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2006/07/04

「古楽特派員テラニシ」010──ゲヴァントハウス管弦楽団新カペルマイスター、リッカルド・シャイーに聞く

Chailly 世界最古の歴史を誇るオーケストラ、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のカペルマイスター(楽長=音楽監督)に2005年9月、気鋭の指揮者リッカルド・シャイーが就任。エネルギッシュな指揮ぶりで、彼が指揮台に立つステージはいずれも早くにソールドアウトとなるなど、はやくも古都に旋風を巻き起こしている。若き巨匠は「長い伝統を尊重しつつ、幅広いレパートリーに挑戦してゆきたい」と意欲を語る[写真:インタビューにこたえるゲヴァントハウスの新カペルマイスター、リッカルド・シャイー(2006年6月3日午前、ゲヴァントハウス・カペルマイスター室で) 撮影:寺西肇]

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 16年にわたり務めたアムステルダム・コンセルトヘボウの首席指揮者から、メンデルスゾーン、ワルターらもその地位にあったゲヴァントハウスのカペルマイスターへ──。「(オファーは)まだまだ新進といっていいイタリア人指揮者と、歴史あるオーケストラを一緒にすれば、どうなるんだろうという“実験”だったんじゃないでしょうか」と冗談めかして笑う。

 しかし、名門コンセルトヘボウのシェフから、歴史があるとはいえ、いまや“格下”のゲヴァントハウスのシェフへの転身には、オランダのマスコミなどから疑問の声があがったことも事実だ。「当時は、会う人ごとに『なぜ、あんな田舎町に行くんだい?』と聞かれましたが、私はただ笑って『時間が証明してくれるだろう』と思っていました。私の向かう土地にどんな歴史があるのか、彼らは知らないのだ、と……。その街の個性は、住んでいる人たちによって得られるのではなく、歴史によって培われるのです。たとえば、世界広しといえども、コンサート(ゲヴァントハウス)とオペラ、礼拝(聖トーマス教会)、そして、ミュージカル(ムジカーリッシュ・コメディエ)をひとつの組織でこなしている例は、こことウィーンしかありません。これは、とても魅力的なことです」

 かつて、「ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団」の名は、「旧東ドイツのいぶし銀」といったような懐古的な響きをおびていた。しかし、シャイーの前任のヘルベルト・ブロムシュテットは在任中、バロック演奏に大胆なピリオド奏法を導入するなど、近代的な楽団へと変貌させた。「この楽団に新たな血を注ぎこみ、ひじょうに透明度の高い響きをもたらした。彼のことは、指揮者としてたいへん尊敬しています」とシャイーは語る。

 2005年9月2日にゲヴァントハウス大ホールでおこなわれた就任披露演奏会では、メンデルスゾーンの交響曲第2番《讃歌》(1840年版)や、ヴォルフガング・リームの新作の初演などを骨太な演奏で聴かせ、新カペルマイスターへの期待をこめてホールを埋めた聴衆をおおいに沸かせた。しかし、彼が指揮台の上で、全身で表現している「音楽の愉しみ、喜び」を生真面目な楽員たちは、まだ受け止めきれていないようにも見える。「たしかに、そのとおりです。私はブロムシュテットさんの功績をふまえたうえで、演奏の現場で突発的にもたらされる喜びや感情のほとばしりを表現することを楽員に浸透させたい。それには時間もかかりますが、彼らはいま、私の期待にこたえようと一生懸命に努力してくれていることをひしひしと感じています」

 そして、みずからの目標について、「世界最古であることは、すなわち全世界のオーケストラの母親的な存在といっていいが、その地位に甘んじていてはいけません。響きの個性はあくまで堅持したうえで、それを生かした幅の広いレパートリー作りに努力したい。とくに現代の作品は、どんどんとりあげてゆくつもり。じつは、私の個人的な目標も、古典と現代の融合なんです」と話す。

 ゲヴァントハウス管は週1回、聖トーマス教会で開かれる礼拝で演奏することを慣例とするなど、とくにバッハの宗教作品の演奏とは不可分の存在だ。これまで、バッハの録音がなかった彼だが、すでに来年は《マタイ受難曲》《ブランデンブルク協奏曲》の上演も決まり、デッカ・レーベルへの録音や映像の収録予定もある。

Chailly02 「モダンの楽器でバッハを演奏することが彼らの伝統で、そのことに彼らはひじょうに大きな理想像をもっている。オリジナル楽器とピリオド奏法でバロック演奏をおこなう動きは定着してひさしいし、私もひじょうに素晴らしいと思う。じつは、これまでに3度、オリジナル楽器のオーケストラからもオファーをいただきました。しかし、モダン楽器でどれだけ忠実なバロック演奏がおこなえるかを世の中に提示することも、ひとつの課題だと思います。いまの私自身は、そちらに興味があるんです。もちろん、これからオリジナル楽器のオーケストラを振る機会がまったくないとは言いきれませんよ」

 バッハ演奏では、ときに自筆譜にかえりたい、とも語る。「偉大な作品であるほど、作曲家が何を思って作品に取り組んだかを知りたくなるもの。たとえば《マタイ》の少年合唱が歌うコラールだけが赤インクで書かれている。これにはなにかの意図、たとえば歌声に“色”を求めているのでは……そんな想像が、楽譜の理解にたいへん役立つんです」

 オペラは1年に1作品ずつと、じっくりと取り組んでいくという。まず、来季はヴェルディ《仮面舞踏会》を上演予定。じつは、彼にとってオペラは大の得意分野だが「コンサートとオペラのバランスをとることも重要です。それこそ、ライプツィヒでシャイー・フェスティヴァルをやったら、聴く側は大迷惑でしょうからね」と笑う。生誕150年のプッチーニ・イヤーである2008年には、スカラ座と提携して《マノン・レスコー》を上演する予定であることを明かした。また「定期的にワーグナーを上演していきたい。ライプツィヒは彼の生誕地であるにもかかわらず、この街の人々は彼のことを『忘れられたこの街の息子だ』なんて表現していますが、それはひじょうに残念です。そのイメージを変えていきたいですね。生誕200年である2013年のワーグナー・イヤーに向けて、力を入れたい。そして、その年はまた、同い年のヴェルディ・イヤーでもあるので、ぜひ《アイーダ》も……」と上演プランはつきない。

 インタビューの前夜には、やはりゲヴァントハウス大ホールでマルタ・アルゲリッチをソロにむかえてのシューマンの協奏曲、同じく交響曲第4番などを振ったが、その夜のうちに街で噂になるほどの期待度と、それに違わぬ名演だった。再来年には、「ゲヴァントハウス管カペルマイスター」として初来日し、マーラーとブルックナーの交響曲などを聴かせる予定。「マーラーは、すでにおこなった欧州ツアーでも好評だった。2年後には、楽団との意思疎通も、さらに素晴らしくなっているはず。私もひじょうに楽しみですよ」──会う者すべてをファンにするという、極上の笑顔を見せた。[寺西 肇]

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