フランス・バロックは語りの音楽──朝倉未来良フラウト・トラヴェルソ・リサイタル(2006/09/14)
◆朝倉未来良フラウト・トラヴェルソ・リサイタル「フランス・バロックのよろこび 小さな優しき歌」
2006年9月14日(木)19:00 東京文化会館小ホール
◎曲目
オトテール・ル・ロマン/プレリュード(フラウト・トラヴェルソ・ソロ)
同/組曲ト短調作品5の1
クープラン/神秘的なバリケード(チェンバロ・ソロ)
デルブロワ/組曲ト長調
ボワモルティエ/オブリガート・チェンバロとフラウト・トラヴェルソのためのソナタ ニ長調
ルクレール/ソナタ ホ短調作品9の2
デュフリ/三美神(チェンバロ・ソロ)
ブラヴェ/ソナタ ニ短調作品2の2
オトテール/小さな優しき歌──組曲ト長調作品2より
[アンコール1]ブラヴェ/ロンドによるジグ(トラヴェルソ・ソロ)
[アンコール2]ブラヴェ/(曲名聴きとれず)(トラヴェルソ・ソロ)
[アンコール3]クープラン/恋のうぐいす
◎演奏
朝倉未来良:フラウト・トラヴェルソ
木村夫美:チェンバロ
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パリ在住の比較文化学者でバロック音楽演奏家の竹下節子さんにすすめていただいて、朝倉未来良氏の演奏会を聴きに上野へ。ぼくが編集担当した竹下さんの著書『バロック音楽はなぜ癒すのか』を、朝倉さんが読んで感動し、この演奏会のプログラム原稿を竹下さんに依頼された──という、本が結んだ縁。
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バロック音楽といっても、フランスのそれは、日本人にはそれほど馴染みがない。しかし、竹下さんは「フランスのバロック音楽は、基本的にギリシア演劇由来の〈語り〉を本質としており、その点で浄瑠璃や浪曲などの〈語りもの〉に親しんできた日本人には、ストレスなく聴ける音楽」という。
洋楽流入以前の日本人が、欧米人とは逆に音楽(邦楽)を、虫の声や言語と同じく左脳で聴いていたことは、よく知られるところだが、「語り」をそのベースとするフランス・バロック音楽もまた、じつは左脳で聴く音楽なのだ。
明治期に、ドイツの古典派・ロマン派を中心とする音楽が流入し、突如として「右脳で音楽を聴く」ことを強いられたわれわれ日本人は、「音楽を聴く」=「感情移入」という強迫観念を植えつけられた。現在日本人が「クラシック」といってイメージするイタリア/ドイツ由来の音楽はじつは「癒しの音楽」ではなく、日本人にとってはストレスを増すばかりのものなのではないか──というのが、竹下さんの考えだ。
フランスとて、17世紀イタリアのバロック運動──声の音楽を中心としたルネサンス音楽から、楽器を解放したといわれる──の攻勢から無傷であったわけではないだろう。ただ、思うにフランス人は、もちまえの「幾何学的思考」と「繊細の精神」(パスカルなどに顕著にみられる)のバランスをとりながら、うまく流れを乗りきったようだ。
イタリア/ドイツでは、音楽はどんどんコード化し、語りや踊りなどの「場」や「文脈」の意識が削ぎ落とされ(たとえば踊りのセットである「組曲」から抽象的な「ソナタ」への移行)、「持ち運べる音楽」(武満徹の名言)として機能性を増すいっぽうで、楽器のヴィルトゥオジテ(名技性)が重視されて、声さえも楽器を真似るように鍛えあげられていった(ベル・カント)。このグローバルな西洋音楽史の流れにいっけん与しながらも、フランスでは、近代のフォーレやドビュッシーなどへ直接につながる繊細なローカリティもひそかに保持されつづけたのだ。国策として、それまでのみずからの音楽文化を全否定するかたちで洋楽を導入した日本とは、そのあたり、似ているようでやはりかなり異なる。
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さて、この夜演奏された音楽は、18世紀前半、1710年代から40年代までに作曲されたもので、まさにフランス・バロック音楽が、イタリア・バロック音楽の攻勢にさらされながらも、独自の花を咲かせた時代の音楽だ。
前半のオトテールやデルブロワは、まさに「語り」の音楽といってよい節まわしをもつ、デリケートな音楽。対して後半は、あきらかにイタリアふうに楽器を高らかに歌わせるボワモルティエ、モンテヴェルディのオペラを思わせるルクレールの痛切な身振り、イタリア的なヴィルトゥオジテをフラウト・トラヴェルソにもたらしたブラヴェなど、イタリアふうの色彩が濃い。それでいて、そこここにデリケートな「語り」が差しはさまれ、それらがまぎれもなくフランスの音楽であることが示される。
朝倉氏のトラヴェルソは、18世紀の象牙製のものだそうだが、とくに中音域のウェットでふくよかな音色は特筆ものだ。細かい装飾音のくぐもった感じは、フランス語のささやきのようにも聴こえる。前半の繊細な節まわし、後半の名技と、レンジの広い表現を、安定したテクニックで聴かせた。[木村 元]
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