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2006/03/04

現代の音楽展2006〈1〉

■現代の音楽展2006〈1〉──世界に開く窓〜ISCM“世界音楽の日々”を中心に〜東ヨーロッパから
2006/03/01 東京オペラシティリサイタルホール

◎曲目
藤井喬梓/夢の浮橋〜ギター独奏のための(2002)
 佐藤紀雄(ギター)
ミルコ・ケレメン/Dessins Commentes(1969/日本初演)
 中村和枝(ピアノ)
ヴィトルド・ルトスワフスキ/ヴァイオリンとピアノのためのパルティータ(1984)
 佐藤まどか(ヴァイオリン)、中尾純(ピアノ)
篠原 眞/テノール・リコーダーと二十絃のためのFragmente Duo(1998/日本初演)
 イェレミアス・シュヴァルツァー(リコーダー)、後藤真起子(二十絃)
ヴィンコ・グロボカール/安全性の彼岸 Jenseits der Sicherheit(1977/1981)
 太田真紀(ソプラノ)
アルフレッド・シュニトケ/弦楽四重奏曲第3番(1983)
 佐藤まどか・花田和加子(ヴァイオリン)、木佐貫美保(ヴィオラ)、多井智紀(チェロ)

* * *

gen-on2006日本現代音楽協会主催「現代の音楽展2006」の初日は、ケレメン、ルトスワフスキ、グロボカール、シュニトケなど東欧やロシアの巨匠の作品が並び、充実したプログラムでした。日本人の2作品が加わり、はからずもヨーロッパ人と日本人の「音楽」にたいする立ち位置の違いが浮き彫りになったように思います。

この日のいちばん聴きどころは、やはりグロボカールの《安全性の彼岸》でしょうか。思いつくかぎりの発声法を並べた「声のカタログ」ともいえるこの作品、音楽が音楽たりうるその極北に位置する作品ともいえますが、それでも「これは音楽である」と自信をもって言い切るなにかが、グロボカールにはある。むしろ、みずからの血をもってのみそのことを証明しうるからこそ、自信をもって、やりたい放題を作品に詰めこむことができるわけです(太田真紀さんの果敢な演奏に拍手!)。
それにたいして、藤井氏の《夢の浮橋》などは、いかにも自信なげに聞こえてしまいます。ギターに紙を挟むなどして、「サワリ」の効果をだし、琵琶の奏法を模している──つまり、西洋と東洋の融合、あるいはそういった区別の相対化をおこなっているのですが、いかにもナイーヴ。この音楽ならば、琵琶そのものでやったほうがいいし、かと思えば、ところどころで聴かれる開放弦のストロークで、ギター特有の4度幅の調弦が聞こえ、否応なく「ギター」を意識させられる。つまり、「ギターの血」が作品のコンセプトに勝ってしまっているのですね。
その点では、篠原氏の《Fragmente Duo》は、リコーダーと二十絃という、ある意味ベタに西洋と東洋を思わせる編成でありながら、それぞれの楽器の「血」から聞こえてくるものに、謙虚に耳をかたむけるという姿勢がみられ、ある種の潔さ、すがすがしさを感じさせる作品でした(リコーダーのシュヴァルツァー氏が素晴らしかった)。
シュニトケの弦楽四重奏曲第3番は、コラージュというポップな技法をもちいながらも、独特の透明な美をたたえた愛すべき作品。ケレメン作品も、音響の雲からか細い光がさすような美しさがあり、この光あってこそ、分厚い雲をかたちづくるクラスターにも意味が生じ……といった風情で、好ましいものでした。[genki]

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