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2006/05/07

白石和良の「闘う古楽&トラッド乱聴記」010──アントネッロ(2006/04/01)

◆ファンキー・ルネッサンス・ライヴVOL.9 「春一番!やっぱり生で聴きたいヘンデル リコーダー・ソナタ集」
 2006年4月1日(土)19:00 鷹羽スタジオ

◎曲目
 第1部 1.リコーダー・ソナタ ト短調 HWV360
     2.リコーダー・ソナタ イ短調 HWV362
     3.リコーダー・ソナタ ハ長調 HWV365
 第2部 4.リコーダー・ソナタ 変ロ長調 HWV377
     5.ヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ 変ロ短調 HWV364b
     6.リコーダー・ソナタ 二短調 HWV367a

◎演奏
 アントネッロ:濱田芳通(リコーダー)
        石川かおり(ヴィオラ・ダ・ガンバ)
        西山まりえ(チェンバロ/バロック・ハープ)

* * *

 アントネッロがふだんはグループの稽古場にしているという地下のスタジオでの「ファンキー・ルネッサンス・ライヴ・シリーズ」がひさびさに再開されたのは、この春いちばんの喜びであった。至上のアーティスト自身が本当に演奏したいプログラムを、アットホームな小スペースで聴けるというのは音楽ファン、古楽ファンの理想だが、それだけではない。「ファンキー・ルネッサンス」と銘打っているように、リラックスした自由な雰囲気のなかで、通常の枠を越えたきわめつけのノリのいい演奏を展開してくれるのだから、これはもうたまらない、最高のライヴ・シリーズなのだ。だから、濱田さんたちが多忙なスケジュールの合間をぬってこのシリーズをふたたび届けてくれたのは、ファンとしてはなによりの福音である。

 さて今回のプログラムのヘンデルのリコーダー・ソナタは、すでに素晴らしい全曲CDが2002年にリリースされているが、アントネッロの音楽はつねに凄味を増していて、はたせるかな、この最新のファンキー・ルネッサンス版は、CDに比べても音楽のダイナミック・レンジがさらに広く、すこぶるエネルギッシュで過激な演奏であった。

 まず、音をぎゅっとねじ込むような鮮烈な響きのチェンバロ・ソロのPreludioで始まる〈1〉に驚く。じつは今回演奏されたほとんどのリコーダー・ソナタの冒頭に、原曲にはない(もちろん先のCDにもない)西山さんのソロによる前奏曲が付加されていたのだった。ヘンデルのほかの作品からの引用とのことだったが、全体としてより壮大なスケールのダイナミックな音楽になっていた。もちろんこうした自由なアプローチにはさまざまな意見(異見)もあるだろうが、いいではないか。なんといってもこれは、ほかならぬアントネッロの音楽なのだから。

 さて〈1〉はその後、西山さんが楽器をハープに替えて、こんどは突如寡黙な音で、濱田さんのひょうひょうとしたリコーダーに相槌をうつ。このリコーダーは、トラッド的な朴訥な味わいと多彩な表情の超絶技を同席させた奇跡的な音。そしてふたたび西山さんはチェンバロにチェンジして、石川さんのガンバと熱くやりとりしながら、その上空をリコーダーが自在に飛翔し、そして下降してカーニヴァルのような熱い饗宴に加わっていく。この沸き立つような熱さは尋常ではない! こうして一つの短編映画を見ているようなみごとな画面転換に心を奪われているうちに、1曲目の幕が降りる。

 こんなふうに描写していくとキリがないが、〈2〉のAllegroでの、端正な音を貫きながら自由自在に走りまくるリコーダーと、その背後で鋭く切り込んでくるガンバの取り合わせの妙、〈3〉のPreludioでのきらめくような美しさとデモーニッシュなまでのガッツのある重さを同居させたようなチェンバロや、同曲のA Tempo di Gavottiでの、歯切れのよいチェンバロ&ガンバを従えて明るく弾むように歌うリコーダー、〈4〉のAllegroでのノリのいいホップでキャッチーなきわめつけの楽しさ……などなど名場面が続出で、一瞬も耳が離せない。〈5〉だけはいうまでもなく石川、西山さんの2人だけの演奏で、これは憂いや悲しみのようなディープな感情表現がひどく印象的であった。

 さてアントネッロのライヴでは、毎回のようにさらなる衝撃が待っている。今回は本編に加えてアンコールのパートにそれがあった。これは居合わせた聴衆のあいだだけの伝説にしておくべきかもしれないけれど、このさいご報告しましょう。

 満場の拍手のなかを再登場した西山さんが(濱田、石川さんを指さして)「おふたりがひとつの楽章をもういちどやりなおしたいと言ってますので(笑)」と告げると、会場にどよめきが起こった。なんと濱田さんと石川さんが楽器を交換して、つまり濱田(ガンバ)、石川(リコーダー)&西山(チェンバロ)という構成で演奏を始めたのだった! 会場が唖然として割れんばかりの拍手のうちに、こんどはいつもの編成に戻って、2曲めのアンコール曲が始まった。濱田さんが「ミッキー・マウスのマーチみたいな曲」と紹介したリコーダー・ソナタ へ長調(HMV369)よりのAllegroで、これはほんとうに楽しい演奏だった。

 本日のファンキー・ルネッサンス・ライヴは、総じて抜群に素晴らしかったCD版にもまして、もっとエモーショナルで、もっとスリリングで、もっと表情たっぷりの壮絶な演奏であった(おそらく即興的なパートも数多く付加されていたのだろう)。そして聴き手としては、自然に身体が動いてしまう、文字どおりファンキーな演奏だった。筆者はこの曲の過去のいろいろな演奏を比較できるような知識をもちあわせていないが、アントネッロの演奏は、この曲の標準的な解釈とはかなりかけ離れていたのかもしれない(そういえば、終演直後に「面白い演奏でしたねぇ!」という声もあがった)。しかし、アントネッロがヘンデルの音楽から鮮やかに引き出した沸き立つような生命感や今日的な訴求力を前にして、だとしたら標準的な解釈・演奏っていったいなんなの?と思ってしまうのだ。[白石和良]

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