「古楽特派員テラニシ」015──アーノンクールの長〜いリハーサルに潜入!
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「さあ皆さん、長ーい練習の始まりです」。トレードマークの大きな目をぎょろつかせながら、アーノンクールが愛嬌たっぷりにメンバーに話しかける。冗談の連発に笑い声が絶えない。舞台の上では、ビデオを回したり、まだ食事を続けているメンバーも。「大きな家族」と表現されるアーノンクールとCMW、シェーンベルク合唱団のリハーサルは、音楽的には厳しい半面、終始、和やかな雰囲気に満たされていた。
たとえなんども演奏した曲目であっても「つねに初演のような気分で臨む」と言うアーノンクール。この言葉どおり、今回の《メサイア》は、最新の録音(2004年12月、ウィーンのムジークフェラインザール)と比べてみても、解釈が大きく変化している。つねに新たな眼でスコアと対峙していることは、弦楽器のボウイング(弓遣い)すら、演奏するたびに細かく見なおされていることからもわかる。
リハーサルで、彼がまず力を注いでいたのは、歌詞や場面に応じたニュアンス付けだ。第28曲「He trusted in God(彼は神により頼めり)」で合唱が歌うのは、群衆が囚われのイエスに向かって吐く「He would deliver Him: let Him deliver Him, if He delight in Him(神が彼に心をかけているのなら、神が彼を救い出せばよい)」と嘲〈あざけ〉りの言葉。アーノンクールは、きれいに歌うのではなく、じつに憎々しげに、芝居がかったようなニュアンスで歌うことを要求していた。
また、特に《メサイア》は英語詞のため、メンバーにドイツ語で細かく単語の意味や発音を伝えてゆく。たとえば、テノールが第27曲「All they that see Him laugh Him to scorn(彼を見る者は、みな嘲り笑い)」で「...they shoot out their lips, and shake their heads, saying」と歌うなかの「lips(唇)」という単語について、アーノンクールは「“リィ──プゥス”じゃなくて“リップス”と歌ってほしい。だいたいこんな唇の奴、いるかい?」と言って、びよーんと唇が伸びた仕草をして笑わせた。
そして、合唱のフレーズや単語と、オーケストラのアーティキュレーションの一致にも多くの時間を割いていた。合唱のニュアンスにあわせて、自筆譜や初版譜にも見られないスラーなども自在に追加し、器楽による音楽を言葉へと近づけてゆく。
もうひとつ、重視していたのがフレーズが変わったり、転調したりしたときのニュアンスの劇的な変化だ。そして、全部で53曲のアリアや合唱曲、レチタティーヴォなどからなる《メサイア》では、曲間も重要な音楽の一部と考えているのだろう。ある曲の冒頭から練習したいときには(第1-3部の切れ目をのぞいて)、かならず前の曲の終結部から音楽を始めさせていた。また、長いリハーサルでは、3回ほどの休憩があったが、アーノンクールだけはソリストに追加の注意を与えたり、個々のメンバーと楽譜を手に打ち合わせをするなど、休むことがなかった。
驚くべきことに、彼らは翌18日の《メサイア》本番当日も、開場直前までリハーサルを続けていた。まさに“練習の虫”だ。さらに驚かされたたことには、じつは本番での演奏解釈は前日、あれほど詰めて仕上げていたリハーサルとは、まったく違うものに仕上がっていた。いずみホールと京都コンサートホールとでは規模や響きの特性が違っていたため、急遽、音楽の構成をしなおしたらしい。まさにアーノンクール恐るべし、であった。[寺西 肇]
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コメント
ご存知でしょうか。
今年7月ドイツのトリアーに世界のメサイア愛唱家450名を集めて「ヘンデル・メサイア世界合唱祭」が開催されます。日本から30名参加できますが、まだ空きがあります。詳細はこちらでご覧いただけます。
http://www.jointconcert.com/kojinsanka%20halleluja%20Mr%20Haendel%202009.html
よろしくお願いいたします。
ジョイントコンサート国際委員会
垣沼佳則
投稿: 垣沼佳則 | 2009/05/01 11:55