白石和良の「闘う古楽&トラッド乱聴記」014──ラ・ヴォーチェ・オルフィカ+アントネッロ(2006/09/11)
◆ラ・ヴォーチェ・オルフィカ第22回公演
ジョスカン・デ・プレ(c1440〜1521)/ミサ曲《フェラーラ公エルコーレ》
2006年9月11日(月)19:00 東京カテドラル聖マリア大聖堂
◎曲目
〈第1部〉1.サルヴェ・レジナ
2.ジョスカンのファンタジー[器楽]
3.さらば恋人よ[器楽+歌]
4.ラ・ベルナルディーナ[器楽]
5.ミゼレーレ
6.ロワゼ・コンペール作曲:俺たちは聖バビュアン派の修道士[器楽]
7.ピエール・ド・ラ・リュー作曲:私の心は[器楽+歌]
8.アントワーヌ・ブリュメル作曲:愛の女神さま[器楽]
9.森の木霊よ(オケデムの死を悼む挽歌)
〈第2部〉10.王様万歳[器楽]
11.ミサ曲《フェラーラ公エルコーレ》
※6、7、8以外はジョスカン・デ・プレ作曲。
以上、基本的にプログラムの記述によるものです。
◎演奏
指揮:濱田芳通
演奏:アントネッロ
ソプラノ:藤澤絵里香、バリトン:春日保人、
コルネット:濱田芳通・細川大介、リコーダー:細岡ゆき・今井瑛里子、
サクバット(古楽アンサンブル ブルーライノ):角田正大・角田実花・小林明、
ヴィオラダ・ガンバ:石川かおり・なかやまはるみ、
ルネッサンス・ハープ:西山まりえ
合唱:ラ・ヴォーチェ・オルフィカ
ソプラノ:今井瑛里子・北田美子・見臺香織・小暮容子・柴田幸子・鈴木はるみ・
田宮菊恵・濱田真理・菱沼洋子・藤澤絵里香・松山真奈美
アルト:岩舩佐智子・栗原佳江・小松婦佐子・コーネル久美子・佐藤いづみ・
杉村泉・田頭則子・中谷仁美・細岡ゆき・曲渕美夏
テノール:伊藤誠悟・大平紀之・鈴木克精・藤田幸介・細川大介
バス:春日保人・小玉有三・前田知義・横尾優
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濱田芳通さん率いる2つのグループ、アントネッロとラ・ヴォーチェ・オルフィカは、毎年秋に合同で公演をおこない、驚異の音楽を聴かせてくれる。一昨年(2004)のモンテヴェルディ《聖母マリアの夕べの祈り》(=ヴェスプロ)のまるでゴスペルを思わせるような熱いソウルが煮えたぎる演唱や、昨年(2005)の《モンセラートの朱い本》や《エンサラーダス》でのトラッド的な味わいと躍動感が炸裂する演唱など、ほんとうに斬新な音楽体験だった(うれしいことに、日本の音楽界が世界に誇るべきこの「ヴェスプロ」は、その後録音されてCDがリリースされている)。
さて今回はルネッサンスの巨匠ジョスカン・デ・プレのミサ曲を中心にすえたプログラム。とはいえ、例によってじつに凝った構成で、ジョスカンの器楽曲や世俗曲はもちろんのこと、《森の木霊よ》の歌詞中に名前の出てくるのにちなんで、コンペール、ラ・リュー、ブリュメルの曲もはさみこまれた曲目は、それじたい多彩で聴き手を放さないものだった。
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第一部のステージはまず、濱田さんと細川さんによる2本のコルネットの演奏で始まった。それにしても、なんという柔和で甘美な響きなのだろう! これまで濱田さんの超絶的なテクニックによってこの楽器のさまざまな表情を聴かせてもらったが、ここでこのほんらいシャープな(と勝手に理解していたのだが)楽器が奏でた究極の優しい響きはまた別格で、これだけでもうウットリ。これはあたかも聖母の優しさのようで、マリアを讃えた《サルヴェ・レジナ》への絶品の序奏になっていた。
さてこの《サルヴェ・レジナ》をはじめとする合唱曲では、まず敬虔な祈りの感情を強く感じさせる全員の一体感がありながらも、声がひとつに溶けあいすぎていない、というか各人の声の個性を生かしたとてもナチュラルな感触で、なによりもエモーショナルなうねりが聴き手の心を直撃する歌唱であった。世俗曲の《さらば恋人よ》では春日さんの甘やかな歌声がとても心地よく、また器楽曲の《ラ・ベルナルディーナ》は、まるで小鳥たちのさえずりのように軽やかに歌うリコーダーと歯切れのよいハープによる素敵な演奏だった。
ここでふたたび合唱曲の《ミゼレーレ》。この曲ではエモーショナルでときに神秘的に動く歌声や、またその声部に対位法的に鳴るサクバットのトリオ(ブルーライノ)がじつに印象的。そして《俺たちは聖バビュアン派の修道士》には、思わず快哉を叫んでしまった。個人的には、この曲はジョングルール・ボン・ミュジシャンの辻康介さんの持ち歌としてなんども聞いている曲で、この曲をアントネッロで聴けるとは! 辻さんは《お猿の修道会》と題して、爆笑ものの、そしてきわどい日本語の歌詞(しかし原曲の内容どおりと思う)で歌っているのだが、期待のアントネッロ・バージョンは歌のないインストで、まったく異なる表現ながら、濱田さんのリコーダーと西山さんのハープを中心にした、まさに内容どおりの諧謔味たっぷりで軽妙洒脱な最高の演奏。この曲では春日さんが必殺の懐刀ならぬ横笛で参加していたのもみのがせない。
さて続く《私の心は》では、ついにこの春日さんと藤澤さんという二人の超個性的なエモーショナル・シンガーによる黄金の顔合わせが登場。聴き手の心を鷲づかみにする「泣き合戦」が繰りひろげられた。そして3本のリコーダーだけによる清楚な響きの《愛の女神さま》をはさんで、第1部のクライマックスの《森の木霊よ》。ここではブルーライノに底音を支えられて求心力のある合唱が鳴り響いたのだった。
第2部は威勢のいいファンファーレ《王様万歳》を序曲にした、コンサートの表題曲の1曲で構成されていたが、ここでは第1部の素晴らしい音楽要素がすべて集結されたうえに、きわめつけの躍動感が加わった、まさに圧倒的な演唱が展開された。個性的なリード・シンガーの歌声が清楚なコーラスの上に轟き、またこの両者が複雑に交錯して多彩な響きを織りなし、いっぽうブルーライノを含むアントネッロの演奏はおよそたんなる伴奏ではなく、合唱とともに声を大にして歌い、さらには合唱をあおりたてていく。そしてつねに基調に流れる濃厚な民族色、あるいは民衆の歌声の感覚──。
この演唱の、エモーショナルな熱いうねり、ソウルフルなヴァイブレーションによる感動は何にたとえればよいのだろうか。あのヴェスプロを聴かせてくれたアントネッロ&ラ・ヴォーチェであれば、このような壮絶な演唱を聴かせてくれても不思議ではないかもしれないが、それにしても、たとえばヒリヤード・アンサンブルやタリス・スコラーズといった名グループの静粛でクリーンな歌唱の解釈を、ひとつの究極の美の形として広く親しまれてきたこのジョスカン・デ・プレの宗教曲にたいして、アントネッロとラ・ヴォーチェがまったく独自の語法で、またしても新たな感動の地平を切り開いてくれたことは、まぎれもない大事件にちがいない。[白石和良]
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