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2006/03/03

ルネサンス音楽とバロック音楽の違いについて

2/24に波多野睦美さん+つのだたかしさんの演奏会のことを書きましたが、そのときに書ききれなかったことを少し──多分に思索的で面倒なことになりそうなのですが、そこは少しがんばって──書いてみます。「バロック」という言葉についての、実感的所見とでもいいましょうか──。

ルネサンス期の音楽とバロック期の音楽とでは、なにが違うか、ということです。
参考として、『新編 音楽中辞典』(音楽之友社)の「バロック音楽」という項目(津上智実執筆)の一部を引用してみます:

 バロック音楽の共通理念は情念(アフェット)の表出で,これは嘆きや喜びなどの類型化された魂の状態(個人の内面的感情ではない)をできるだけ効果的に表現しようとするもので,劇的な対比に満ちた新しい音楽語法を生みだした。

簡潔にして要を得た記述ですね。「類型化された魂の状態をできるだけ効果的に」というところが、バロックがバロックたるゆえんなのだと思います。つまり、「バロック」ということばの語源であるとされる「barroco」(「いびつな真珠」を意味するポルトガル語)に、たしかにこめられていた否定的ニュアンスは、「類型化された魂の状態をできるだけ効果的に」というところに向けられたものであった、というわけです。
そして、はっきりといってしまえば、バロック以前の音楽には、「感情」というものはなかったのではないか──それが、ぼくの考えです。

もちろん、ルネサンス期以前の音楽だって、恋愛や嫉妬、希望や絶望など、さまざまな感情をうたっています。そして、音楽はその感情をなぞるかのように、幸福感にみちていたり、激しく動きまわったりする。ただ、それは「感情」というものを知ってしまった現代人の目からみたはなしにすぎない、と思うのです。
ルネサンス以前の音楽に描かれている「感情」は、それぞれしっかりと「具体的な事物」に貼りついています。つまり、「感情」として単体で抽出できるものではなく、あくまでも「あの方への思慕の情」であったり、「亡くなったあのひとへの哀悼の情」であるわけです。
それにたいして、バロック音楽のいちばんすごいところは、「喜」「怒」「哀」「楽」などの感情を、類型化し、「喜」ならばこの音型、「怒」ならばこのパッセージ、といったように、細かくマニュアル化してみせた、ということです。それによって作曲家は、望みの「感情」を聴き手の心のうちに起こさせる、もっとも効率的な手法を手にいれ、聴き手もまた、音楽が自分の感情を「カテゴライズ」し、適切な名前をつけてくれるのに、身をゆだねるようになったのです。

ルネサンス期以前の音楽では、音楽はただ音楽にすぎず、感情を表現するものではなかった。個々の具体的事物をうたいながらも、音楽としての均整・調和を崩すことは、是とはされていませんでした。
そこに登場するのが、モンテヴェルディです。彼が提唱した「セコンダ・プラッティカ(第2の作法)」は、「バロック音楽の所信表明」として有名です。ふたたび『新編 音楽中辞典』を引けば、「『言葉がハルモニアを支配する』新しい作曲法」と説明されていますが、ようするに、「音楽を、その均整・調和(ハルモニア)を崩してでも、言葉に従属させる」ということです。
「言葉」というのはつまり、「抽象化された感情」です。「あの方への思慕」も「この方への憧れ」も、すべて「愛」という抽象的な概念に変換してしまうこと。
これによって、「感情」は作り手にとっては、効率的に複製可能なものとなり、受け手は、類型化された音楽表現に身をゆだねることによって、みずからが生きるうえで決定的な重みをもつ個々の事物から目をそらすことができ、感情のエコロジー化を実現することができたのです。
そして、そのあり方は、それ以前の世界観のなかに生きていたひとびとの目には、たしかに「いびつな真珠」のように、禍々しいものとして映ったことでしょう。

カナダの思想家マーシャル・マクルーハンは、グーテンベルクが発明した活版印刷術によって、人間の感覚体系が革命的な変化を起こし、口語的・聴覚的文化から活字的・視覚的文化への移行をはたした、と論じています(『グーテンベルクの銀河系』など)。まさに、音楽における「活字文化への移行」が、バロック音楽の登場によってなされた、とは考えられないでしょうか? それまでの写本にかわって、活版による楽譜印刷がルネサンス期に発展したことも、それと無関係であったとは思えません。

モンテヴェルディの“革命”によって華々しく登場したバロック音楽は、その後、「音楽で言葉をしゃべる怪物」=J. S. バッハを生み出します。ここから、ベートーヴェンの「音楽による演説」まで、それほど遠い道のりとは思えません。その意味で、西洋音楽史とは、「音楽を言語化する壮大な実験」としても描けるでしょう。12音技法などもまた、その「嫡流」を正しく継いでいるはずです。
ただ、バロック音楽の台頭によって駆逐された、音楽ほんらいの血筋──「ハルモニアの系譜」といいましょうか──も、どこかに脈々と流れつづけている。『ダヴィンチ・コード』でいちやく有名になった「シオン修道会」のように、心あるひとびとが、その血統を守りつづけているのではないか、とぼくはなかば本気で信じています。[genki]

 

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