« ピストン/デヴォート 和声法 | トップページ | 音楽カフェ談義──音楽評論をめぐって(2006/07/21) »

2006/07/19

白石和良の「闘う古楽&トラッド乱聴記」011──ニコラウ・デ・フィゲイレド+アントネッロ(2006/06/25)

目白バ・ロック音楽祭:レジデント・アーティスト・シリーズ「ラス・フォリアス──フランシスコ・ザビエル時代のスペインの音楽」
 2006年6月25日(日)15:00 立教大学第一食堂

◎曲目
 第1部 ラス・フォリアス(ベルナルド・ストラーチェ)
     カンツォン第3番(バルトロメオ・デ・セルマ・イ・サラヴェルデ)
     アリア:そよ風が吹けば(ジローラモ・フレスコバルディ)
     アリア:愛しきいにしえのマリア(ホセ・マリン)
     フォリアス:フォリア上のパルティータ(アレッサンドロ・スカルラッティ)
     フォリアス:結婚は嫉みだ(アンドレ・モデスト・グレトリー)
     トナダ:ダイアモンド(作者不詳:トルヒージャ写本)
     カンツォン第1番(バルトロメオ・デ・セルマ・イ・サラヴェルデ)
     ホタ〜アリア:彼は魂を捉える(ホセ・マリン)
     アリア:愛が彼女たちをまごつかせた(ホアン・イダルゴ)
     フォリアス:奥様踊りましょう(アントニオ・ヴォヴァルディ)
 第2部 フォリアス:スペインのフォリア上の変奏曲(エマヌエル・バッハ)
     コレンテ(バルトロメオ・デ・セルマ・イ・サラヴェルデ)
     カチュワ:キリストの生誕(作者不詳:トルヒージャ写本)
     スパニョレータス
     フォリアス:スペインのフォリア(ジャン=アンリ・ダングルベール&アラン・マレ)
     カナリオス〜アリア:そんな風に思わないで
     メンギーリャ(ホセ・マリン)
     フォリアス:フォリアスのディフェレンシアス(アントニオ・マルティン・イ・コル)、
     カンツォン第10番(バルトロメオ・デ・セルマ・イ・サラヴェルデ)
     フォリアス:スペインのラプソディー(フランツ・リスト)
     ファンダンゴ(ルイジ・ボッケリーニ他)
     フォリアス:コレッリのテーマに変奏曲(セルゲイ・ラフマニノフ)
     チャコーナ:素敵な人生(ホアン・アラニス)
 ※プログラムの記述による。

◎演奏
 ニコラウ・デ・フィゲイレド(チェンバロ)
 アントネッロ:春日保人(バリトン)
        西山まりえ(バロック・ハープ、チェンバロ)
        石川かおり(ヴィオラ・ダ・ガンバ)
        わだみつひろ(パーカッション)
        濱田芳通(コルネット、リコーダー)
        古橋潤一(リコーダー)
        藤澤絵里香(歌)
        岡庭弥生(歌)
 ※プログラムのクレジットに筆者が加筆。

 + + + + + + + + + +

 2年目の今年、ますます盛り上がりを見せた「目白バ・ロック音楽祭」のフィナーレを飾るにまさにふさわしいコンサートであった。アントネッロと鬼才フィゲイレドの初共演は、両者のライヴを知るわれわれファンにとっては、もうそれだけで失神ものの夢の企画だが、これまでのアントネッロのステージがいつも驚異に満ちていたとおり、あんのじょう、それだけではすませてくれなかったのだ。

 ベルナルド・ストラーチェからスカルラッティ、ヴィヴァルディを経てリストやラフマニノフへいたる作曲家たちによる「フォリアス」を並べて、そのあいだにカンツォンや、アリアを挟みこんでいくというプログラムからして、ひじょうに凝りまくった興味のつきないものだが、冒頭からの情熱がほとばしる激演、激唱にはすべてを忘れて聴きほれるのみ。まず西山さんのカスタネットとフィゲイレドのチェンバロの弾むような対話に始まり、それがハープ(西山)とチェンバロ(フィゲイレド)の応酬に変わるや、濱田さんが最初はクールでジャジーなコルネットで、次に熱いリコーダーでぐいぐいひっぱり、石川さんのガンバや、わださんのパーカッションがどんどん煽っていく。そして春日さんのコケットリー感覚いっぱいのヴォーカル&パフォーマンスがダメ押しのようにそれに加わる……。ひと言でいえば、これはフィゲイレドという最高の援軍を得て、さらにパワフルになったアントネッロであった。フィゲイレドは、まるで以前からいっしょに演奏しているメンバーのように、息がぴったり合った気迫のインタープレイを展開してくれた。

 「我々にお許しが与えられた。クリスマスのイブの夜は、彼らの地のやり方で歌い踊りなさいと Quillalla, quillalla, quillalla 」(板倉真紀子訳)といった原語の歌詞を、濱田さんたちのノリのよい民族色たっぷりの演奏をバックにして、春日さんが思いっきりエモーショナルでアクの強いバリトンで歌い、濱田さんや石川さんまでがコーラスを歌った《キリストの誕生》を聴いた瞬間、冒頭からの最高の演奏に“こらえていた”涙がついにあふれてしまった。す……素晴らしすぎる!!! なんという壮絶な音楽だろうか──。シャープでスリリングな世界最先端の古楽演奏と、トラッドの心地よさが高度な次元で融合して、予想だにしなかったような新しい地平を切り拓いているのだ。「プログレッシヴ・トラッド古楽」とでもいうべきなのか。ほんとうにアントネッロのパワーは恐ろしい……。

 この後も、濱田さんと、見えないところから「エコーのように」吹く古橋さんとのユーモラスなリコーダー共演から、きわめつけは西山×フィゲイレドの圧巻のチェンバロ・バトル(フィゲイレドの初来日時の共演から、このときを待ってました!)まで、耳目と心をわしづかみにされっぱなしのステージが続いた。そしてアンコールでは、先の《キリストの誕生》をこんどは、天上からの降臨のごとき(実際2階から歌うという演出だった)藤澤さんと岡庭さんの地声を生かした鮮烈なコーラスを加えて演じてくれて、もう完全にノックアウト!

 ここで演じられた奇跡の音楽は西欧古典音楽の静的な「再現」などからははるかに遠い。この血沸き肉踊り命があふるる音楽こそ、真に新しいわれらの音楽でなくてなんであろう。[白石和良]

|

« ピストン/デヴォート 和声法 | トップページ | 音楽カフェ談義──音楽評論をめぐって(2006/07/21) »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 白石和良の「闘う古楽&トラッド乱聴記」011──ニコラウ・デ・フィゲイレド+アントネッロ(2006/06/25):

« ピストン/デヴォート 和声法 | トップページ | 音楽カフェ談義──音楽評論をめぐって(2006/07/21) »