白石和良の「闘う古楽&トラッド乱聴記」012──トロヴァトーリ・レヴァンティ(2006/07/16)
◆オペラ宅配便シリーズVI:あなたの知らないアマデウス第2回《劇場支配人》
2006年7月16日(日)15:00 ヨコスカ・ベイサイド・ポケット
◎曲目
第1部 劇音楽《劇場支配人》1幕10場(作曲:W. A. モーツァルト、台本:G.シュテファーニ[子])
第2部 《あなたの知っているアマデウス〜魔笛よりアリアと重唱〜》(作曲:W. A. モーツァルト)
◎出演
マダム・ヘルツ:安部小牧(ソプラノ)
マドモアゼル・ジルバークラング:菊地美奈(ソプラノ)
ムッシュー・フォーゲルザング:谷口洋介(テノール)
ブッフ:吉川健一(バリトン)
フランク:彌勒忠史
◎演奏
古楽集団トロヴァトーリ・レヴァンティ
荒木優子(バロック・バイオリン)
江崎浩司(バロック・オーボエ、リコーダー)
長久真美子(チェンバロ)
慶野未来(ナチュラルホルン)
風早一恵(ヴィオラ・ダ・ガンバ)
企画・演出:彌勒忠史
編曲:江崎浩司
+ + + + + + + + + +
絶品の歌声の超個性派カウンター・テナー、彌勒[みろく]忠史さんが率いる古楽集団トロヴァトーリ・レヴァンティは、自由奔放なアングラ精神いっぱいの抱腹絶倒の古楽演劇を楽しませてくれる類例のないグループだ(参加ミュージシャンが、ラ・フォンテーヌやタブラトゥーラの江崎浩司さんや、コントラポントやフォンテヴェルデの谷口洋介さんをはじめ、いろいろな活動でおなじみの名手ばかりなのもまたうれしい)。彌勒さんがしばらくイタリアを本拠地にしていた事情もあって、トロヴァトーリのライヴはこれまではあまり数多くはなかったのだが、筆者が観ることができた下北沢の画廊でのライヴや、たった3人の最小編成によるクリスマス・コンサートなど、どれも忘れがたい衝撃=笑劇のステージばかりであった。
さて今回のプログラムはモーツァルトが《フィガロの結婚》の準備中に、ちょちょちょっと(?)作曲してしまった「音楽付き芝居」だという。本来はたった4曲の声楽曲と、あとはすべてセリフによる芝居だったものを、今回は自由に拡張・翻案したようで、これはもう面白くないわけがない。
まず「せっかく器楽アンサンブルとして、日本古楽界の売れっ子さんたちを結集したのですから、劇中で(本来の筋の歌手のオーディションに加えて)器楽メンバーもオーディションによって選出されることとして、彼らにも1曲ずつ十八番を披露してもらいます」(彌勒さんの演出ノートより)とのこと。最初に「アイラー江崎」(ところで、この名前はあのジャズ・サックス奏者にもかけている?)が登場して、みごとなオーボエで喝采を受けるや、コンテスト中なのに(!)アンコール(これぞ十八番の《トルコ行進曲》)をえんえんと演奏しつづける──という冒頭からして大笑い。その後も演奏前から「合格!」にされてしまう麗しのヴァイオリニスト(荒木さん)から、ガス配管からナチュラルホルンを作って吹いてしまう謎の凄腕配管工(慶野さん)、はてはバック・コーラス・ジャパン(BCJ?)から来たというテノール歌手(谷口さん)までさまざまなキャラクターたちが登場して、ドタバタとみごとな演奏ののち、やっと本来のプリマ・ドンナどうしの対決にいたる。
ソプラノのおふたりに仲裁役(?)の谷口さんを加えた3人による、じつに生きのいい歌が展開される。そして歌のなかでプリマたちが、他の芸術家にたいしての非難は愚かなことと諭され、和解して一件落着(これがおそらくこの芝居の本来の結末なのだろう)と思いきや、なんとプリマのふたりはやおら「日本刀」を持ちだして場外乱闘を始めてしまうのだった! ワッハハハ。プリマのチャンバラとは、その姿だけでもシュールなまでの馬鹿馬鹿しさが炸裂。なんという奇想天外な展開なのだろう……。
「強制アンコールとして、お客さんにわれわれの歌をもう少し聴いていけ、という企画です」との彌勒さんの爆笑司会で始まった第2部では、第1部の劇の主役なのに「30小節」しか歌う場がなかったバリトンの吉川さんを中心にして、たっぷりと喉の競演が楽しめたが、みな踊りながら歌っているような印象で、じつに躍動感にあふれた歌唱だった。
彌勒さんの魅力(あっ、駄洒落ではありません)が全開の鮮烈に面白いステージ。野暮を承知で付け加えれば、大作曲家の作品を神棚から下ろして、その今日的な面白さを絞りだすようなクリエイティヴな試みと思う。ただ、たったひとつ残念だったのは、今回彌勒さんは企画・演出・プロデューサーとして勝負されていて、ご本人のあの美声がほとんど聴けなかったことであるが、9月のソロ・リサイタルでこの渇望は早晩癒されるにちがいない。[白石和良]
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
>白石和良様、
御礼とご挨拶が遅くなりましたが、素敵な記事をありがとうございます。トロヴァトーリ・レヴァンティ座長の彌勒です。
バックナンバーもすべて拝読いたしました。演奏会のライヴ感までも伝える記事に心はワクワク。そして演奏者として、これからも楽しい舞台を務めていこうと思ったのでした。
9/26のB→Cにもいらしてくださったことと思います。いかがでしたか?
これからも白石さんの記事を励みにして頑張ります。ありがとうございました。
投稿: 座千代=彌勒忠史 | 2006/10/02 00:08
つたない文章に過分なコメントをどうもありがとうございます!
レポートが間に合わずに失礼しましたが、B TO Cのリサイタルもほんとうに素晴らしいもので改めて感激しました。本来のカウンター・テナーの曲の第一部では、単なる美声というよりも聴く者の誰もを幸福するような至福のパワーをたっぷりと浴びた印象で、またソプラノの歌曲を連続して歌われた第二部は衝撃的かつ天国的な美しさでした。ステージで「(熱演の余り)脳味噌が鼻から出そうになった」といった事を言われていましたが、聞き手のこちらの脳味噌の方は至福感でもう溶けそうでした。
11月の「ほくとぴあ」でのトロヴァトーリも楽しみにしています!
投稿: 白石和良 | 2006/10/02 10:39