「古楽特派員テラニシ」008──古き良きドイツの誘惑〜ラーベ+パラスト・オーケストラ(2006/05/14)
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5月14日、兵庫・西宮の県立芸術文化センターでのステージ。日本ではほとんど無名のはずなのにもかかわらず、音楽ファンの注目はひじょうに高く、会場に入りきれなかった約100人が、外に用意されたモニターで鑑賞したほど。アンサンブルのビロードの響きに、黒の燕尾服姿で颯爽と歌うラーベの美声が加わると、聴衆たちの耳は釘づけに。やがて聴き手は時空を超え、戦前のドイツへとタイムスリップした感覚におちいった。
1964年生まれの彼は、もちろん戦前のドイツを直接知らない。「でも、この時代の音楽は、ずっとラジオで流れていて、子供の頃から身近だった。15歳ごろには、自転車に乗りながら友達と口ずさんでいた。やがて彼らとサークルを作って歌いはじめた」 ベルリン高等音楽院で学び、オペラや宗教曲でのソリストとしての立派なキャリアもあるが、最後に彼の心を捉えたのは、やはりこの時代の楽曲だった。
1986年にサックス、トランペット、パーカッション、ピアノ、ヴァイオリンなどからなる同オーケストラを組織した。各自が楽器を持ち替えることで、編成は自在に変化。サックス奏者がクラリネット、というパターンは想像できるにせよ、トロンボーン奏者が器用にヴァイオリンを操るのにも驚く。「メンバーはふだんから(専門の楽器以外も)よーく練習しているからね」と笑う。
彼らがとりあげるのは、恋を歌った軽妙な、そしてときに当時好まれた異国趣味を含んだドイツの流行歌や、《雨に歌えば》などアメリカのミュージカルからの楽曲など多彩。なかには、クルト・ワイルなど、のちにナチスによって「退廃芸術」の烙印を押されて“抹殺”された作品も含む。「とくに歌詞には、その時代にしかなかったアイロニー(皮肉)やユーモアが含まれている」という。
たとえアメリカの曲を英語で歌っても、やはり戦前のベルリンの匂いがしてくるのが不思議だ。じつは、アレンジじたいも当時のままなのだという。「当時の楽団がグラモフォン・レーベルのSP盤に残している録音を聴いて採譜をして、そのアレンジを忠実に再現している。また、資料館に保存されている楽譜や、当時の映画に写っている実演も参考にしている」。
[写真2:インタビューに答えるマックス・ラーベ。東京・渋谷のNHK放送センターにて]
歌唱法も、クラシックとは大きく異なる。「このころに実用化されたマイクにより、大きなホールで小さな声で歌っても、歌詞が聞きとれるようになった。たとえば、あえて静かな歌い方をするからこそ、逆に心の内に燃えたぎる情熱を示せたりと、これまでになかった表現が可能になった」 初来日のステージでは、昭和初期のヒット曲《白い船のゐる港》を、3コーラスある日本語の歌詞をすべておぼえて歌った。「その時代の日本の歌のCDを聴いて、200曲ほどの候補から、まずは曲のよさで選んだ。歌詞の内容を知って、ますます好きになりました」と語る。
歌のない間奏では、ラーベは右ひじをピアノに乗せ、芝居がかったようなポーズを決める。そしてときに、楽曲の紹介を兼ねた小話をまじえて客を笑わせる。これも当時のスタイルにもとづいたもので、ステージ全体を通じて、磨きぬかれたエンタテインメントとして成立させている。最近は、映画出演も多い。
故国ドイツで彼らの人気が急上昇したのは、ちょうど東西統一の直後。「ふたたび首都がベルリンに戻り、戦前に共通した、活気ある空気が流れはじめていた。あの雰囲気が後押ししたのは、たしかだろう」。すでに欧米ではよく知られ、昨年はカーネギー・デビューをはたした。「自分の大好きな音楽を世界中で聞かせることができて、今でも夢の中にいるような気分なんだ」と笑顔を見せた。
今回の初来日での好評をうけて、来年6月の再来日が早くも決定。いよいよ日本でも、ラーベと仲間たちのサウンドへの人気が高まりそうだ。[寺西 肇]
◎追記:6/15(木)18:00〜NHK BS2「シブヤらいぶ館」で、ライヴの模様が放映されるそうです──とは、イッセー尾形さんのブログよりの情報でした。[genki]
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