戸ノ下達也の「近代ニッポン音楽雑記」004──懐かしく、心あたたまる世界──東京混声合唱団のCD『懐かしいアメリカの歌』
◆東京混声合唱団/懐かしいアメリカの歌──東京混声合唱団愛唱歌集
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勤務先が郊外で、一定時間(あるいはそれ以上に)拘束されざるをえない我が身にとっては、演奏会に出かけること事態がはなはだ困難な状況にある。東京混声合唱団の創立50周年演奏会にもまったく足を運べず、口惜しい思いをしている私のような者に、このCD発売は朗報であった。日々の生活や雑事に追われ、時間に追われ……という身にとっては、じっくりと、またしみじみと聴けるアルバムである。
東混の今日にいたる足跡や功績は、今ここで新たに触れる必要はないくらい周知のことであろう。私がこれまで何回かステージで見たり聴いたりした東混の演奏は、演奏する側も聴く側も等しくコーラスの楽しさや喜びを実感することのできる、まさに「音楽」の世界であった。私には、全国で開催されている「創立50周年記念演奏会」がこのCDにも収録されている楽曲を含めたプログラムであること、そしてなにより、まさに気軽に口ずさめる楽曲によるアルバムが発売されたことの意味をここで「かみしめておきたい」のである。たんに音楽のテクニックを披瀝するのではなく、人々の心に息づいている「音楽」の本質、それを問いかけたアルバムなのではなかろうか。
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じっくりと聴けるハーモニーが特徴の《北極星の子守歌》は、数ある合唱作品の、そしてまた数ある新実徳英の合唱作品のなかでも出色のものであろうが、淡々と歌う東混の演奏であるがゆえに、いっそうアカペラの響きがしみわたってくる。
《懐かしいアメリカ》として収録された5曲のアメリカの楽曲による湯浅譲二のアレンジは、楽曲のもつ奥深さを、オーソドックスであるがゆえにむしろ落ち着いたハーモニーで表現していると感じられた。アレンジは違うものの、なにより私自身が所属していた大学合唱団で愛唱歌として何回となく歌っていた《The Little Brown in the Vale》や、演奏会でも歌った《The Battle Hymn of the Republic》などは、イヤでも自身の思い出と重なってしまう。とくに前者は、われわれは日本語で《森の教会》というタイトルで年中歌っていた楽曲で、ある年の演奏会のアンコールにおいて、2年連続で客演いただいた指揮者(現在は全日本合唱連盟の理事長に就任されている)の棒で歌った記憶が鮮明であるから、よけいに「懐かしさ」を感じてしまうのかもしれない。でもたんに私のノスタルジーにとどまらず、ここでとりあげられている楽曲は、いずれも日本語でも愛唱されているものばかりであり、まさに「懐かしい」ホームソングとでもいいうる楽曲であろう。
「東京混声合唱団愛唱曲」として収録された8曲は、幅広い世代に訴求できる内容である。若林千春のアレンジは、聴きごたえのある=歌いごたえのある、曲のもつイメージをさまざまな形態で広がりをもたせたものであるといえよう。あるていど合唱に親しんだ者にとっては、楽曲の個性に応じたアレンジをこのように捉えるであろうが、ただ学校での演奏を想定した場合、児童・生徒達の耳にどのように聴こえるのであろうか。原曲のもつイメージをいかに発展させるかは、少し考えてみてもよいのではなかろうか。私自身、現在のアニメーション映画がスタジオ・ジブリの一人舞台であり、そこで生まれた楽曲が、「みんなが歌える歌」として広まっていることに少し違和感を感じないでもない。しかし現実に子供から大人までみんなで口ずさめる楽曲となると、ここでとりあげられたものが思い浮かんでこざるをえないのは、私の発想が貧困だからであろうか。むろん、それがすべてではないにしても。ここで歌われている《翼をください》や《島唄》《見上げてごらん夜の星を》といった歌による、人間が生きるかぎり永遠に追いつづけていきたい「夢」「愛」や、《いつでも何度でも》《世界の約束》《となりのトトロ》などで表現された、現実と理想の矛盾や、忘れかけたぬくもりや純粋さを追い求める歌等々による愛唱歌は、日々に追われ、つねに前進し上昇することのみが正解として、それを実践しようとしつづける我々に、立ち止まること、振り返ること、そしてたてまえでなく本音で正直に考えることの大切さを示唆しているように思えてならない。
安心して、じっくりと聴けるCDである。ひさしぶりに懐かしく、心あたたまる世界に浸れるCDに出会えた。ステージの演奏が聴けたら幸せも倍増であったろうに。[戸ノ下達也]
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コメント
お久しぶりです。
「森の教会」よく歌いましたね。「え~またぁ・・・じゃあ」って感じで(笑)
英語でも一度歌ってみたかったな。
投稿: Tobby#13 | 2006/11/28 17:21
はじめまして。
滋賀で合唱団AUGに所属しています。
先日の演奏会で、若林千春先生の編曲作品を取り上げました。
とても楽しかった♪
投稿: キウイ | 2009/07/11 15:53