« 不自由さゆえの自由さ──ピエール・ブーレーズ作品演奏会(2006/04/21,22) | トップページ | 「古楽特派員テラニシ」005──「始原楽器」の挑戦 »

2006/04/24

戸ノ下達也の「近代ニッポン音楽雑記」002──音楽家の評価〜明本京静の場合〜

 国民大衆に親しまれた“音楽”を、郷土が輩出した音楽家の活動を通して考える連載記事がある。青森の『東奥日報』夕刊に連載されている「あおもり はやり歌 人もよう」がそれだ。このような音楽と社会を考える企画は、全国紙より地方紙・ブロック紙のほうがはるかに意欲的かつ優れていて、特筆すべき記事が多い。今回はこの連載で今年(2006年)3月1日〜14日の間、全12回にわたりとりあげられた作曲家・明本京静のシリーズについて考えてみたい。

* * *

 いったい、このブログを読まれている方のうち、明本京静(あけもと・きょうせい。1905~1972)をご存知の方はどのくらいいらっしゃるのであろうか。東京帝国大学を中退し、武蔵野音楽学校(現・武蔵野音楽大学)に学び、声楽家から作曲に転じ、《父よあなたは強かった》《ああ紅の血は燃ゆる》に代表される歌謡を作詞・作曲、戦後はテレビ番組でも活躍した音楽家であった──というと「なんだ、たかが流行歌の作曲者か」で終わってしまうのが、現在の「クラシック愛好者」や「音楽学者」の認識であろう。しかしながら彼のような音楽家の存在なくして市井のさまざまな人々が「音楽」に親しむことはできなかったことは、あらためて認識すべきである。1930~40年代にかけての服部良一、古賀政男、古関裕而、佐々木俊一、大村能章、万城目正、長津義司……といった音楽家たちの残した功績は、客観的かつ科学的に検証され、評価されるべきであることはいうまでもない。

 連載は、1945年8月15日の明本からスタートする。そして彼の音楽活動の変遷を、《ああ紅の血は燃ゆる》《父よあなたは強かった》に代表される「国民歌」や《憲法改正の歌》《武田節》の作曲、《踊ろよアミー》の作詞といった創作活動のみならず、ラジオやテレビなどメディアでの活動も掘り起こすことであとづけ、また家族のみならず、現在の視点から再演しているソプラノ歌手・藍川由美や、当時活動をともにした歌手・安西愛子(元NHK「うたのおばさん」)、中曽根康弘元首相などの視点を紹介しながら、楽曲や創作姿勢の特徴を総括しつつ、明本の評価を試みるという興味深いものであった。そこでは、音楽家・明本の世代や生い立ちが、音楽家としての彼の活動や創作姿勢、また思想といかに密接に関係し、生き様に映し出されていたのかという「人もよう」が淡々と描かれていた。

 私自身、国民の教化動員を目的に上から制定された「公的流行歌」ともいうべき「国民歌」は、音楽と社会を考えるうえで重要な研究対象のひとつと位置づけている。そのさい、「国民歌」の創作側の意識や思想を整理し、創作者の音楽活動や作品、そして社会とのかかわりを検証することができれば、深遠な研究ができるであろうといつも考えているのであるが、残念ながらそれはほとんど不可能である。いくつかの評伝や自伝が刊行されている古賀政男や古関裕而は例外であり、創作者の活動や思想をあとづける資料が公開されていない現状では、明本はじめ大衆歌謡の創作者の検証は、ひじょうに困難な作業である。当時の音楽雑誌等や残された一次資料(多くの場合、日本近代音楽館に寄託されているもの)や評伝などから検証できるのは、いわゆるクラシック音楽の作曲者が中心であり、多くの場合、大衆歌謡の創作者の“声”を聞くことも、またその生き様を振り返ることも難しい状況である。この連載を契機に、こうした音楽家の姿を捉えることのできる資料や証言が公にされ、その資料や証言をもとに、良識をもった客観的かつ科学的な研究がなされることにより、正負両面からの評価がなされ、その今日的な意義を考えることができればじつに理想的である。

 私的な話で申し訳ないが、私が明本を身近に感じるのは、学生時代いくどとなく親しんだ《立命館大学校歌》の作詞者であるという要因が大きい。《立命館大学校歌》については連載第4回「セピア色の風景」で、近衛秀麿との師弟コンビで初の創作という脈絡で言及されていて、事情を知らなかった私にとってはたいへん勉強になった。1936年にできたその校歌は、現在では「1番」のみしか歌われず、「2番」以降の歌詞が公開もされていないことの意味はいずれ論じたいと思っているが、ことほどさように戦時期の明本は、みずからの意志で考え、おおいに時代の波に乗り、積極的な音楽活動をおこなった。そして戦後は歌の楽しさの普及に尽力し、メディアを活用した活動を展開する。ただ彼の思想や創作姿勢に、戦前戦後一貫して「名利を超越した愛国者」が通底していたことは事実であろう。こうしたひとりの人間の戦前から戦後にいたる生き様は、音楽と社会を考えるさいにも重要な指針を与えてくれる。

 『東奥日報』の連載は、すでに浜圭介、菊池俊介、林あさ美、明本京静と続き、その後三上寛、淡谷のり子をとりあげる。こうした連載や音楽家論が他にもたくさん発表され、音楽家ひいてはその音楽家の生きた社会の評価を考える機会が増えることを願ってやまない。[戸ノ下達也]

|

« 不自由さゆえの自由さ──ピエール・ブーレーズ作品演奏会(2006/04/21,22) | トップページ | 「古楽特派員テラニシ」005──「始原楽器」の挑戦 »

コメント

戦前からクラシックよりもポピュラーの方が音楽的にレベルが高いですよ。戸ノ下さん、あなたは音楽ができませんね。音楽演奏ひとつできないでよく音楽史をを論じますね。

投稿: 前田俊之 | 2006/05/01 22:36

あなたの論文を読みました。「国民歌」とありますが、あなたはとても国民歌とはいえないようなクラシック音楽家の駄作品を取り上げて書き並べていますが、おかしいと思いませんか。国民統合に使われた国民歌はもっと別になります。それにあなたは自分が
取り上げている曲すらも実際に音源も聴いていません
ね。それが研究といえるのでしょうか。しかも、大衆音楽家の功績を評価すべきであるとのべていますが、あなたは実際にその人たちの楽曲を知らないでよくいえますね。知らないどころか知ろうともしない。これが研究とは、あなたの姿勢は非常に情けないと思います。

投稿: 金山茂 | 2006/05/07 22:22

戸の下達也様、
はじめまして。私は「泣くな若人」の歌(映画の「真白き富士の根」の主題歌?)が、明本京静s氏の作曲したものと知りました。その後パソコンで調べているうちに「ああ、紅の血は燃ゆる」や「風はそよ風」「武田節」もそうだと知りました。「風はそよ風」は高齢者施設」で現在よく歌っています。すばらしい爽やかな歌ですね。
有難うございました。このような分かりやすい解説や感想はいいですね。大変理解しやすかったからです。(元中学校音楽科教師、73歳)

投稿: 鬼島三男 | 2006/06/08 21:42

服部良一の評伝が発売。『評伝服部良一 日本ジャズ&ポップ史』。彩流社刊。著者、菊池清麿。日本近代音楽史の評伝シリーズの一つ。

投稿: 多田家岩雄 | 2014/04/19 20:14

菊池清麿氏の『ツルレコード昭和流行歌物語』(人間社/樹林舎)が面白そうです。

投稿: 久保井韝 | 2015/05/02 15:45

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/29830/9734244

この記事へのトラックバック一覧です: 戸ノ下達也の「近代ニッポン音楽雑記」002──音楽家の評価〜明本京静の場合〜:

« 不自由さゆえの自由さ──ピエール・ブーレーズ作品演奏会(2006/04/21,22) | トップページ | 「古楽特派員テラニシ」005──「始原楽器」の挑戦 »