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2006/08/17

専門家の時代へ──寺田寅彦の科学エッセイを読む

 日本のサラリーマンの夏休みなど知れたものだが、それでもこどもにつられてあちこちへ出かけることが多くなる。つい先日も、葛西臨海水族園に行って、長女が長い時間かけてスケッチをしていたこともあり、マグロの巨体が悠然と回遊するのを、飽かずながめた。

 そんなこともあってなんとなく意識が自然科学へと向いており、図書館で寺田寅彦のエッセイ集を借りてきて、読んでいるところである(池内了編『科学と科学者のはなし──寺田寅彦エッセイ集』2000,岩波少年文庫)。

 寺田寅彦(1878〜1935)の名は、ご多分にもれず荒俣宏の『帝都物語』で知ったが、夏目漱石とも親交があったそうで、『吾輩は猫である』の水島寒月のモデルにもなったそうだ。当時一流の物理学者であり、またその教養を背景に、親しみやすい文体でつづる随想はほんとうに魅力的だ。

 この随想集は、科学の知識をこどもにもわかるように書いた文章が収められているが、たとえば以下のようななんということもない文章のなかにも、専門をきわめた者にしか書きえない科学のエッセンスが示されていると思う。

塵を含んだ空気をへだてて遠方の景色を見る時に、遠いものほどその物から来る光が減少して、そのかわりに途中の塵から散らされて来る空の光の割合が多くなるから、目的物がぼんやりするわけである。(「塵埃と光」より)

 また、以下──。

……子どもを喜ばせたのは、新星の光が数十、百年の過去のものだということであった。わが家の先祖のだれかが、どこかで、どうかしていたと同じ時刻に、遠い遠い宇宙のかたすみに突発した事変の報知が、やっと今の世にこの世界に届くということである。
 しかしそういえば、いったいわれらが「現在」と名づけているものが、ただ永劫な時の道程の上に孤立した一点というようなものに過ぎないのであろうか。よく考えてみると、そんなに切り離して存在するものとは思われない。つまりは遠い昔から近い過去までのあらゆるできごとに、それぞれの係数を乗じて積分【インテグレート】した総和が眼前に現われているに過ぎないのではあるまいか。(「新星」より)

 こどもの視点に立ち返ることによって、はからずも時間についての哲学的思索がみずからの裡に生まれ、またそのことに驚いているさまが、生き生きと伝わってくる。

 これらのエッセイを読んでいると、「専門を穿つ」ということが、大いなる普遍を獲得する王道である。一流のスペシャリストはまた、一流のジェネラリストたりうる──そんな逆説がやはり真理なのだと納得される。

 これからは専門家の時代だ。SMAPではないが、ひとりひとりがonly oneの専門をきわめ、ほかの誰もできないような社会貢献をしてゆく時代。それはまた「学問の時代」でもある。つまり、専門というものは、それが芸術であってもスポーツであっても、理論を修得し、実践を重ねたうえで、ひとつの法則をきわめることにほかならない。そして、各人がきわめた専門的法体系をもちより照らしあわせることによってはじめて、「人間」とか「地球」あるいは「宇宙」を統べる大文字の法──神の法といってもいい──が姿をみせはじめる。最初からジェネラリストの立場でながめていても、なんにも見えてこないし、いきおい牽強付会の全体主義におちいるのは、目に見えているだろう。

……言語と道具という二つのものを、人間の始原と結びつけると同様に、これを科学というもの、あるいは一般に「学」と名づけるものの始原と結びつけて考えてみるのも一種の興味があると思う。(「言語と道具」より)

 このように、寺田はあきらかに、人間のことを「学問する存在」として考えている。各人が専門分野を穿ち、だれもが対等に敬意をもって接しあう世界──。絵空事にはおわらせたくない、たいせつなイメージだと思う。[木村 元]


▼池内了編『科学と科学者のはなし──寺田寅彦エッセイ集』(2000,岩波少年文庫)

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