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2006/05/18

「古楽特派員テラニシ」007──「メンコン」初期稿を読み解く

Mendelssohn 不朽の名曲として知られる、フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ(1805〜47)作曲のヴァイオリン協奏曲ホ短調(Op.64)。この作品の初期稿を含む新校訂譜が独ベーレンライター社から発刊された(BA9050)。1844年の初期稿が出版譜のかたちで発表されるのは、今回がはじめてだ。同時に収録された決定稿を初期稿と比較してみると、名曲が名曲たるべき輝きを得るまでの過程がかいま見えて、たいへん興味深い。

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 この作品は1844年3月、ライプツィヒでゲヴァントハウス管弦楽団コンサートマスターのフェルディナント・ダヴィットの独奏、ゲヴァントハウス管により初演された。いちど耳にすれば忘れられない美しい旋律と隙のない構成で、ドイツ・ロマン派を代表する名曲であるとともに、ベートーヴェン、ブラームスと並んで「3大ヴァイオリン協奏曲」のひとつと称されていることも周知のとおりだ。

 この作品の構想は、少なくとも初演の7年前からあった。ゲヴァントハウス管のカペルマイスター(楽長)だったメンデルスゾーンが、コンサートマスターのダヴィットに宛てた手紙で「ホ短調の協奏曲を贈る」と言及。彼から演奏テクニックのうえでのアドヴァイスを受けて1843年9月、いちおうの完成をみた。

Mencon_baerrenreiter 今回刊行された「初期稿」は、ベルリンの国立図書館、オックスフォードのドライアン図書館、クラクフのヤギエローネ図書館に所蔵されている自筆譜を底本に編まれた。これらにはダヴィット筆による表紙書きや、作曲者自身による書き込みがあるため、おそらく初演のさいに使用されたものと思われる。メンデルスゾーンはこの後さらに手を加え、現在知られているかたちに完成させたのだろう。

 ふたつの稿のもっとも大きな差異は、第1楽章のカデンツァ部分だ。初期稿では13小節しかなかったのが、最終稿では36小節に“拡大”されている。これ以外にも、第1楽章後終結部で印象的に響いてくる、8分音符が連続するかたちで弾かれる主旋律も、初期稿で単音(481〜488小節)だったのを、最終稿では3度の重音(505〜512小節)にしたり、いくつかの部分でフレーズじたいを変更したりと、ソリストの華麗な技巧が堪能できるようになった。バックのオーケストレーションについても、ピッツィカートをArco(弓で奏する指示)にしたり(その逆の場合も)、木管楽器の重ね方を変更するなど細かく変更している。

 また、初期稿は古典派の協奏曲によくあるように、ソリストにトゥッティ部分の演奏も要求。最終稿では、ソロ部分とトゥッティは完全に分離されていることから、最初は当時のライプツィヒ・ゲヴァントハウス管よりも小規模な編成のオーケストラを想定していたのかもしれない。

 また、メンデルスゾーンは、ダイナミクスに細かい手を入れている。とくにめだつのは、クレッシェンドとディミヌエンドの扱い。最終稿では、より長いタームでおこなわれるように変更され、全体としてスケールの大きなイメージとなった。そして、多くの部分でソロの旋律を1オクターヴ高く変更し、ヴァイオリンの美しい高音域を生かすようにしている。

Mullova_mencon ところで、初期稿による実際の上演に、意義はあるのだろうか。結論をいえば、初期稿のみをとりあげることに、特別な意味はないだろう。今のところ、ヴィクトリア・ムローヴァ(ジョン・エリオット・ガーディナー指揮オルケストル・リボリューショネル・エ・ロマンティーク)が2003年に発表した録音(フィリップス)で第2楽章の終結部分などに初期稿の要素をとりいれたくらいで、初期稿にもとづくディスクもまだ存在しないようだ。しかし、全曲あるいは部分的にでも、初期稿と最終稿の両方をとりあげて、名曲誕生の舞台裏を味わうなら、意義深いことになるのはまちがいない。

 今回の校訂作業をおこなったデューク大学のラリー・トッド教授も、クリティカル・ノートの中で「これらふたつの稿を比較すれば、作曲者の譲歩なき自己批判抜きにして、どのような楽曲も残りえないことが分かる。(中略)これらの改訂を知ることは、メンデルスゾーンの作曲の現場をまのあたりにすることでもあり、このコンサートホールでのスタンダード曲の鑑賞に多くの愉しみをもたらすだろう」と述べている。[寺西 肇]

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コメント

メンコンの初稿に基づくとされる録音は、次の2種類を存じています。
ファンクーレンのソロ、メルキス指揮アムステルダム・シンフォニエッタ(恐らく一般的なモダンオケ)
http://www.bis.se/index.php?op=album&aID=BIS-CD-935
桐山建志のソロ、諸岡範澄指揮オーケストラ・シンポシオン(こちらはピリオド楽器使用)
http://www.02.246.ne.jp/~uzura/caille/Alm1063/index.htm
ベーレンライターの新校訂譜はまだ見ていないのですが、恐らく上記二つで使われた譜面(どうやって演奏譜を入手したのかも興味深いですが)と同じものではないでしょうか。
特に後者は、第一楽章がアレグロ・コン・フーコの指示になっている点を、かなり強調した熱っぽい演奏になっています。

投稿: maruta | 2006/05/23 18:27

管理人です。貴重な情報をありがとうございます。

寺西さんは本日(5/24)から6/7まで、ライプツィヒのバッハフェストにお出かけで、コメントのご返事はその後にしていただこうと思います。

バッハフェストのリポートも、当blogでしていただく予定ですので、どうぞお楽しみに!

投稿: genki | 2006/05/24 11:43

富田先生とのコンビ、今年はちゃんと告知が行き届いていると良いですね。
真作・偽作関連では、無伴奏チェロ組曲が「母バッハ」作だった(かも)、という話題をぜひ取り上げて頂きたいです。

投稿: 閘門大師 | 2006/05/29 09:36

寺西です。さきほどライプツィヒより戻りました。今年のバッハ音楽祭のご報告は、後ほどこの場でゆっくりとさせていたただきたく存じます。

さて、まずはmarutaさま、たいへん親切なご教示ありがとうございます。録音は、ざっと調べただけで「つもり」になっていたのですが…横着しちゃいかんですね。大いに反省いたしました。
まずはBISですか。そう言えば、以前にもグリーグのPコンチェルトや、シベリウスのvnコンチェルトの初期稿を録音していましたね。こうなると「初期稿もの」(笑)については、要注意のレーベルと言えそうです。
シンポシオンについては以前、テレビでごくごく一部をやっていたのをたまたま耳にして、「もしかしたら初期稿かな」と気にはなったのですが、その後すっかり失念していました。
どちらの録音も、さっそく聴いてみたいと思います。本当にありがとうございました。
それと、楽譜の入手経路については、出版前の楽譜でも、校訂者との個人的なコネクションで先に見せてもらえたり、自分で校訂する演奏者ならば実際に一次資料にあたることは意外に簡単にできてしまったりするので、いずれかの手を使ったものと考えられます。
ねえ、閘門大師さま?(笑)

ちなみに私は今年、バッハアルヒーフの図書館でナーゲリの初版楽譜(1802年)をはじめ、オブリガート・チェンバロ付きのヴァイオリン・ソナタの色々な資料を見せてもらえたのが収穫でした。特に初版譜はアルヒーフがすごく高価な値段で購入した一級品の資料らしく、ゆっくり見ていると、僕が楽譜を勝手にかばんの中に入れていないかどうか(笑)、時々係のおばちゃんがチェックを入れにきます。確かに、持って帰りたかったのは事実ですけど(笑)

ところで、その大師さま。
ライプツィヒで一緒だった富田庸兄貴とのメールのやりとりの一部始終は、横で見てましたよー(笑)。
彼の校訂の平均律2巻のヘンレ版の出版自体は予定よりも大幅に遅れているようです。その楽譜を使った、クラヴィコードによる演奏会はいつのご予定ですか?
兄貴の名代として(笑)、ぜひ聴かせていただきたく存じます。
ところで、大師さまが大変ご心配下さっている(苦笑)、我々の今年のステージですが、実は、とても実現できる状況ではなかったのです。詳しくは後ほどReviewで書いてしまうつもりですが、今年のバッハフェストは、これまでだましだましやってきていた運営上ならびに組織上の極めて重大な問題点が表面化し、我々自身もそれを目の当たりにすることになってしまったためです。
それでも、バッハアルヒーフのゾンマーザールで延べ20時間ほど2人で曲を合わせてきました。
今年のバッハ音楽祭のテーマ「バッハからモーツァルトへ」にちなみ、我々が用意したテーマは「モーツァルトはバッハをどう弾いたか」。モーツァルト編曲の弦楽四重奏による平均律のフーガなどの資料検討や、フォルテピアノ&クラシカル弓、a=430で見えた新たなバッハ像については、このBlogでいずれご報告したいと思っています。

投稿: 寺西肇 | 2006/06/07 14:45

閘門大師さまへ。チェロ組曲がマグダレーナ作だとする珍説(笑)について。
この説は、オーストラリアの研究者(花火師?)が唱えたものだそうで、学会で向こうに行っていた富田さんはテレビ局からコメントを求められてかなりシビアに否定したにもかかわらず、「うまく編集されて利用された!いい恥さらしだー」と苦い顔をされていました。
そのオーストラリアの研究者は、資料の検討に警察の筆跡鑑定のノウハウを採り入れる(?)という大胆かつユニークな人らしいですが、肝心の音楽の中身を聴く耳を持っていないようですね。「アンナ・マグダレーナ・バッハの日記」が、本当に彼女の手になるものだと主張するくらい馬鹿げた説で、富田さんには悪いけど、ビールを飲む時の笑い話にはちょうどいいネタを提供してくれたこととなりました。

投稿: 寺西始 | 2006/06/07 15:10

寺西さま:

というわけで、今回は「富田エディション」「新発見バッハ=E.ジョバン調律」「ベルギー製クラヴィコード(J.トゥルネイ)」、の3本立てなので御座います(・・・って演奏内容以外の話題ばっかりだが)。8月27日軽井沢(クローズド)、9月1日金沢、3日芦屋、6日東京の予定です。はやく宣伝開始しないとなー

>>兄貴の名代として

しえええ~


>>運営上ならびに組織上の極めて重大な問題点

門外漢の若者がディレクターになったのが原因、ってわけでも無いんでしょうか。

>>フォルテピアノ&クラシカル弓、a=430で見えた新たなバッハ像

そういえば昨日、今村泰典氏が参加したスカルラッティのカンタータの新譜を試聴しました(メイクばっちりのカウンターテナー氏の悩殺的流し目のジャケット)。クリストフォリ・モデルのフォルテピアノにバロックギター/テオルボ、チェロというコンティヌオ編成でしたが、大変はまってました。

>>チェロ組曲がマグダレーナ作

いやー、「自筆譜が残っていない、ということは真筆ではないかも」、という発想は面白いと思うんですけどねー。ナネッテ・シュトライヒャーやファニー・メンデルスゾーンの例もあるし。クラヴィアやヴァイオリンのための6曲セットのパルティータと較べるとかなりシンプルな書法(様々な面で意外性が少ない)であることはさておき、楽器選択(つかめない和音)やスラー問題は結局未解決なのかな? ゴルトベルク変奏曲のアリアや、平均律第1巻第1番前奏曲までマグダレーナ作、となると、ついでに「G線上のアリア」あたりも調べてもらわんと。 でもお墨付きを与えてるのがスカルソープじゃなあ。
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2006/04/23/nacad123.xml&sSheet=/news/2006/04/23/ixhome.html

投稿: 閘門大師 | 2006/06/09 12:35

ヴァイオリンの桐山です。今更ですが、この記事を見つけてコメントしています。自分の録音で使用した楽譜は、自筆のコピーを手に入れ、自分で作成した楽譜で、ベーレンライター版ではありません。つい最近ベーレンライター版を手に入れたので、見比べてみます。

投稿: 桐山 | 2009/02/17 00:22

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