« イギリス音楽の勁さとは──波多野睦美+野平一郎(2006/06/07) | トップページ | 新連載「片山杜秀的日常」始まります! »

2006/06/13

モーツァルトはオペラ──歌芝居としての魅力をさぐる

◇西本晃二[著]
 四六判・並製/256頁/装丁:宮内裕之
 定価2,100円(本体2,000円+税)/ISBN4-276-21082-8
 2006年5月 音楽之友社刊

 + + + + + + + + + +

 刊行から1カ月半近く経ってしまった。遅ればせながらのご紹介。

 日本はいまや「世界有数のモーツァルト消費国」(海老澤敏氏談)だそうだ。ただ、日本にクラシック音楽(洋楽)が導入された、そのはじめからずっとモーツァルトが聴かれていたわけではけっしてなく、戦前まではどちらかといえばベートーヴェンとかワーグナーなどが好まれていたようだ。そんなわが国での「モーツァルト受容」を決定的に変えたのが、敗戦の翌年(1946)に発表された小林秀雄の評論『モオツアルト』であったことは言をまたない。

まず19世紀にヨーロッパで支配的であり、半世紀余り遅れてわが国にも入って来て第二次世界大戦まで続いた、中産市民(ブルジョワ)階級の(表向きは)生真面目で道徳的・深刻趣味の、ベートーヴェンやワーグナー好みに対して、それまで軽佻浮薄な音楽の代表と見られていたモーツァルトを、戦後において復権させる第一歩となった…… ──本書、p.243

というのがこの評論ではあったが、以来、モーツァルトといえば交響曲をはじめとする器楽作品(それも短調の)を上におき、オペラをはじめとする声楽作品をその下におく風潮もまた、定着することとなった。

 本書はこうした風潮に真っ向から異をとなえ、書名のとおり「モーツァルトはオペラ」だと声高に主張する、痛快無比な「モーツァルト・オペラ論」である。

……モーツァルトのわが国における評価が、近年ずいぶん変わってきてはいるとはいえ、基本的に器楽曲や、声楽曲でもミサ曲やモテットなど、宗教音楽を中心になされて来ており、いっぽうモーツァルトの方は先ず何よりも自分をオペラ作曲家と見なしていたという事実との間に開きがある。それを埋めないと(小林秀雄流の)偏ったモーツァルト理解がいつまでも続いて困ったものだ…… ──本書、p.252〜253

ということばからもわかるとおり、全篇をつうじて著者ならではの「モーツァルトはオペラ」論が展開される。

 著者はルネサンス研究が専門。フランス文学とイタリア文学の両方の「専門家」であり、ローマ日本文化会館長もつとめた、較べる人がいないくらいの碩学。音楽学者ではないけれども、だからこそ、時代背景や当時の文献などへのアプローチは本格的で、深い。なまなかの音楽学者では太刀打ちできないだろう。そこここで披露されるリブレットの翻訳は、仏文学・伊文学のほかに、落語についての研究で国文学の博士号を得ている著者ならではの名調子だ。

 最後に、オビにも少し使わせていただいた箇所だが、著者のモーツァルト理解(というよりも、愛)を示している文章を、ちょっと長くなるが、引用させていただこう。

……モーツァルトのオペラを観たり聴いたりしていて、いつも思うのは、モーツァルトは決して人間を嫌わなかったということである。気高さや美しさ、純愛、優しさ、勇気などはもちろんのこと、人間の嫌らしさ、残酷さ、奢り、高ぶり等々、醜いところも十分知っており、手厳しくそれに反撥する登場人物の感情を見事に描き分けているけれども、トドの詰まりは「(自分も含めて)人間ってのは、こんなものさ!」と、パパゲーノのように、ペロッと舌を出している。それがドン・アルフォンソのような、なんでも知ったかぶりでワケ知り顔、人を小馬鹿にする、したり顔の醒めた哲学者面ではなく、お腹が空けば舌舐めずりをし、喉が乾けばワインを欲しがり、綺麗な女の子を見ればだらしなく現を抜かし、怖いものが来ればサッサと尻に帆を掛ける、度し難いといえばまことに度し難いが、憎み切れない生き物としての人間なのである。40番ト短調の交響曲(1788年)の沈鬱な深刻さは、知識人好みかも知れぬ。が、その3年後の1791年9月30日、死の9週間前に、パパゲーノのグロッケンシュピールが、ウィーンの場末、ヴィーデンの自由劇場で鳴り響いている。しかも自身の手紙によれば10月8日、『魔笛』の上演に出掛けたモーツァルトは、パパゲーノがこのグロッケンシュピールを鳴らす、まさにその場面で、わざとオーケストラを止めたり演奏させたりして、パパゲーノ役のシカネーダーが楽器を鳴らしている振りをしているだけで、じつは何もしていないことをバラし、観客を(そして自分も)大笑いさせるという悪戯をやらかして、大いに楽しんでいるのである。 ──本書、p.249〜250

[genki]

▼西本晃二の本(by Amazon.co.jp)

|

« イギリス音楽の勁さとは──波多野睦美+野平一郎(2006/06/07) | トップページ | 新連載「片山杜秀的日常」始まります! »

コメント

CDジャーナル』2006年7月号で紹介していただきました。

投稿: ■書評など | 2006/06/26 17:39

「classic NEWS」2006/06/12の項で、岩崎和夫さんが紹介してくださっていました。

投稿: ■書評など | 2006/06/28 21:27

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/29830/10509871

この記事へのトラックバック一覧です: モーツァルトはオペラ──歌芝居としての魅力をさぐる:

« イギリス音楽の勁さとは──波多野睦美+野平一郎(2006/06/07) | トップページ | 新連載「片山杜秀的日常」始まります! »