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2006/10/19

「古楽特派員テラニシ」013──モーツァルトは、バッハをどう弾いたか

Mozartbach  今年はモーツァルトの生誕から250年。これにちなみ、今年4月末から5月初旬にかけて開かれた「バッハフェスト・ライプツィヒ2006」のテーマも「バッハからモーツァルトへ」だった。モーツァルト自身、ウィーン時代にバッハの作品に触れて演奏もおこない、多大な影響を受けている。それでは、モーツァルトはバッハをどのように演奏していたのだろうか。

[写真:モーツァルトが弦楽四重奏用に編曲したバッハ《平均律クラヴィーア曲集》第2巻から第22番(BWV891/2)変ロ短調からハ短調に移調されている

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 モーツァルトは1782年以降、ウィーン宮廷図書館長などを務めたゴットフリート・ファン・スヴィーテン男爵(1734〜1803)のもとでバッハやヘンデルなどのバロック時代の作品に触れた。また、1789年にモーツァルトはライプツィヒを訪れ、バッハのモテット《主に向かって新しき歌をうたえ》(BWV225)の楽譜を見て大感激したという。

 バッハフェストでは、このころに彼が編曲したと考えられているバッハの《平均律クラヴィーア曲集第2巻》から、5つのフーガの弦楽四重奏版(KV405)などがとりあげられた。また、バッハアルヒーフのクリストフ・ヴォルフ所長はモーツァルト《レクイエム》についてのレクチャーで、とくにフーガ部分でのバッハからの影響を指摘。モーツァルトを「バッハの未来を具現化した存在」と表現した。

 モーツァルトは、どのような楽譜からバロック期の作品に触れたのだろうか。たとえば、彼が編曲したヘンデル《メサイア》は、当時すでにブライトコプフ社から出版されていたスコアに直接手を加えたことが判明している。しかし、バッハの《平均律クラヴィーア曲集》はまだ出版されておらず、写譜でしか伝わっていなかった。

 《平均律クラヴィーア曲集第2巻》の研究で知られ、『モーツァルト事典』(ケンブリッジ大学出版局刊)の「バッハ」項でモーツァルトとバッハの音楽上の関係を論じた富田庸・英クイーンズ大学教授は「ほんらい、バッハは《平均律》において、和声や展開のうえで前衛的といっていいほどの“冒険”をしている。しかし、古典期のウィーンの音楽的な価値観のうえでは、これらは必ずしも美しいとは認められない。このため、モーツァルトは、これらの価値観に沿うよう“無難”な形に手を加えられた楽譜を見ていた可能性が高い。しかし、それでもなお、バッハの音楽的な輝きはけっして失われなかったでしょうが……」と話す。

 筆者はヴァイオリンを担当し、フォルテピアノの富田教授とともに、モーツァルトのバッハ演奏の再現を試みることにした。楽器やピッチをモーツァルト時代に可能なだけ近づけ、バッハの《オブリガート・チェンバロ付きヴァイオリン・ソナタ第4番》(BWV1017)を、モーツァルトとほぼ同時代の初版譜(1802年、チューリッヒ・ネーゲリ社刊)にもとづいて弾く。当時の出版譜は、スラーなどアーティキュレーションが省かれる傾向にあったので、モーツァルト版《メサイア》の弦楽パートなどを参考に、新たに付け加えた。

 モーツァルト時代のフォルテピアノ(アントン・ヴァルターによるレプリカ)は、微妙なタッチが表現できるため、フレーズの中で寄せて返すような、チェンバロには困難な表現が可能になる。また、ヴァイオリンのクラシック弓はバロック弓に比べれば、モダン弓の特性に近づく。このため、右手でのフレーズ表現が平均的で変化が乏しくなるぶん、ヴィブラートなど左手の表現が、いっそう求められる。

 この作品は、鍵盤楽器が通奏低音という存在から一歩外へ出て、ふたつの楽器が対等に渡りあう、モーツァルト時代以降のヴァイオリン・ソナタの先駆的存在として知られる。チェンバロからフォルテピアノへと楽器が代わることで音色じたいががらりと変化し、それによって当時としては斬新なコンセプトが、より明確になる感がある。また、独バロック期よりも高めに設定したピッチ(a=430Hz)も新鮮な印象をもたらす。

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 今回の試みはバッハフェスト期間中、バッハアルヒーフ内にあるゾンマーザールの空き時間を利用しておこなった。時間や資料が限られるなかでの駆け足の作業だったが、実際に音にすることで、想像以上に興味深い事実が浮かびあがってきた。なによりも、別の時代の価値観からバッハを眺めてみることにより、あらためてその楽曲のもつ“底力”に気づかされると同時に、新たな魅力を発見することにもなった。[寺西 肇]

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