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2006/12/20

若尾裕『音楽療法を考える』


◇若尾 裕[著]
 四六判・上製/184頁/装丁:奥山和典
 定価1,890円(本体1,800円+税)/ISBN4-276-12269-4
 2006年10月 音楽之友社刊

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 哲学者の鷲田清一氏が「臨床哲学」ということばを最近提唱されていて、『「聴く」ことの力』(TBSブリタニカ)という本で、それを展開されていますが、それに呼応するように、『奏でることの力』(春秋社)などの著書で、音楽療法というタームを超えて、「臨床音楽学」とでもよぶべき学問の方法を示されているのが、この本の著者、若尾裕さんです。

 若尾さんに本を書いてもらいたいと思ったのは、上述の『奏でることの力』をはじめ、『ポール・ノードフ音楽療法講義』(音楽之友社)などの音楽療法研究者としての著書にくわえて、『モア・ザン・ミュージック』(勁草書房)や『サウンド・エデュケーション』(春秋社)といった作曲家の視点からのアクチュアルな現代音楽潮流の紹介者としての著書を読むにつけ、その思索が、たんなる音楽療法や現代音楽の枠を超えて、ひとつのまったく新しい「音楽のとらえかた」へと向かっていることを感じていたからでした。

 お会いして、最初にお願いしたのは、「『音楽療法』というタイトルの本を書いてください」という無理難題。若尾さん、ずいぶん困っていらっしゃいましたが、その後、上京されるたびに声をかけていただいて、お話をするうちに(本の話をするより、北山修さんの話とか、ドゥルーズの哲学の話なんかに興じていましたが)少しずつイメージをまとめていてくださったのでしょう、『あんさんぶる』(カワイ音楽教育研究会)という雑誌での連載で、少しずつ現代の音楽療法がどんなことになっていて、そしてどこへ行こうとしているのか、ということの、レポートのようなかたちで、この本の骨子をつくっていってくださいました。

 ここにまとめられているのは、ある1篇は本の紹介であり、ある1篇は海外の音楽療法家の活動の紹介であり、ある1篇は音楽療法とはいっけん関係のない、現代芸術の話題だったりするのですが、全体をとおして読むと、ふわーっとして押しつけがましさのまったくない、まさに若尾さん本人の人となりのような雰囲気で、「それで、音楽ってなんだろうか?」という根本的な問いが投げかけられていることに気づきます。

 この本は最初、『もしかするとそれは、聞こえなくてもよい音楽かもしれない』というタイトルになるはずでした。いろんな話し合いの結果、その、とても魅力的なタイトルを冠することはやめましたけれども、この本のそこここに、その「聞こえなくてもよい音楽」は響いているはずです。

 デザインは奥山和典さん。いつもはポップでキッチュなイラストを主体にしたデザインをしてくださるのですが、今回はかなりわたしのわがままを聞いてくださって、静かで品のよいデザインをしあげていただきました。感謝しています。[genki]

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◎2006/12/25追記|本書のチラシ(pdf)は以下よりダウンロードできます。
 「122690.pdf」をダウンロード

▼若尾裕の本(by Amazon.co.jp)


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