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2006/03/30

純正律は読書の愉しみ──「植物文様ヴァイオリン・コレクション2006」(2006/03/29)

◆植物の形姿 其の三「植物文様ヴァイオリン・コレクション2006」
 2006年3月29日(水)19:00 自由学園明日館講堂

◎曲目
藤枝 守/《植物文様ヴァイオリン・コレクション》より

◎演奏
鈴木理恵子(vn)、砂原 悟(p)、石川 高(笙)

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2006/03/29

onblo talk series 01「現代音楽はおもしろい!」その14──音楽とアイディアについて〈その3〉

木村です。谷口さんのご投稿を読み、自分の乱暴な議論に恥ずかしくなっております(汗)。だいたい、ベートーヴェンとケージを並べることじたいに無理があるわけですが、まあ、恥かきついでに、行けるところまで行ってみたいと思います。

ただ、あんまり「ベートーヴェン」に拘泥すると、話の主旨がみえなくなってしまいますので、少し話題をしぼらせていただきます。谷口さんの投稿のなかで、(4)として引用してくださっているぼくの記述:

(4)乱暴にいってしまえば、ケージを知らずに現代音楽はできないけれど、ベートーヴェンを知らなくても(あるいは知らないほうが)現代音楽はできる(ほんとうに価値ある音楽がそこから生まれるかどうかは、別問題として)。

ここから、もういちど話を始めさせてください。

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2006/03/27

白石和良の「闘う古楽&トラッド乱聴記」004──水永牧子(2006/03/18)

◆水永牧子 CD「イングリッシュ・ガーデン」発売記念チェンバロ・リサイタル
 2006年3月18日(土)19:00 トッパンホール

mizunaga060318◎曲目
(第1部)1.  J. ブル:イン・ノミネ
     2.  G. ファーナビー:オールドスパニュレッタ
     3−1.W. バード:深い緑の森よ
     3−2.同:ウィロビー卿ご帰館
     4.  J. ブル:私の宝物
     5.  J. ダウランド(W. バード編曲):涙のパヴァーン
     6.  J. ブル:ガリアード ト短調
     7.  T. モーリー:アルメイン
     8−1.W. バード:鐘
     8−2.同:フルートと太鼓〜《戦争》より
     8−3.同:ラヴォルタ
     9.  イギリス民謡(水永牧子,神田佳子編曲):グリーンスリーヴス
(第2部)10.  J. S. バッハ:パルティータ第1番変ロ長調BWV825
     11.  D. スカルラッティ:7つのソナタ
         K347/K8/K43/K144/K27/K278/K427
(アンコール)12.H. パーセル:グラウンド
       13.W. バード:ラヴォルタ

◎演奏
水永牧子(1〜4:ヴァージナル/久保田彰2004年作イタリアン・ヴァージナル,5〜11:チェンバロ/キース・ヒル2002年作フレンチタイプ)
神田佳子(8−2、8−3、9、13:ダラブッカ,インド鈴,チャイムほかパーカッション)

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2006/03/24

onblo talk series 01「現代音楽はおもしろい!」その13──音楽とアイディアについて〈その2〉

谷口です。

木村さんのご投稿、いろんなアイディアが詰まっておりまして、なかなか手を付けられないでいるのですが、ここではそのご投稿をいくつかに分け、それぞれについて私の意見を書いてみようと思います。

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2006/03/22

野球と品格

昨日は日本全国「野球の日」でしたね。音楽以外のはなしをするのは恐縮なんですが、どうしても書いておきたいことがありまして──。

* * *

盛り上がりに盛り上がったWBCですが、そのなかで心に残ったことばがあります。イチロー選手が王監督を評して、インタビューのなかでおそらくは2度ほど使った「品格」ということば。野球選手が使うことばとしては、耳慣れないものだと思いました。

今回のWBCをめぐる報道のなかでは、「イチローが変わった」ということが、ひじょうに話題になっていたように思いますが、ぼくには彼の野球にたいするスタンスが、今回とくに「変わった」とは思えません。もともと野球にかんしては、かなり「熱い」ひとなのではないかと思っていたし、「for the team」ということにかんしても、ひと並み以上に実践することのできるひとなのだと思います。いつだったか、まだオリックス時代に、延長また延長の総力戦があり、もう変える投手がいない、というところまできて、投手経験があるイチローがダグアウトに走った、ということもありました。ただたんに「自分の記録がすべて」という選手でないことは明らかです。
それでも、あきらかにイチローが変わったようにみえるのは、彼が今回ひじょうに意識的に、メディアにたいして(あるいはメディアを使って)なにかを語ろうとしていたからだと思います。そして、彼が語ろうとしていたこと──それこそが「品格」ということばで表されるものではなかったか、と思うのです。

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2006/03/20

「古楽特派員テラニシ」002──バッハ鍵盤曲・編曲の可能性(アンサンブル音楽三昧2006/02/12)

ongakuzanmai_1 チェロの田崎瑞博、ヴァイオリンの川原千真らによる「アンサンブル音楽三昧」が先月(2006年2月)、茨城と東京で、バッハの《平均律クラヴィーア曲集第1巻》のプレリュード全曲など、鍵盤作品を他の器楽のために編曲して上演するという試みをおこなった。その意図や、そこから見えてきたバッハ上演の新たな可能性を考えた(写真は2月12日の東京・ハクジュホールでの公演。撮影:寺西肇)。

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2006/03/18

涙の形 The Alchemy of Tears

Alchemyエヴリン・タブというソプラノ歌手を知ったのは、1995年秋のコンソート・オヴ・ミュージック来日公演。ぼくのめあては、ほかの多くのひとたちとおそらく同様に、ソプラノのエマ・カークビーや音楽監督・リュートのアントニー・ルーリーでしたが、輝かしいカークビーのソプラノに寄り添い、陰影をあたえるかのようなタブの歌唱には、うまくことばにできないけれども、強く深い印象をもちました。いや、正直にいえば、2003年につのださん、波多野さんとのステージでふたたびその歌と再会したときに、そのときの陰影をもった印象が、記憶の中でふさわしい場所を得た──というのが正しい。音楽は記憶の芸術ですが、よい演奏会はまた、過去の記憶を創造しなおすこともある、というひとつの例でしょうか。

そうして処をえたぼくの記憶が告げるタブさんの歌唱は、いわゆるクラシックの歌手とはまったく違っていて、むしろアイルランド土着のフォーク・シンガーに近いような、型にはまらない自由さと、〈うた〉そのものの伝統への忠実さを矛盾なくあわせもっています。これは、じつはいくら強調してもしすぎることのない点だと信じているのですが、ぼくは(こういういいかたが許されるならば)このような〈うた〉が、このクラシックの世界で、よくもまあ生き残ることができたものだ、と感嘆すらしているのです。
martin_hayes具体的にいうと、タブさんの歌唱の「自由さ」は、たとえばその音程の独特の操りかたにあります。それはほんとうに微妙なものなので、CDを(いや、できれば、ライヴで!)聴いて確認していただくしかないのですが……(以前、マーティン・ヘイズというアイルランドのフィドル奏者のCDを、何人かの同僚に聴いてもらったところ、クラシック好きのひとほど、その独特のピッチ・センスに違和感をおぼえ、音楽を楽しむところまでいかなかった、そのことを思い出します)。
もうひとつは、その呼吸のコントロールの自在さ! ほとんど絞りだすかのような、呻きとも溜め息ともつかないうたに、上述の独特のピッチが乗って、ほんとうに独特の世界を作りだします。

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2006/03/17

東京混声合唱団「《合唱美》種々の相」(2006/03/16)

◆東京混声合唱団第204回定期演奏会
 《合唱美》種々の相
 2006年3月16日(木)19:00 東京文化会館小ホール

◎曲目
ハインツ・ホリガー/《四季(Die Jahreszeiten)》(1975/78/79)より
 〈冬I〉〈春III〉〈夏I〉〈秋III〉
杉山洋一(メゲル・エルナンデス:詩)/ひかりの子(2006委嘱初演)
湯浅譲二(谷川俊太郎:詩)/《風》(2006委嘱初演)、《息》(2004)、《秋》(2006委嘱初演)
三善 晃(谷川俊太郎:詩)/3群の混声合唱体とピアノのための《あなた》(1989)
 ※ピアノ:中嶋 香、共演:新しい合唱団

◎演奏
東京混声合唱団 指揮:田中信昭

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2006/03/16

白石和良の「闘う古楽&トラッド乱聴記」003──オーケストラ・シンポシオン(2006/03/12)

◆モーツァルトと行く! ヨーロッパ音楽都市周遊 2004-2006
 第5回「太陽の国、イタリア」
 2006年3月12日(日)15:00 浜離宮朝日ホール・多目的ホール

◎曲目
(第1部)W. A. モーツアルト(1756〜1791):シンフォニー ト長調 KV74
     G. B. マルティーニ(1706〜1784):チェロ協奏曲 ニ長調
(第2部)G. B. サンマルティーニ(1700/01〜1775):シンフォニー 変ホ長調 JC26
     W. A. モーツアルト:シンフォニー へ長調 KV112
◎演奏
オーケストラ・シンポシオン:諸岡範澄(指揮,チェロ独奏)、桐山建志(コンサートマスター、Vn1)、三宮正満(Ob1)、尾崎温子(Ob2)、功刀貴子(Fg)、下田太郎(Hr1)、木村隆(Hr2)、高橋真二・鍋谷里香・今井直子(Vn1)、大西律子・小池吾郎・星野麗・長岡聡季(Vn2)、諸岡涼子・深沢美奈・上田美佐子(Va)、十代田光子(Vc)、諸岡典経(Kb)

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2006/03/13

新コーナー!「古楽特派員テラニシ」001──幻の肩掛けチェロ「ダ・スパラ」

badiarov_da_spalla バロック時代に存在したとされるものの、今は音楽史の彼方に埋もれたままの肩掛けチェロ「ヴィオロンチェロ・ダ・スパラ」。この“幻の楽器”の復元・演奏に、ミト・デラルコなどで活躍するヴァイオリニストで弦楽器製作家でもあるディミトリー・バディアロフ氏がとりくんでいる。先月末(2006年2月22日)のバッハ・コレギウム・ジャパンの公演では、このスパラがカンタータ第6番の通奏低音を担当した。はたして、このような楽器は実在したのだろうか。そして、この楽器がもつ可能性とは──。

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寺西肇さんのコーナーができました

稀代の古楽愛好家であり、『古楽は私たちに何を聴かせるのか』(2000、東京書籍)の著者としても知られる産経新聞記者の寺西肇さんが、当blogに協力してくださることになりました。「古楽特派員テラニシ」と題して、古楽の世界の最前線をリポートしていただこうと思います。

寺西さんのリポートをまとめて読みたいときは、サイドバーの「カテゴリー」内の「teranishi's kogaku correspondence」をクリックしてください。

乞う、ご期待![genki]

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2006/03/12

言語道断のアルバム!?

Amazon.co.jpで『セリー主義』というCDを買ったんですが、そのレビュー(CDジャーナル・データベースより)が笑える。これにひかれて買ったわけじゃないんですが、インパクトはありました。

20世紀の音楽を良くも悪くもしたのが{セリー主義}。1950年代にその先鋒と崇められた{三羽ガラス}の代表作(傑作)をまとめた言語道断のアルバムだ。ポリーニがブーレーズを、アバドがノーノを、BPOがシュトックハウゼンを……。名作を名演で!

良くも悪くも言語道断のレビューだ![genki]

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2006/03/11

現代の音楽展2006〈4〉

◆「オペラ・プロジェクトI」
2006年3月10日(金)19:00 東京文化会館小ホール

◎曲目
くりもとようこ/《発声と様式のモード──新しいオペラへの試み》(2001)
 【作曲・台本】くりもとようこ
 【演出】松本重孝
 【照明】成瀬一裕
 【舞台監督】佐藤公紀
 【出演】白石圭美(ソプラノ)、栗本洋子(ソプラノ)
 【演奏】東京現代音楽アンサンブルCOmeT
     菊地秀夫(クラリネット)、高林美樹(ファゴット)、黒田亜樹(ピアノ)

近藤春恵/オペラ《居酒屋お伽噺》(2005/初演)
 【作曲】近藤春恵
 【台本】峠兵太
 【指揮】小鍛冶邦隆
 【演出】松本重孝
 【照明】成瀬一裕
 【舞台監督】佐藤公紀
 【出演】太田直樹(男/語り手/バリトン)、愛甲久美(女びな/メゾソプラノ)、      竹澤嘉明(居酒屋のあるじ)
 【演奏】東京現代音楽アンサンブルCOmeT
     木ノ脇道元(フルート)、菊地秀夫(クラリネット)、      高林美樹(ファゴット)、竹内修(ホルン)、神田佳子(ヴィブラフォン)、      黒田亜樹(ピアノ)、篠田恵里(ハープ)、野口千代光(ヴァイオリン)、      甲斐史子(ヴィオラ)、寺井創(ちぇろ)、那須野直裕(コントラバス)

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2006/03/10

onblo talk series 01「現代音楽はおもしろい!」その12──音楽とアイディアについて

新春企画」として始めたこのトーク・シリーズも、今回で12回め。映画音楽の話題がひとくぎりついたところで、少し話題の方向を変えてみたいと思います。
ずばり、「現代音楽はおもしろい!」のだとすれば、いったい「どこがおもしろいのか」を俎上に乗せていきたいと思います。といっても、抽象的すぎますから、最近考えていることをもとに、ささやかな問題提起をさせていただこうと思います。

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2006/03/08

日本の作曲・21世紀へのあゆみ 第36回「室内楽の諸相IV〜1980年代」(2006/03/07@紀尾井ホール)

◆日本の作曲・21世紀へのあゆみ 第3期(1976〜2000)II
 第36回「室内楽の諸相IV〜1980年代」
 2006年3月7日 紀尾井ホール

紀尾井ホール◎曲目
近藤 譲/始め、中、終り(1987)
 木ノ脇道元(フルート)、クァルテット・エクセルシオ(弦楽四重奏)、
 佐藤紀雄(指揮)
三善 晃/響象I(1984)・II(1995)
 小坂圭太・中川俊郎(ピアノ)
新実徳英/旋法の虹(1988/95)
 稲垣 聡・中川賢一(ピアノ)
西村 朗/八手のための舞曲(1987)
 小坂圭太・中川俊郎・稲垣 聡・中川賢一(ピアノ)
林 光/レゲンデ(1989/90)
 クァルテット・エクセルシオ(弦楽四重奏)

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2006/03/07

onblo talk series 01「現代音楽はおもしろい!」その11──現代音楽と映画音楽〈5〉

■音楽は嘘をつくか?

谷口です。

沼野さんのご投稿を読みまして思いついたのは、以前アメリカにいたとき、博士課程向けのゼミにて私が発した質問でした。それは「音楽は嘘をつくのか」というものでした。ゼミではちょうど「音楽のナラティブ」「音楽のペルソナ」のようなことをやっていたのですが、この質問の書いた紙を見たメンデルスゾーン学者ダグラス・シートン博士は大いに感動していました。しかし彼からもクラスからもこの疑問にたいする答えは出ませんでした。誰かがこんなことを言っていたかと思います──「嘘をつく」前の段階で、音楽にはそもそも事実を伝える能力があるのか?

最近は報道エンターテイメントと称して、BGMのついた報道番組も増えましたが(私が知るかぎり、日本でいちばん古いBGM付きのニュース番組は、フジテレビ夕方6時の『スーパータイム』でした)、映像もなく音楽だけで具体的ななにかが伝わるのかといわれると、難しいように思います。歌詞・映像があって、なにかしら具体的な意味づけがなされるように思われるんです。

ただ、沼野さんのおっしゃっていることはたしかに感じます。先日、映画音楽の作曲家として有名なブルース・ブロートンのインタビューを聴いていて、彼が面白いことを言っていたのです。それは「リアルな映画に音楽を付けるときは注意したほうがいい」ということでした。彼にいわせれば、必要でない箇所に音楽をつけると、とたんにリアルさがなくなってしまうのだそうです。ファンタジーはそれに比べて楽だと。

また、別の映画音楽関係の本を読んでおりましたら、「作曲者を含む映画の製作者は映画のラストを知っているが観客は知らないのだから、音楽で物語のヒントを与えすぎないように注意しろ」という助言が書いてありました。とくに推理ものやサスペンスものですと、容疑者たりえる登場人物が何人も登場するのですが、それを音楽によってどう描くか。そしてそれはどのように聴衆を主導していくのか、そういったことに注意しろということなんだと思います。ではこれも「音楽による嘘」なのかどうなのか……。言葉や映像による表現があってこそ、「嘘っぽくなる」ということはあると思うのですが。

私もけっきょく沼野さんの投稿に応答していないようですが、とりあえずこちらも番外編ということで失礼します。[谷口昭弘]

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2006/03/06

白石和良の「闘う古楽&トラッド乱聴記」002──ネーモー・コンチェルタート(2006/02/28@ル・タン・ペルデュ)

◆2006年2月28日(火)20:00/21:00/22:00 野毛(横浜) ル・タン・ペルデュ
ネーモー・コンチェルタート:辻康介(歌)福島久雄(ギター)

◎曲目(これは筆者の責でまとめたものです):
(ステージ1)I missing you(g. solo)/4枚のハンカチ/Quiet Night(g. solo)/ボラーレ/甘美な苦しみ/良い知らせを持ってきました/Oriental Dream(g solo)/もてもてサラセン人
(ステージ2)アルフォンシーナと海(g. solo)/あの山の上で/Alla Renella/小悪魔ちゃん/プルネッラのセレナーダ/きれいなねぇちゃんよ
(ステージ3)スパニョレッタ(g. solo)/ゴリツィア/死んだ男の残したものは/There is no salvation /Why didn't you say so(g. solo)/コーヒー・ルンバ/ネイチャー・ボーイ/奴らの足音のバラード 

* * *

 17世紀前後のイタリア歌曲や民謡を出発点にして、原語と日本語での超ユニークな音楽世界を展開している辻康介さんには、1990年代の半ばにロバ・ハウスでの衝撃(笑劇)的な音楽芝居『中世の居酒屋にて』で初めて接して以来、ゾッコンである。とくに最近は辻さん自身の率いるネーモー・コンチェルタートと、さらにバグパイプの超人の近藤治夫さん率いるジョングルール・ボン・ミュジシャンでの活動が目白押しで、嬉しい悲鳴を上げながら追いかけをさせてもらっているのだ。
 さてネーモーは最大編成では、辻さんのヴォーカルのほか太田光子(リコーダー)、平井み帆(スピネット)、近藤治夫(バグパイプ、シャルモー等)、福島久雄(ギター)、近藤広志(サックス、バスクラリネット)、伊左治道生(バイオリン)というまさに多彩・多才な面々を擁するグループ(これを辻さんは「なんにもネーモー」!という)なのだが、この日は福島さんとの2人だけの最小編成。意外にもこの2人でのライヴは初めてとのことで、お2人の音楽をじっくり味わえた。

 ステージ1では、まず日本語によるモンテヴェルディの《甘美な苦しみ》での包容力や、同じく日本語によるジェノヴァ民謡の《良い知らせを持ってきました》での独特のロマンチックな感覚がとても印象的だったが、私にとっての最大のブラヴォーはお馴染みの《もてもてサラセン人》。言葉をおいていくようなていねいな歌いまわしと、それに完璧に呼応しながらも鋭く切り込んでいくギターは本当に絶妙で、個人的にはこれまでなんども聴かせてもらったこの歌のパフォーマンスのなかでも、ベストではないかと思った。
 ステージ2では、ナポリのプルネッラ(道化)のセレナーダ(恋人の窓辺で歌う求愛の歌)がロマンティシズム炸裂。これも辻さん独自の素晴らしい日本語訳だ。日本語訳の歌といえば、ほかにも、サルディーニャ民謡の《あの山の上で》のちょっと翳りのある歌詞を朗々とした暖かい歌声で聴かせてくれたのもすごくよかった。
 そして得意の「語り」をあえて最小限にして淡々、粛々と演じられたステージ3では、まず武満・谷川による《死んだ男の残したものは》が本当に説得力があったし、さらに《ゴリツイア》ではトラッド・シンガーとしての辻さんに感激。ユーロ・トラッド・ファンとしての血が騒ぐ。このステージでの最大の収穫は日本語で歌われたキダス・アイの《There is no salvation》だった。これはもう辻歌謡そのもの。イナタイ魅力の辻用語満載で、ぐっと訴えかけてくるメッセージ・ソングの傑作だった。

 ラテンからジャズ、クラシック、そして中近東のサウンドまでを自在に行き来する福島さんの繊細で気迫に満ちたギターと、いつにもまして落ち着いた歌唱を展開してくれた辻さんによる充実したライヴで、辻さんの音楽世界の根底に流れるロマンティシズムと独特の寓話性をあらためて確認した一夜であった。[白石和良]

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2006/03/05

現代の音楽展2006〈2〉

■「室内楽展II〜声楽アンサンブル」
2006/03/02 東京オペラシティリサイタルホール

◎曲目
北爪やよひ/おとのはうた〜ギターと4人の声のために(2005/初演)
 佐々木理江(メゾソプラノ)、三橋千鶴(アルト)、小宮一浩(テノール)、
 多田康芳(バリトン)
露木正登/水原紫苑の歌による幻影〜ソプラノとヴァイオリンのための(2005/初演)
 田島茂代(ソプラノ)、相川麻里子(ヴァイオリン)
宮崎 滋/6奏者のための響映(2002)
 薗田真木子(ソプラノ)、愛甲久美(メゾソプラノ)、太田直樹(バリトン)、
 甲斐史子(ヴィオラ)、寺井創(チェロ)、那須野直裕(コントラバス)、
 宮崎滋(指揮)
タズル・イザン・タジュディン/ガメルバティ──メディアシ・ウキランIV(2005/初演)
 田島茂代(ソプラノ)、木ノ脇道元(フルート/ピッコロ)、
 甲斐史子(ヴィオラ)、寺井創(チェロ)、小鍛冶邦隆(指揮)
門脇 治/霧笛(2005/初演)
 小宮一浩(テノール)、多田康芳(バリトン)、堀野浩史(バス)、
 木ノ脇道元(フルート/アルト・フルート)、
 本田英輝(オーボエ/イングリッシュ・ホルン)、
 菊地秀夫(クラリネット/バス・クラリネット)、鹿野智子(ファゴット)、
 那須野直裕(コントラバス)、小鍛冶邦隆(指揮)
倉内直子/光の帯〜3つの声と6楽器のための(2005/初演)
 丹藤麻砂美(ソプラノ)、紙谷弘子(メゾソプラノ)、大橋正明(テノール)、
 木ノ脇道元(フルート/ピッコロ)、
 本田英輝(オーボエ/イングリッシュ・ホルン)、
 菊地秀夫(クラリネット/バス・クラリネット)、相川麻里子(ヴァイオリン)、
 寺井創(チェロ)、那須野直裕(コントラバス)、小鍛冶邦隆(指揮)

◎演奏:東京室内歌劇場メンバー、東京現代音楽アンサンブルCOmeT

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2006/03/04

現代の音楽展2006〈1〉

■現代の音楽展2006〈1〉──世界に開く窓〜ISCM“世界音楽の日々”を中心に〜東ヨーロッパから
2006/03/01 東京オペラシティリサイタルホール

◎曲目
藤井喬梓/夢の浮橋〜ギター独奏のための(2002)
 佐藤紀雄(ギター)
ミルコ・ケレメン/Dessins Commentes(1969/日本初演)
 中村和枝(ピアノ)
ヴィトルド・ルトスワフスキ/ヴァイオリンとピアノのためのパルティータ(1984)
 佐藤まどか(ヴァイオリン)、中尾純(ピアノ)
篠原 眞/テノール・リコーダーと二十絃のためのFragmente Duo(1998/日本初演)
 イェレミアス・シュヴァルツァー(リコーダー)、後藤真起子(二十絃)
ヴィンコ・グロボカール/安全性の彼岸 Jenseits der Sicherheit(1977/1981)
 太田真紀(ソプラノ)
アルフレッド・シュニトケ/弦楽四重奏曲第3番(1983)
 佐藤まどか・花田和加子(ヴァイオリン)、木佐貫美保(ヴィオラ)、多井智紀(チェロ)

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2006/03/03

新実徳英のオペラ《白鳥》がNHK-BS2で放映

昨年(2005)9月に名古屋で上演された新実徳英さんのはじめてのオペラ、シンフォニック・オペラ《白鳥(しろとり)》が、3/11(土)の00:30-01:52(3/10金の24:30-25:52)にNHK-BS2で放映されます。

昨年、上演の翌日に新実さんの蓼科の別荘に遊びに行き、ご本人の口から「よかったよかったよかったよかった……(なんで来なかったの)」と手ごたえのほどをお聞きしていただけに(最後のは言外のニュアンス)、たいへんありがたい! しっかり観させていただきます。

↓新実さんの著書、おすすめです。[genki]

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ルネサンス音楽とバロック音楽の違いについて

2/24に波多野睦美さん+つのだたかしさんの演奏会のことを書きましたが、そのときに書ききれなかったことを少し──多分に思索的で面倒なことになりそうなのですが、そこは少しがんばって──書いてみます。「バロック」という言葉についての、実感的所見とでもいいましょうか──。

ルネサンス期の音楽とバロック期の音楽とでは、なにが違うか、ということです。
参考として、『新編 音楽中辞典』(音楽之友社)の「バロック音楽」という項目(津上智実執筆)の一部を引用してみます:

 バロック音楽の共通理念は情念(アフェット)の表出で,これは嘆きや喜びなどの類型化された魂の状態(個人の内面的感情ではない)をできるだけ効果的に表現しようとするもので,劇的な対比に満ちた新しい音楽語法を生みだした。

簡潔にして要を得た記述ですね。「類型化された魂の状態をできるだけ効果的に」というところが、バロックがバロックたるゆえんなのだと思います。つまり、「バロック」ということばの語源であるとされる「barroco」(「いびつな真珠」を意味するポルトガル語)に、たしかにこめられていた否定的ニュアンスは、「類型化された魂の状態をできるだけ効果的に」というところに向けられたものであった、というわけです。
そして、はっきりといってしまえば、バロック以前の音楽には、「感情」というものはなかったのではないか──それが、ぼくの考えです。

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2006/03/02

和声のしくみ・楽曲のしくみ──4声体・キーボード・楽式・作曲を総合的に学ぶために

いわゆる「芸大和声」で有名な島岡譲先生の最新刊。
もともとは国立音楽大学の夏期講習のテキストで、したがって、高校生でも使える「芸大和声入門」的な内容となっています。サブタイトルのとおり、「総合的」な学習によって音楽への全体的視野をあたえる、というところが、この本のコンセプト。そのため、帯のキャッチコピーは「音楽の基礎教養を身につける!」としました。
独特の和声記号に慣れるまでは、ちょっととっつきにくいところもあるかもしれませんが、慣れてくれば、ひじょうにわかりやすいと思います。
ちなみに、あの和声記号、フォントとしても販売されているのですが、島岡先生はパテント料など「一銭ももらってない」とか。「普及してくれたほうがいいから、文句もいってない」とおっしゃっていましたが、今回DTPで制作するにあたり、その和声記号がなかなか先生のイメージどおりにいかず、苦労しました。けっきょく作字したものも多数。考案者本人が、「違う」っていってるんだから、こんどはもうちょっとちゃんとフォントをデザインしてほしいと思います。[genki]

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2006/03/01

リンク集

当blogのリンク集について、説明します。

よくあるリンク集とはひと味違い、このblogにリンクを貼りたいひとが、勝手に自分のURLを書き込めるようになっています。もちろん、管理人がリンクを増やしていくケースも多いと思います。

べつにたいそうな仕掛けを使っているわけではなく、blogのコメント機能を使っているだけです。ですので、リンク以外のことも書き込めてしまうわけですが、そのへんはご使用になるかたがたの良識におまかせしたいと思います。あまりにも、「外れた」書き込みがあった場合は、管理人のほうで削除させていただくこともありますので、ご了承ください。

以下に、書き込みのルールを記します。

まず、サイドバーの「C O N T E N T S」のなかの「◆リンク集」をクリックします。この記事が現れますが、その下にいくつかリンクが並んでいるはずです。そして、いちばん下にコメントの記入欄がありますから、以下のように必要事項を記入してください。

◎名前: あなたのお名前(ハンドル)
◎メールアドレス: あなたのメールアドレス
◎URL: あなたのURL
◎内容: リンクを貼りたい「サイト名」と「URL」、そして簡単な「紹介文」を書いてください。以下の書式にしたがって書いていただけると、たいへん助かります。

■ongei :: blog
□http://bloomingsound.air-nifty.com/ongei/
音楽、音楽書、演奏会などについて、考え、語るblog。さまざまなライターが不定期で登場します。

このままでは「テキストとして」URLが書かれているだけで、リンクにはなりませんが、投稿をいただきしだいすぐにリンク貼りの作業をさせていただきます。

つまり、コメント欄のひとつひとつが、さまざまなサイトへのリンクとなっていくわけですね。

みなさまのご協力をお願いいたします。[genki]

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白石和良の「闘う古楽&トラッド乱聴記」001──太田光子+平井み帆(2006/02/26@近江学堂)

◆2006年2月26日(日)14:00 近江楽堂
太田光子(リコーダー)、平井み帆(チェンバロ)
「イタリアバロック音楽の変遷〜ナポリの賑わい、ヴェネツィアの華〜」
◎曲目
(第1部)G.B.フォンターナ:ソナタ第6番、B.マリーニ:ロマネスカ、G.バッサーノ:リチェルカータ第2番、G.B.リッチョ:リコーダーの為のカンツォン、A.ガブリエリ:第9旋法のトッカータ、M.ウッチェリーニ:シンフォニア第1番《アマリッリ》、シンフォニア第2番《バッタリア》
(第2部)B.マルチェッロ:ソナタ第7番、B.ガルッピ:変奏曲ホ長調、F.M.ヴェラチーニ:フォリア

* * *

 ニッパチ(2月と8月)といえば商売の世界では仕事枯れの時期を意味するけれど、近年のニッパチならぬ2月と7月は、とびっきり生きのいいこのデュオの定期コンサートが開かれる時期なのだ。早くも6回めになる今回は17〜18世紀のヴェネツィアの音楽特集で(ファンとしてはうれしくも)当日券発売なしのソールド・アウト。ちなみに太田さんは前半ではルネサンス・リコーダー、後半はバロック・リコーダーで聴かせてくれた。
 近年のラテン系古楽の素晴らしき興隆で、日本のアーティストの生演奏などで聴いた曲も一部にあるとはいえ、ポピュラーな曲で観客を集めるような演奏会ではもとよりない。といって、音楽史の音のカタログの類のシリーズでもおよそなく、ようするに、イタリア・バロックのテーマに沿いながらお二人が真に演奏したい曲を自由にとりあげて聴かせてくれる企画で、その自由な空気が演奏からもダイレクトに伝わってくる。たとえば、今回のプログラム中のG.B.リッチョのカンツォンはこの時代には珍しく、「リコーダーのための」という楽器指定があって(通常、この時代の曲ではリコーダーは「その他の楽器」扱いとか)、それゆえにリコーダー奏者の太田さんとしては、ぜひともとりあげたかったという。このワガママ?ぶりがじつによいではないか。こうした自由な雰囲気だからこその弾けた演奏がギッシリのステージだった。
 個人的には(どんな音楽であれ基本的にはそう思うが)、とくにこのお二人のような日本の最先端の古楽アーティストのライヴでは、アーティスト本人が心から演奏したい曲を気合いを入れて聴かせてもらえればそれがこそがいちばん、言葉を替えれば「ジャズに名曲はなくて名演あるのみ」という真理はこの音楽にも絶対通じるものと信じているのだ。
 太田さんの抜けのよいストーンと響く音が大きな弧を描いて空間を飛翔すると、平井さんの俊発力に満ちた力強いチエンバロの音がそれにスリリングに交錯して、しだいに熱く燃えあがってゆく。お二人の演奏はまさに自在な印象だが、普通の意味での「軽やかな」といった形容はふさわしくないだろう。ワインでいえばフル・ボデイのごとくコクがあり、なによりも「ガッツ」に溢れているのだ。実際、たとえば、平井さんが「まるで昼のメロドラマの主題歌みたいに美しい曲」と紹介してソロ演奏したB.ガルッピの曲などは、昼メロというよりも下手をすれば昼寝に誘われかねない曲調だったが、それを平井さんは独特のガッツに溢れた演奏によって終始高いテンションでびしっと聴かせてくれた(平井さんの演奏には、いつでも民謡のコブシに通じるような熱い歌心が感じられてしまう)。バス(低音)が印象的な《ロマネスカ》や流れるような《カンツォン》、穏やかな導入部のラルゴと躍動感いっぱいの後半の舞曲の対比が楽しい《ソナタ第7番》などなど、お二人の熱いデュオ曲はどれも魅力的だけれど、《バッタリア》や《フォリア》のような、とくにアクロバティックなスリル(と一種の諧謔味)に溢れた曲目はまさにぴったりで、やはり最高、完全燃焼の演奏だった。今回はまた、曲目紹介の楽しいオシャベリも多くて、ことのほか気のおけない雰囲気だったが、これはご本人たちの演奏にとってもよいことであるに違いない。
 それにしても、このシリーズの回を重ねるごとに、お二人のインタープレイはますます深く、いっそう濃くなってきたようで、ひとことで形容すれば「音楽の旨味をえぐり出すようなデュオ」といえばよいのだろうか。今後もますます楽しみ、またぜひデュオCDのリリースを!と叫んでしまうのだ。[白石和良]

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