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2006/04/02

「古楽特派員テラニシ」003──ライナー・クスマウル インタビュー(2006/02/27)

Kussmaul オリジナル楽器で用いられるピュア・ガット弦やバロック弓をモダン楽器に使い、ピリオド奏法を踏まえての演奏でバロック音楽に独自のアプローチを試みるアンサンブル「ベルリン・バロック・ゾリステン」(以下BBS)。その鮮烈な演奏は、欧州はじめ世界中の聴衆に驚きをもたらしている。このほど来日した、BBSリーダーでベルリン・フィルの元コンサートマスター、ライナー・クスマウルさんに、モダン楽器によるバロック演奏の展望などについて聞いた(2006年2月27日、東京・銀座の梶本音楽事務所にて)。

* * *

 BBS誕生のきっかけは1994年、ベルリン・フィルでバッハ《ブランデンブルク協奏曲》全曲を演奏するさい、当時コンサートマスターだったクスマウルさんが、音楽監督だったクラウディオ・アバドにピュア・ガット弦、バロック弓の使用を提案したことだった。「彼は大賛成で、すぐに弓を揃えてくれました。それらは、今も楽団の財産として残っています。この時はヒンデミットをモダンの弓と弦、バッハをバロック弓とピュア・ガットと、ふたつの楽器と弓を持ち替えて演奏しました。当時は全員が賛成というわけではなく、『お仕事だから』と付き合ったメンバーもいたことは事実です(笑)。しかし、このときにたいへん興味をもったメンバーも多くいて、まもなくベルリンの古楽奏者と連携し、BBSとしてベルリン・フィルとは独立したかたちでバロック演奏を始めました」。

 クスマウルさん自身は早くからオリジナル楽器にもとりくんでいる。Camerata of 18th Centuryによるバッハ《ブランデンブルク協奏曲》全曲の録音(独MDG)での美しいソロは、じつに印象的だった。ちなみに、このアンサンブルでも共演していた実弟、ユルゲン氏はベルリン古楽アカデミーなどで活躍するバロック・ヴィオラ奏者だ。「モダン楽器でも、弓さえ替えればバロック奏法に対処できる。私自身はオリジナル楽器の場合は、もちろん一般的なバロック・ピッチですが、モダン・ピッチを使います。モダン楽器を使う大きな理由は、エマニュエル・パユ(フルート)やアルブレヒト・マイヤー(オーボエ)ら管楽器奏者との共演が多く、彼らの楽器のピッチに合わせてやる必要があること。彼らに匹敵する奏者は、残念ながら、オ九リジナル楽器の世界には、まだ見当たりませんから」。

 筆者はかつて、「ピリオド奏法にはバロック弓」が不可欠」と考えていた。しかし、ロジャー・ノリントン体制になってからのシュトゥットガルト放送交響楽団はいうにおよばず、コンバッテイメント・コンソート・アムステルダム、オストロボスニア室内管弦楽団、オーストラリア室内管弦楽団など、最近はモダン楽器にモダン弓を用いながら、積極的にピリオド奏法をとりいれた秀演を多く耳にするにつけ、その考えが揺らいでいる。クスマウルさんは「モダン弓でも、短く保持することで、バロック弓にかなり近い効果を得ることはできるんですよ」と笑う。そして「バロック弓の方がピリオド奏法には近道だが、まずはモダン楽器で挑戦してから、バロックへと移行することに、私も賛成ですね」と付け加えた。

 また、これはハード面の問題ではあるが、筆者自身の経験からすれば、モダン楽器とピュア・ガット弦の相性はどうにも悪く感じられる。モダン楽器にピュア・ガットを張ると、オリジナル楽器にガットを張るよりもはるかに早く切れてしまう気がするのだ。「ヴィオロンチェロ・ダ・スパラ」の項に登場した、ディミトリー・バディアロフ氏によれば、「モダン楽器の駒は、テンションの高い4本の弦の圧力を均等にするために、左右対称ではない形状になっている。左右が均等なオリジナルの駒とは違って、均等な圧力がかからないから」だと言う。この問題については、どうクリアしているのか尋ねると、クスマウルさんは「良い弦を使うことです。Damian Dlugolecki(米オレゴン州のメーカー)のピュア・ガットは内径も各種揃っていて、弦の圧力の調整がとてもやりやすい。とくに、このメーカーのroped(編み上げ)の弦は丈夫で、すぐには切れませんよ。あとは、弦の張り替えのさいに、弦と楽器が触れる部分に濃い鉛筆をたんねんに塗ってやること。これで、かなり違ってくるんです」と説明する。

 アンドリュー・マンゼのようにフィンガリングの操作で開放弦を意識的に避ける奏者がいる(ベーレンライター刊のバッハの協奏曲のマンゼによる校訂譜を参照されたい)いっぽうで、クスマウルさんのバロック・ヴァイオリンは積極的に響かせる開放弦がじつに印象的。モダン楽器でのBBSでも、ピュア・ガットの開放弦の美しさが堪能できる。「開放弦の多用とは、すなわち第1ポジションの多用です。シンプルな指づかいが、美しい音につながる」とクスマウルさん。「私はかつて学生時代にブラームスを演奏するさい、ヘルベルト・フォン・カラヤンから『高いポジションで、豊かにヴィブラートをかけて』と指示されました。しかし今、ニコラウス・アーノンクールはベルリン・フィルにたいして『ブラームスは第1ポジションで、ヴィブラートは少なめに』と言います。まったく指示は違いますが、どちらも、それぞれに感動をもたらす演奏でした」。そして「アーノンクールの場合、まったくのノン・ヴィブラートは考えにくいにせよ、少ないヴィブラートは効果的で、音の厚みも透明感も表現できます」と話す。

 BBSの活動は、とくにベートーヴェン以前のレパートリーで、ベルリン・フィルじたいの奏法にも大きな影響を与えている。いっぽうで、現代のオーケストラのレパートリーから、バロック時代の作品は消える傾向にある。それは、古楽運動の浸透してゆくなか、モダン楽器によるバロック演奏が、一種の「罪」と捉えられはじめているせいなのだろうか。しかし、クスマウルさんの考え方は少し違っていた。

 「ミヒャエル・ギーレンの活動などをみてもわかるとおり、現代音楽を主に演奏する指揮者や団体が出てくるなど、むしろクラシック音楽の世界での“分業”が進んだせいだと私は思います。そんななかで、たとえばベルリン・フィルのレパートリーはだいたい、1810年ごろから1920年ごろまでに落ち着いてきています。このような大編成のオーケストラにとって、バロックを演奏するのはステージに上がる人間が少なくなるということですから」。しかしいっぽうで、演奏家が特定の時代やレパートリーに固執しすぎることには反対する。「私は、モダン楽器の生徒を教えるさいでも、たとえばモーツァルトを弾くときには自筆譜の検討を勧めます。そんな(古楽的なアプローチの)知識は今後、演奏家にとって不可欠なものだと考えています」。

 BBSはこれまで、バッハの協奏曲や管弦楽作品、カンタータ、そしてテレマンでも協奏曲や管弦楽作品の録音を発表してきた。とくに、バッハは再構築作品、テレマンは未知の作品の発掘がめだつ。今回の来日では、珍しくヴィヴァルディなども披露したものの、やはりバッハとテレマンの協奏曲を中心にしたプログラムを組んだ。彼らのレパートリーは今のところ、限定的でストイックな感じすら受ける。「テレマンは、メンバーのライマー・オルロフスキー(ヴァイオリン)がライプツィヒの図書館などで未知の楽譜を発掘してくるんですよ。あくまで私個人の見方ですが、テレマンは聴衆受けがよく、バッハは逆に内向的。このひじょうに対照的な2人をとりあげるだけでも、じゅうぶんに意義はあります。これからも、われわれは慎重にレパートリーを広げてゆくでしょうね」。

 ところで、これからのバロック演奏は、どこに行くのだろうか。

 クスマウルさんは「機会があれば、私が審査員を務めている、ライプツィヒのバッハ国際コンクールをぜひ覗いてみてほしい。モダンの奏者も古楽器奏者も、区別なく参加し、楽器の違いは関係なく、それを超えた“音楽”を追求しています。これからは、これがあたりまえの世界になってゆくでしょうね」と微笑んだ。なるほど、たしかに最近、古楽の世界でいえばただ「オリジナル楽器を使っている」「古楽奏法(らしき)ものを導入している」だけで、なんらかの主張やオリジナリティ、そしてなにより音楽の愉しさが伝わってこない演奏に出会うことも多い。「どんな楽器で何を演奏するか、よりも、どんなふうに音楽を表現するのか」。ごくごくあたりまえの指摘ながら、これこそが今のクラシック音楽界全体がかかえる課題にたいする答えのような気がする。[寺西 肇]

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コメント

古楽といえば、ピリオド楽器、ピリオド奏法が「オーセンティック」と相場が決まっていますが、それを突き詰めていくと、「作曲家の頭のなかには、どんな音が鳴っていたのか」ということになってしまって、そんなことは誰にもわからず……と泥沼にはまってしまいますね。かといって、「ピリオド楽器、ピリオド奏法は、音楽の進化の過程で淘汰されたのだから、必要ないのだ」といいきってしまうこともできないわけで。

ようは演奏家が、金科玉条としてきた楽器や演奏法をいちど「相対化してみる」ことによって、楽曲の解釈や作曲家そのひとについて、いままでとは違った新鮮なイメージをえる──というところがたいせつなのだと思います。

もしかすると古楽は、楽器や楽曲のオーセンティシティを追究していた時代から、「作曲家のインスピレーション」にかんするオーセンティシティを追究する時代に入ったのかもしれませんね。

投稿: genki | 2006/04/03 17:07

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