたにお送りして、よかった」というひとことだけでした。そして、これが、先生と交わした、最後の会話になってしまいました。

思い出があふれて、ついつい長くなってしまいました。
先生のご冥福を、心からお祈り申し上げます。[genki]

  

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更新情報20060228:リンク用のカテゴリーを追加

リンク集を作らなければ、と思っていましたが、面倒なので、ひとつひとつを記事にしてしまおうと思いつきました。
わかりにくいかもしれませんが、サイドバーのカテゴリー内の「links」をクリックすれば、リンク集ができあがり──となるはずです。
まだひとつもありませんが、少しずつ増やしていきますので、ご活用ください。[genki]

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更新情報20060228:白石和良さんのコーナーが始まります!

古楽やトラッド・フォークへの熱く深い愛情では誰にも負けないライター、白石和良さんが、当blogに「闘う古楽&トラッド乱聴記」を寄稿してくださることになりました。
つねに聴き手の感性を揺さぶり、常識をくつがえしつづける「闘う古楽&トラッド・フォーク・アーティストたち」への応援コラムです。
まとめて読みたいときは、サイドバーの「カテゴリー」内の「fighting kogaku and trad」をクリックしてください。
乞、ご期待![genki]

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2006/02/27

onblo talk series 01「現代音楽はおもしろい!」その10──現代音楽と映画音楽〈4〉

 沼野です。またもやずいぶんと間が空いてしまい、申し訳ありません(いつもこればっかりですが……)。

 2週間くらい前、サッカーW杯のときにカメルーン・チームが滞在して有名になった九州の中津江村で、純金の鯉が盗まれるという騒ぎがありました。おそらくこの鯉は、竹下政権下の「ふるさと創生1億円プレゼント」の産物ですよね。あのときに1億円の使い道が思いつかず、純金買ったり、「金のなんとか」を作った自治体はけっこうたくさんあった気がします。
 このニュースを聞いて思い出したのが、《モーゼとアロン》でした。いや、正確にいえば逆で、今年に入ってDVDが発売されたストローブ=ユイレの映画『モーゼとアロン』に出てくる「金の牛」を見て、あの竹下政策をひさびさに思い出したところだったんです。やはり、出エジプト記の古代から現代日本にいたるまで、金の魔力というのは人類を翻弄してきたわけですね。してみると中津江の鯉盗難も、偶像崇拝を禁じた神の怒りという可能性もあります(ないか)。

 シェーンベルクのオペラ《モーゼとアロン》では、神の表象を頑なに禁じるモーゼには「語り」が、ときには現世的な官能をも是とするアロンには「歌」が与えられています。いまさら私がいうまでもないことですが、これはすごいアイディアというほかない。しかしいっぽうで、オペラ全体は密度の濃い音楽が切れめなく続いているわけで、作品をメタレベルで考えるならば、シェーンベルク自身の仕事(作曲)はモーゼに断罪されかねない、アロン的な役割をになっているともいえます。
 ただし、ここで問題になるのが、テキストのみの第3幕です。現在のシェーンベルク研究ではどういう結論になっているのか知らないのですが、ともかく作曲はなんらかの理由で中断されて、短いテキストのみが残された。ストローブ=ユイレの映画でも、ここは横たわるアロンの前でモーゼがただ語って、もう素晴らしくあっけなく、ぷっつりと映像が途切れる。この第3幕に入ると、やはりドキッとするんですね。音楽の作用による遠近感がいっきに消えうせて、ゴロっとした生のリアリティが前面に突出する。とりわけ『モーゼとアロン』の場合には、他の映画と異なり最初からずっと音楽が鳴っているわけですから、この第3幕に入ったときの違和感と衝撃には格別のものがある。
 これを観たときに、音楽は映像にフィクショナルな性格を与えるのだということに、あらためて気づかされたんです。一般に、映画音楽の役割は、映像のリアリティを基本的には補完するものだと考えられているように思いますが、じつはむしろ映画音楽はリアルを阻害するものであり、もっといえば「ウソの印」なのだと。テレビのニュースに音楽がないことを思えば、これはあたりまえともいえるんですが、ここから考えることがいろいろありました。

 どうも、「なぜ映画音楽はいまだにオーケストラなのか」という問いから離れてしまったようでもありますが、しかしいっぽうで、その答えの鍵のひとつがここにあるような気もします。また、これはむしろ舞踊音楽の歴史という点からみるべきなんでしょうが、もっと新しいトピックスでいえば、なぜフィギュア・スケートの音楽はほとんどオーケストラで、でもエキシビジョンになるとポップスが多くなるのか、という問にも突き当たります。あっ、ここにも「金」メダルが……。

 うーん、せっかく谷口さんが映画音楽の発端のところから歴史的な問題提起をしてくださったのに、またしても思いつくまま、変なところに話題がとんでしまいました。あまりの無責任を反省しつつ、次回は軌道修正して、ちゃんともとに戻るべく努力したいと思います。今回は番外編ということでどうかお許しを……。[沼野雄司]

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2006/02/24

波多野睦美+つのだたかし「古歌イタリア」(2006/02/24@ハクジュホール)

ひさしぶりのハクジュホール、それも最前列のど真ん中で音のシャワーを浴びてきました。極楽ゴクラク。
ルネサンスからバロックまで、イタリアの古歌の花々を愛でながら、そぞろ歩くような趣のコンサートでした。

波多野さんとつのださんの音楽は、聴いている者の身体を──なんと表現したらよいか──そう、たとえば調律してくれるようなところがあります。
これは、たんなる比喩ではありません。コンサートが始まるまえの緊張(これもむしろ心地よいものですが)が、リュートの静かな前奏によって少しずつほぐされてゆく。そして、そこに波多野さんの声が聞こえてきて──。
以前べつの場所で「細胞のすきまを埋めてくれる音楽」と書いたことがありますが、ほんとうにそんな「フィジカル」な力が、彼女の歌にはあります。
歌がまず身体の中に滑りこんで、澱んでいる場所、堅くなっている場所を探りだす。聴き手は「ああ、少し肩に力が入っているな」などと、身体に入ってきた音の流れが滞る場所を点検していきます。
歌に助けられながら、自分でひとつ、またひとつと、ストレスのたまった部分を意識し、凝りをほぐしてゆく。すると、次第しだいに、身体が音楽に「共振」してゆきます。
調律が終わったとき、ぼくたち聴き手の身体は、あたかもよく調整された楽器のように響きはじめるのです。そのときの心地よさ! 聴き手全員がそれぞれユニークな楽器となり、文字どおり、ホール全体が共鳴する。これが、ライブで音楽を聴くことの醍醐味でなくてなんでしょう!

ルネサンス期の歌はとくに、ころころと転がる音が、まるで熟練したマッサージ師の手のように、小気味よく身体を刺激してくれます。バロック期に入ると、その刺激が少し人工的になります。癒しを超えて、快楽を積極的に生み出すために、考えぬかれた音の仕掛け。
「癒し」ということばは、あまり好きではありませんが、このふたりの音楽には、音楽がダビデ王の昔からひそかに伝える、「秘技」のような力がたしかに備わっている、と感じました。[genki]

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三輪眞弘 on 『音楽芸術』

今日(2/24)の朝日新聞夕刊、作曲家の三輪眞弘さんの連載コラム「大好きだった」第4回は、なんと『音楽芸術』でした。
高校時代から1998年の休刊までの、この雑誌との愛憎なかばするつきあいが語られていますが、「専門誌がなくなるということはそのジャンル、そして時々の話題を共有するコミュニティーそのものが社会のなかから姿を消すこと」、「もう、このような敷居の高い雑誌から忍耐強く学ぶ新しい世代は存在し得ない」という認識には、激しく共感します。
そう、よくも悪くも、雑誌というものは「コミュニティ」そのものなんだと思います。そのなかで「井の中の蛙」となるひとびと、逆にそのコミュニティを憎み反発するひとびとを含む、目に見えないコミュニティ──それが「雑誌」というものの正体なのかもしれません。[genki]

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2006/02/20

ベルリオーズ/R. シュトラウス『管弦楽法』

数十年に1冊あるかないか、というくらい素晴らしい音楽書を、ここでご紹介できることをしあわせに思います。
現在につながる管弦楽法の土台をつくったといわれるベルリオーズが、1841〜42年にフランスの音楽雑誌に連載し、1844年にそれをまとめて刊行した『現代楽器法および管弦楽法大概論』を、1864年にA. デルフェルなる人物が独訳し、それに近代管弦楽法の職人R. シュトラウスが独自の補足をつけて1905年に刊行したのが、この翻訳書の底本です。
ベルリオーズが書いて、シュトラウスが注を入れてる本、というだけで、なんかこう、血湧き肉躍る感じがしませんか?(同じベルリオーズの本を、チャイコフスキーがロシア語訳したものも存在するらしいです)
さて、こう紹介していくと、R. シュトラウスがいったいどんなふうに注記を入れているのか、気になるところです。シュトラウスの補足した部分は、本のなかでは「波線」であらわされており、ひと目でわかるようになっていますので、それをざーっと追っていくと、やはり「ベルリオーズ以後の楽器の改良などにより、記述が古くなった部分」への補足説明がまず多いようです。初版から60年たってますし、19世紀後半の楽器の改良や発明には、目を見はるものがあったということでしょう。
そして、目をひくのは、「ベルリオーズ以後のすぐれた管弦楽法の実例」が、シュトラウスによって多数示されていること。挙げられているなかで多いのは、やはりワーグナーですね。それから、ベルリオーズ自身が奥ゆかしくも挙げなかった自作を、著者に代わって例に挙げてさしあげてもいます。そして──ああ、そのかわりというわけではないでしょうが──シュトラウス自身の作品も!(自信家の面目躍如たるところですね)
面白いのは、指揮者でもあったシュトラウスが、オーケストラの現場で身につけた勘どころを披露している部分。ひとつ引用してみます(p.40-41)。

◎ベルリオーズの原文

 作曲家がその送付に、ヴァイオリンの練習曲や協奏曲に見られるような上げ弓、下げ弓などの運弓の指示を書き込むのは細かすぎると筆者は思う。しかし、軽さや力強さ、豊かな響きなどがはっきりと必要とされる場合は、「弓先で[原語が記載されているが省略。以下同様]」、「弓のもとで」、「ひとつひとつの音を全弓で」などの指示を書き込んでおくのもよい。[以下略]

◎シュトラウスの補足

[中略]
 羽ペンを握って譜面に挑む、我が同僚たる作曲家の皆さん、上げ弓、下げ弓にはくれぐれも気をつけて! 適切な場所に記された小さな運弓記号のほうが、「元気よく」、「優美に」、「威勢良く」、「ほほえむように」、「反抗的に」、「怒ったように」などと雄弁な言葉で説明するよりも、よほど効果的なことがある。我らが愚直なオーケストラ奏者や、その親愛なる指揮者たちは、大抵の場合こうした言葉の指示にはほとんど注意を払わないものであるから。[以下略]

日本語版の監修は東京現代音楽アンサンブルCOmeTでの活動などで知られる作曲家・指揮者の小鍛冶邦隆さん、訳者はR. シュトラウス研究を専門とする音楽学者の広瀬大介さん。まさに「役者がそろった」理想的な書物だと思います(あ、ちなみに編集担当者は小生ではありません!)。これで、定価12,600円は安い! と断言します。
『レコード芸術』5月号で、この本にかんして、小鍛冶さんと広瀬さんの対談が掲載される予定になっていますので、ぜひ、そちらもご参考に。[genki]

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2006/02/17

未来の音楽レッスン?

今朝のNHK総合『おはよう日本』で、「未来の音楽レッスン」と題して、ヤマハ音楽振興会がとりくんでいる「ヤマハ遠隔レッスンシステム」が紹介されていました。

MIDI対応したピアノどうしを専用サーバを介して接続し、テレビ電話用の画像モニターなどももちいて、先生と生徒が離れた場所にいながらリアルタイムのレッスンを成立させる──というもの。発想としては、それほど新しいとは感じませんが、通信速度が近年飛躍的に向上したことと、グランド・タイプのMIDI対応ピアノが開発されたことが大きいのでしょう。なんとなく、「ピアノ・レッスン」という雰囲気もただよってきます。

「発想として新しくない」というのは、ずいぶん前から、コンサートに海外のゲスト・ミュージシャンがリアルタイムに参加する、とかの試みはおこなわれているわけで、それにくらべると、ずっとおとなしい印象を受けたからですが、先生と生徒双方がグランド・ピアノを使う、というところに、ぐんと「ホンモノっぽさ」を感じさせるものがあるようです。たぶんこれがクラビノーバかなんかを使った映像だったら、「まだまだ実用段階にはほど遠いな」という印象をもたれてしまうでしょうね。

やはり落としどころは、「このピアノを買えば、未来の音楽レッスンに参加できます」というところか。その“疑い”を払拭するためにも、ヤマハ音楽振興会には、「声楽のレッスン」などにもとりくんでもらいたいと思います。伴奏者も遠隔地にいて、3カ所つないでレッスンするとか。

ちなみに、「本システムでレッスンをするチックコリア氏」という写真も。[genki]

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2006/02/16

百町森と『ふたりの音楽』

静岡市にある子どもの本とおもちゃの店「百町森」をご存知でしょうか? 小生、妻の実家が静岡市にある関係で、たまーに立ち寄るのですが、おもちゃや本への、そしてなによりも子供たちへの愛情にあふれたお店です。

一昨年、編集を担当した波多野睦美さん(メゾ・ソプラノ)とつのだたかしさん(リュート)の著書『ふたりの音楽』のことを、ネットで検索していたら、その百町森のネットショップで紹介してくださっているのを発見しました。うれしい〜、というよりも、光栄です。小生が取材・構成したインタビューについても、「ファンならではの的を射た突っ込みで、読み応えがある」などとおホメくださっていて、これまたニンマリ。
そうそう、この本のカバー装画は、やはり静岡在住の望月通陽(みちあき)さんによるものです。いま思えば、なんとぜいたくな仕事をさせていただいたことでしょう。

このblogでは、なんとなく現代音楽の話題が中心でしたが、これからは少しずつ、古楽の話題もまじえていくつもりです。[genki]

  

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2006/02/15

きたやまおさむ「ザ・還暦」コンサート(2006/02/12@大阪フェスティバルホール)

kitayama今日のエントリは、ふだんは隠しているミーハー路線で──。

新幹線に乗って演奏会を聴きにいくことなど、ほとんどないんですが、このひとの場合は別。「きたやまおさむ『ザ・還暦』コンサート」を聴きに(観に)、大阪フェスティバルホールへ行ってきました。

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2006/02/13

onblo talk series 01「現代音楽はおもしろい!」その9──現代音楽と映画音楽〈3〉

谷口です。

前回の私の投稿は、問題をいろんな方向に拡散させたようです。議論を収束させようとは考えていなかったぶん、焦点がなくなってしまいましたが、はからずも「現代音楽」という言葉からいろんな議論が可能であることを、自分なりに実感できたようにも思っております。

さて沼野さんのご投稿、映画音楽について私も乗ってみることにしてみました。まず、「なぜオーケストラなのか」ということを私なりに考えてみます。手もとにある映画音楽の本もいくつかのぞいてるんですが、いろいろな要因が考えられそうです。

(1)ヴォードヴィル小屋でサイレント映画が上映されたことがあった。
(2)映画の技術が発展していたころ、人々が慣れ親しんでいたのがクラシック音楽の響き(含オーケストラ)であった。
(3)さまざまな編成がサイレント映画の伴奏をおこなったが、大きな劇場ではオーケストラ(ピット・バンド?)を使っていた。
(4)そして、せっかくトーキーを見るなら、大オーケストラの伴奏がいいという声があがった。
(5)ミュージカル映画が初期トーキー時代に流行した。
(6)スタイナー/コルンゴルド/ニューマンの成功により、シンフォニックなスコアが商業的に成功することが証明されて、それが「当然」のように引き継がれた(1960年代後半から『スター・ウォーズ』までの紆余曲折[うよきょくせつ]を経ながら)。

とりあえず、こんな感じで考えております。沼野さんはどのようにお考えですか?

形式は、私もなかなか難しい問題だと考えています。そもそも音楽だけで「自律した形式」を使わないほうが映画にはよいかもしれないからです(というか、ソナタ形式やロンドが映画にそのまま使われているという例を私は知らないのです。無教養ですいません。ディズニーの『ファンタジア』やオペレッタ映画なんかはかなりそういうのに近いのでしょうか???)。

いっぽう、たしかに音楽を中心に考えますと、「音楽は映像に付随的あるいは相補的」であるとはいえます。しかし映画がひとつの完成した表現方法だと考えますと、音楽が付けられることによって、それがようやく完結する、つまり音楽は映画にとって必要不可欠な存在である、ということもいえるような気がします(実験的な映画だと違うのかもしれませんが)。音楽がまったくないトーキー映画というのは、かなり限られているそうですから。

「映画音楽を19世紀クラシックの次男とみるか、継子とみるか」という問題は、クラシック(映画音楽の書き手が使う「純音楽」の一部なのでしょうか)がメインであって、映画音楽はサブであるといったニュアンスがあるように思います。これをどう判断するかは、政治的な駆け引きになるようで、私自身はあまり興味がないのですが、いずれにせよ、そういったクラシック的なオーケストラの響き、機能和声を使った作曲技法(ただし映像や物語のナラティヴと離れて存在しない)が映画にも引き継がれたことは事実で、「原理主義的な」(?)クラシックの世界では、(機能和声や調性にもとづいた20世紀音楽はあったにせよ)機能和声や協和音から離れて書くことが、「現代音楽」というメインストリームとしてクラシックのなかで特別な待遇を受けた(受けている)ということはあった(ある)、と考えております。そのような文脈のなかで、19世紀音楽の世界では考えられないほどの新しい音楽表現の探求がおこなわれたことは、歴史の記述にも残っているように思います。[谷口昭弘]

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2006/02/09

伊福部昭先生、ご逝去

作曲家の伊福部昭先生がお亡くなりになりました(東京新聞)。91歳。

伊福部先生といえば、『ゴジラ』をはじめとする映画音楽もさることながら、世界に誇る畢生の大著『管絃楽法』(初版1954年)が思い浮かびます。じつはまさに改訂新版を準備中でした。あいだに入ってくださっている編集プロダクションの方のお話では、つい最近も、「この言いまわしはちょっと古めかしいので、現代風に直してはどうでしょうか」などというこちらからの提案にたいして、「これはこういう意味で使っているから、この表現でなければならない」と、ひとつひとつ理路整然とご説明されていたそうです。
ご生前に完成させられなかったことは、悔やんでも悔やみきれませんが、いまはせめて、御霊前におそなえして恥ずかしくないものを作りたいと思っています。

合掌。[genki]

 

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2006/02/08

onblo talk series 01「現代音楽はおもしろい!」その8──現代音楽と映画音楽〈2〉

 沼野です。

 このトーク、いろいろな論点が同時進行しているので、一問一答的に噛み合ったやりとりにはなかなかなりませんが、それでもテーマをめぐって自由に発言する内に、何かいいアイディアが見えてくる気がします。今回は、谷口さんの議論の最後の部分に触発されて、現代音楽と映画音楽の関係について、思うところを書いてみます。

 2004年から神奈川県民ホールで行なわれていた連続シンポジウムの記録が、先日『21世紀における芸術の役割』(小林康夫編、未来社)として出版されました。この冒頭に収められた、音楽と建築をめぐる討議に私も参加しているのですが、ここでは、19世紀から20世紀にかけてパリからニューヨークへ、すなわちヨーロッパからアメリカへと美術の中心が移動したのにも関わらず、なぜ音楽は頑なにヨーロッパから動かなかったのかという問題が提出されています。シンポジウムの中では十分に言葉が尽くせなかったのですが、もちろん実際には「移動」はあったわけです。クラシック音楽内の枠組みであれば、中心地は相変わらずヨーロッパだったといってよいでしょうが、広義のポピュラー音楽を視野に入れれば、音楽の中心は明らかにアメリカへと移ってしまった。

 ここら辺、「クラシック音楽」「芸術音楽」「美術」「ファインアート」といった単語間のズレやねじれのために、音楽と美術を単純に対応させて考えると、いろいろと混乱が起るところかもしれません。しかしながら、ともかく20世紀の音楽文化の最重要発信地といえば、これはもうアメリカに決まっている。とりわけ20世紀後半のロック、ポップス、黒人音楽を考えれば、その力は圧倒的です。

 ところで、こうした20世紀アメリカの様々な音楽文化の中でも、トーキー以降のハリウッド映画音楽は、19世紀クラシック音楽のある側面をそのまま引き継いだものでしょう。つまりクラシックには、ヨーロッパに残った原理主義的な長男の「現代音楽」だけではなく、もうひとり、アメリカに渡った次男「映画音楽」がいた、と。ヨーロッパからアメリカへの音楽中心地の移動は、普通に考えれば一種のジャンル交替といえるわけですが(クラシック→ポピュラー音楽)、一方で、クラシック音楽の創作という枠組みの中で継続性をたどってみるならば、それは20世紀初頭に、ヨーロッパの現代音楽とアメリカの映画音楽という2人の子どもに分裂していったといえないだろうか。

 反抗的な長男は、親の世代を全否定しながら様々な運動に参加し、伝統を破壊したり再生したり、むちゃくちゃに暴れましたが、さすがに20世紀末になると老いもあってか(?)、ずいぶんとおとなしくなってしまう。体が動かないと、長男の芸風ではきついわけです。他方、次男は楽天的な性格が幸いして、浮き沈みはあるものの、ちゃっかりと親の「遺産」を運用しながら20世紀を生きてきた。

 そもそも、前回もエクスキューズ含みで書いたように「映画音楽」といっても、スタイナーやコルンゴルトみたいなロマン派直系の亡命作曲家音楽もあれば、前衛的な語法も使われるし、ミニマルもある。つまりここにはクラシックの遺産の多くが(後述するように全てではないものの)詰め込まれているといえます。ここで私が最も重要だと思うのは、オーケストラというきわめて不経済なメディアが、このジャンルではまだ生き延びていることです。私にとって、これは興味深い。なんでいまだにオーケストラなのか。

 もちろん映画音楽には、ジャズもヒップホップも民族音楽もあるわけだし、映画音楽史的をタテに見るならば、典型的なシンフォニック・スコアは、60年代あたりからこっちは沈滞状況に陥っているといえるのかもしれない。しかしそれでも、いまだに映画音楽ではオーケストラが結構な頻度で使われるし、テレビでもNHKの大河ドラマ的なものは相変わらずオーケストラです(だから、一般には「オーケストラのための音楽」を書く日本の作曲家、あるいは「現代の作曲家」といえば、久石譲や坂本龍一、あるいは渡辺俊幸といった名前を思い浮かべる人が多いはず)。

 ただ、いくら映画音楽が19世紀クラシック音楽の次男だといっても、やはり大きな違いがあるといえばある。それが「形式」の問題です。クラシック音楽の歴史は、音だけで物語を作るにはどうしたらいいか、という形式との闘いでしょう。1時間以上も続くマーラーの交響曲を飽きずに聴ける人が結構たくさんいる、というのは考えてみれば大変なことで、長い歴史の中でのアイディアの積み重ね、および聴き手に対する教育の歴史があって、初めて1時間強という時間が何がしかの「意味」のあるものになる。

 一方で、映画音楽は映像とセットになっているために、自律した形式を持つことが難しい。もちろん何事にも例外はあるけれども、しかし一般的な映画製作の手順からいえば、音楽は映像に付随的あるいは相補的なものでしょう。ゆえに谷口さんやゴールドスミスが言うように、音楽だけ聴いても不都合な部分が多い。音響的な効果という点ではクラシック音楽(含「現代音楽」)の手法の全てが取り入れられてはいるものの、形式の探求ということでいえば、クラシック音楽とは大きな切断がある。

 きっと、映画音楽を19世紀クラシックの次男とみるか、継子とみるかは、この形式の問題に関わってくるのでしょう(なにか現在の女帝問題みたいですが)。また、「クラシック」と「映画音楽」の間に、オペラやミュージカルという補助線を引くと、さらに違った側面が見えてくる気もします。なんだか取り留めのない話になってしまい申し訳ないのですが、とりあえずここら辺で。[沼野雄司]

 ※ピーター・バート氏の『武満徹の音楽』、いい本でした。『音楽の友』に書評を書く予定です。

 

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2006/02/07

モーツァルト、噂の交響曲?

AMラジオというものをふだん聴かないので、ラジカセのAMラジオ用のアンテナ(あのプラスチックの枠にケーブルをぐるぐる巻きにしたやつ)を探しだすのにえらく手間どりました。
2/4(土)19:00よりのTBSラジオ『モーツァルトの謎〜「噂の交響曲」は本物か?』のハナシ。ウィーン楽友協会が2004年にオークションで落札した筆写譜が、モーツァルト幼少時の作品である可能性があり、海老澤敏氏、発見後の初演を指揮した前田二生氏をゲストに、それを検証する、という趣向の番組でした。
個人的な結論からいえば、「あきらかに違う」と断言してしまうのですが、学者の仕事ってここから始まるわけで、頭が下がります。「どうしてモーツァルトの作品でないか」ということを、さまざまな側面から検証していかなければならない。もちろん、モーツァルトの真作であることが証明される可能性もあるわけですが……。

でも、「あきらかに違う」と断言してしまう“直感”というものもまた、たいへん重要なものだと思います。って、開きなおってるだけのようでもありますが、すべての研究は、この直感から始まるわけですから。
この直感が、「クオリア」とよばれるもの。このラテン語は通常どう訳すのか、よく知りませんが、茂木健一郎著『脳と創造性』(2005、PHP)では「感覚質」と訳されていました(英語の「quality」のもとなんでしょうね)。ようするに、複数のひとが同じ「赤いリンゴ」を見て「赤い」といったとしても、全員の網膜に映っているのが同じ「赤」なのかどうかは、どうやっても検証できない。この「私秘的」な感覚のことを、「クオリア」といいます。
このきわめてプライベートで曖昧模糊としているけれども、「ぜったいに間違っていない」「これだけはゆずれない」という「確信」に近い感覚こそが、「普遍性」の基盤となるのです。
そう考えると、さきほどのモーツァルトにかぎらず、このblogで再三話題にしている「現代音楽」だって、まずはこの「クオリア」を信ずるところから、話を始めねばならないでしょう。
ただ、「これはモーツァルトではない」と断言するためには、それまでにモーツァルトをどれだけ聴いてきたか、他の作曲家との違いをどれだけ意識してきたか、という蓄積がどうしたって必要です。つまり、「クオリア」は学びそだてることが可能であり、その意味でたんなる「直感」「山勘」とは異なります。

ぼくらがたとえばクセナキスの、コンピュータによる演算から生まれたような音楽に、どうして美を感じ、その価値を信ずることができるのか──それを問いつづけるところにこそ、現代音楽の(いやむしろ音楽そのものの)「おもしろさ」がある、といってもいいでしょう。

ちなみに、小生がどうして件の交響曲を「モーツァルト作でない」と判断したか──むりやり言葉にすれば、フレーズの移り変わりがつぎはぎでモーツァルト独特の統一感、時間の流れが感じられない、ということになりますが、とつぜん脈絡のないフレーズがあらわれるのはモーツァルトの特徴だし、いま「第1番」とされているK16よりも「古い」交響曲らしいから、それこそ小学校に上がったか上がらないかの小僧がつくった音楽に、統一感もへったくれもないだろう、という意見だってあろうと思います。でも、そういう幼いときの作品だからこそ、時代様式などとは別の、モーツァルト独特の「クオリア」がにじみ出しているはず、ともいえるわけで……。これ以上は、「私秘的」な感想として、伏せておきましょう(笑)。[genki]

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2006/02/02

武満徹の音楽

ピーター・バート著/小野光子訳『武満徹の音楽』が刊行されました。小生の担当書籍ではなく、まだ読みとおしておりませんので、どんな内容かについては、「訳者あとがき」から引用させていただきます。

 本書は、海外で出版された武満徹論のなかでも、初めて武満の全生涯にわたる創作活動を研究対象としたものである。発行以来、国内外の多くの研究者が論文に引用しており、今や作曲家・武満徹の研究は、本書なしに語れなくなっている。その主たる理由は主要134作品を134の譜例を用いて丁寧に解説していること、30作品にのぼる映画、舞台など付随音楽にも言及していること、過去の主要論文を踏まえて論じていることがあげられる。また、作曲家の生い立ちも交えて論じることで、論に人間的な温もりを加えていることも見逃せない。

そのほかに、つけ加えておくべきこととしては、第1章として「前史:西洋音楽がどのように日本に受容されたか」という章がおかれていることかもしれません。この章で著者は、アーノルド・トインビーの歴史観を援用しながら、「武満徹」という現象を準備した日本の状況を、説得力をもって描きだしています。

昨年は、広く長く読みつがれるであろう「武満伝のスタンダード」、楢崎洋子著『武満徹』(〈作曲家◎人と作品〉シリーズ)が刊行されました。同じく昨年刊行された小沼純一著『武満徹 その音楽地図』(PHP新書)は、「実践的リスニング・ナビ」ともいえる内容。
没後10年をむかえ、武満徹は母国においても、ようやく「クラシック」の仲間入りをしたといえるのかもしれません。[genki]

  

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2006/02/01

onblo talk series 01「現代音楽はおもしろい!」その7──現代音楽と映画音楽〈1〉

谷口です。前回の沼野さんのご投稿では、「listner-friendly」な音楽は、次の3つに分類されるということでした。

 〈1〉後期ロマン派的な作品
 〈2〉映画音楽的な作品
 〈3〉ミニマル音楽の類

おそらくこの3つに共通している音楽的要素は、やはり協和音が比較的多く、因習的な要素を多く持っているということなのでしょう。因習的というのは、19世紀までに培われてきた西洋の機能和声といったもの、そしてそれから派生した、協和音を主に不協和音を副次的なものとして捉える音楽の書き方なのでしょう。

たとえば〈1〉は、まさにそういった機能和声が円熟した(熟れすぎた?)時期であります。〈2〉も〈1〉の語法を踏襲しながら、これを映像を時にサポートするか、あるいはそれに新たな意味を与えフィルムと一体にして定着する(サイレント期を除く)といった、音楽外的な機能を加えた音楽で、これが極めて20世紀的であったということでしょう(ただし映画音楽の場合は、20世紀に広く使われた作曲技法──ポピュラー音楽を含む──も取り入れられるし、電子楽器の積極的使用といったことはあります。映画音楽もメディアの成立史を考えれば確実に20世紀以降の音楽ですから)。〈3〉は不協和音を多く含んだ「現代音楽」に対し、協和音がメインストリーム足り得ることを証明したという点では画期的であり、美術ではすでに使われた20世紀ならではの単純化と反復を使っていたため、その真新しさと同時代性がアピールしたということになるのでしょう。

そうすると、やっぱり新しい音楽にも協和音が欲しいという要望が、いわゆるクラシック・ファンには多いということなんでしょうか。

私見ですが、こういった「Listner-friendly」な音楽(それが「現代音楽」であるかどうかは別として)を支持する層は確実にいると思います(多いか少ないかは別として。それは「現代音楽」の世界でもそうかもしれません)。そして、そういう支持層はおそらく「現代音楽」だからこういった音楽を聴いているのではないように思えます。時代的には確実に現代なんだけど、戦後の、不協和音の多い「現代音楽」でないから聴いているように思えるんですね。今後こういった流れが恒常的に続くのかどうかは分かりません。

もう一方で私が問題と考えるのは、「現代音楽」にも「本家」や「競合する分野」がすでに登場しているのではないかということです。ウェーベルンやケージなどは、おそらく「現代音楽」の「古典」にさえなっております。また「『現代音楽』という枠組みで消費」する・しないというのは、実は、「現代音楽」には、それ専門の聴衆が存在するといったことを示唆しているように思われます。もちろん、それが悪いという訳ではありませんが、「現代音楽」というのが、何かしら「管弦楽曲」や「歌曲」の中にスマートに収まり切らないということもありそうです。

作曲技法としては機能和声もセリエルも、そしておそらく偶然性なども、すでにそれらをどう表現として使うかという段階に入っていると思いますが、19世紀的なものよりも20世紀的なものにより可能性があるのであれば、たとえばそれは、20世紀に開発された作曲技法を使った作曲には、19世紀までに出来上がっていた作曲技法をつかった作曲よりも、より「新しい」表現が開拓できる余地がある、ということなのでしょうか。

もしそうでないのであれば、新しい表現の可能性は、19世紀的なもの・20世紀的なものやそれ以外のもの、たとえば非西洋のもの、ラモー以前の和声や対位法の世界など、様々なものに必然と向かっていくことになり、これは今に始まったことではなく、今後とも続いていくのかもしれません。しかしこれも、古い技法からの「逃避行動」(調性はやめる、無調も充分開拓された、偶然性も飽きた、ミニマルにも限界、クラシックはやめてポピュラー的なものをetc. etc.)になってしまっているのなら、大変なのではないかという気もします。

以下蛇足ですが、映画音楽について。これは大変難しい問題をはらんでいると思います。といいますのも、駅の売店で売っている映画音楽というのは、そのほとんどが映画のテーマ音楽を集めたものだからです。つまり映画本編に背景として流れている音楽、たとえばサントラなどは、こういったテーマ音楽集に比較すると、ぐっとファン層が限られてくるのではないかと考えられてしまうのです。もちろん自分が好きな映画のサントラを買うということはあるのでしょうが、サントラのみを集めて鑑賞する人というのは、やはりそれほど多くないように思われます。

その理由として私が考えているのは、こういった背景音楽は映像と一体となって融合しているので、音だけを切り離してしまうと「素材」になってしまうのではないかということです。いや、だから「音楽的に劣っている」というのではありません。特定のモティーフが突然繰り返されるといったことが起こる場合、それは画面上に起こっている状況に対応しているということがありまして、オペラほどに長く音楽が流れない場合、たとえば1分・2分の音楽の中に突然前に流れた旋律が再登場するのはなぜなのかを考える場合、画面がないと、ひどく理解しづらいということが私の経験にあったからです。つまり映画音楽を勉強するにはサントラよりも映画そのものを観て聴いた方がいいのではないか、ということです。ジェリー・ゴールドスミスも、そんなことを言っていたような気がします。

ということで、協和音を核に作曲する語法といっても、映画音楽の場合は、特殊な問題があるように思えてならないのです。ただ、調性で書く音楽が映画に残ったということであれば、20世紀的な表現をもった調性音楽ということで「映画音楽は西洋ロマン派音楽の継承者である」という意見が、作曲技法上の観点から見てあながち間違いではないと思います。

こういう議論では作曲技法、作風、表現などを分けて考えるということが必要なのかもしれません。[谷口昭弘]

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