白石和良の「闘う古楽&トラッド乱聴記」003──オーケストラ・シンポシオン(2006/03/12)
◆モーツァルトと行く! ヨーロッパ音楽都市周遊 2004-2006
第5回「太陽の国、イタリア」
2006年3月12日(日)15:00 浜離宮朝日ホール・多目的ホール
◎曲目
(第1部)W. A. モーツアルト(1756〜1791):シンフォニー ト長調 KV74
G. B. マルティーニ(1706〜1784):チェロ協奏曲 ニ長調
(第2部)G. B. サンマルティーニ(1700/01〜1775):シンフォニー 変ホ長調 JC26
W. A. モーツアルト:シンフォニー へ長調 KV112
◎演奏
オーケストラ・シンポシオン:諸岡範澄(指揮,チェロ独奏)、桐山建志(コンサートマスター、Vn1)、三宮正満(Ob1)、尾崎温子(Ob2)、功刀貴子(Fg)、下田太郎(Hr1)、木村隆(Hr2)、高橋真二・鍋谷里香・今井直子(Vn1)、大西律子・小池吾郎・星野麗・長岡聡季(Vn2)、諸岡涼子・深沢美奈・上田美佐子(Va)、十代田光子(Vc)、諸岡典経(Kb)
* * *
諸岡範澄さんひきいる凄腕集団「オーケストラ・シンポシオン」は1995年の結成というのでもう10年以上もの活動歴をもつ、日本の誇るべき古楽器オーケストラだ。
じつは筆者がシンポシオンを知ったのは、武久源造さんが2000年に結成した素晴らしく面白いグループ「コンヴェルスム・ムジクム」がきっかけであった。つまり、コンヴェルスムの中心メンバー(諸岡範澄、桐山建志、大西律子……)によるオーケストラがあると知って飛びついたのである。実際に聴いてみると、この二つのグループは、レパートリーは違えども、その演奏のコンセプトやサウンドでひじょうに相通じるものがあり、筆者の耳では兄弟グループのように思えてしまった。
「音楽の対話」を意味するコンヴェルスム・ムジクムはその名前のとおり、演奏者のあいだの自由なやりとりがひとつの醍醐味なのだが、オーケストラ・シンポシオンも凄腕のアーティストたちが、それぞれの個性を集団の中に埋没させることなく自在に発揮して、一種のセッション・バンドのような、ほんとうにヴィヴィッドな演奏を聴かせてくれるのだ。あるときテレビ番組で諸岡範澄さんは、「メンバーの自発的な演奏によるごちゃごちゃした感じこそがいい」といった趣旨の発言をされていて、弦のヴィブラートなども各自が自分自身の感性で判断していってほしいとメンバーに指示していたが、これはオーケストラとしてはすごく革命的なコンセプトではないかと思う。
正直のところ昔から(音楽のジャンルは何であれ)小編成好みで、大編成のオーケストラ音楽には縁がないと思っていた筆者であったが、シンポシオンの演奏はその勝手な枠を取っ払ってくれた。シンポシオンの演奏ならば、食わず嫌いだったシンフォニーでもワクワク、ドキドキなのだ。
さて、モーツァルト・シリーズも佳境に入った今回は、モーツアルトのイタリア旅行時に書かれた作品とイタリアの当時の代表的な作曲家の作品を集めたプログラムだったが、まず特筆すべきは全4曲が諸岡さんのチェロの弾き振り(というか実際には終始オケと一体になっての満身の演奏)だということで、それだけでもこちらのテンションも上がってしまう。そのうえ、うれしいインティミット・サイズのスペースでのコンサート!
モーツアルトのシンフォニーKV74は軽快な楽しい曲だったが、シンポシオンの演奏はけっしてさわやかなだけではなく、左右のバイオリン間で砲弾のように飛び交う弦の音、そして一挙に盛り上がる全員の瞬発力がほんとうにすごい!
G. B. マルティーニのチェロ協奏曲は、待望の諸岡さんのソロ独奏。楽曲的には渋めの味わいの曲で、嘆きの歌の第2楽章がとくに印象的だった。このような曲でも必要以上には暗く沈みこまずに、あくまでもポジティヴな力を感じさせるのも、諸岡さんならではではないだろうか。ドラマチックな第3楽章では自在な歌心が堪能できた。そしてモーツァルトの誕生を祝し、諸岡さんの音頭で皆で乾杯をして休憩。
シンポシオンのブレーン的存在の安田和信氏による解説トークも、今回はふだん以上に舌好調だったが、とくに第2部の冒頭では、弱冠14歳のモーツァルトがボローニャ音楽協会の入会試験(3時間で、あるグレリオ聖歌の旋律に3声部を付加して4声の曲を作らせるという難題)に合格したさいに書いた曲と、当地の音楽の先生G. B. マルティーニの模範解答の曲とでブラインド・テストをする(どちらがモーツァルトの作曲か、観客全員で聴きくらべて当てる)という楽しい企画もあって、会場はおおいに盛り上がった。ちなみに正解者へのプレゼントは、安田先生からの深いお辞儀(笑)、蛇足ながら筆者は大外れであったのだが(苦笑)、ともあれシンポシオンの演奏はこのような小さな作品でも、どちらも魅力的な音楽として聴かせてくれた。
さて後半は(さきほどの作曲家とまぎらわしい名前の)G. B. サンマルティーニのシンフォニーから。とくに印象的だった第1楽章はじつに爽快な音楽で、スピード感に手に汗にぎる演奏だが、軽快ななかにも、ただ綺麗綺麗に全員一体となって流れていくというのではまったくなく、各奏者の個性を反映させた独特のニュアンスが混じっている。適切な表現ではないけれどシンポシオンの演奏には魅力的なささくれ感といったものがあるのだ。
ラストのモーツァルトKV112はまさにシンフォニーらしい堂々とした音楽だったが、第1楽章で、オーボエや弦が交互にリードをとって、目まぐるしいまでにオケ全体をひっぱっていくスリルがすごく、弦楽器主体の穏やかな第2楽章や第3楽章でも、主役と背景の楽器間での多彩な対話などが楽しめた。
オーケストラ・シンポシオンは、均一なサウンドへの洗練の方向をあえて拒否して、個々の演奏者の個性と自由さをベースにしてシンフォニーに新しい光をあて、(有名曲であれ無名曲であれ)曲の魅力をえぐりだしている。今回もその魅惑的なサウンドに加えて、親しみやすい雰囲気にあふれた、じつに楽しいコンサートであった。[白石和良]
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コメント
トラックバックしていただき、ありがとうございます。シンポシオンの演奏については、KV16を演奏した際についても文章にしていますので、こちらのエントリーからトラックバックさせていただいています。
寺西さんの記事など、とても濃密な情報ばかりで、楽しみです。期待しております。
投稿: maruta | 2006/03/18 00:13
marutaさん、コメントありがとうございます。
さっそくブログを拝見させていただきました。古楽を中心に、とても充実した内容ですね。これからも、参考にさせていただきます。
3/20(月)の朝、寺西さんの第2弾をアップする予定です。どうぞお楽しみに!
投稿: genki | 2006/03/19 00:11