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2007/01/16

白石和良の「闘う古楽&トラッド乱聴記」016──Vis Melodica[2007/01/11|音や金時]

◆Vis Melodica
 2007年1月11日(木)19:30 音や金時(西荻窪)

◎曲目
[ステージ1]
  私は叫びたい/カーサ・ドール/カーサ・ヴェルデ/キャロランズ・レシート/
  フォギー・デュー/じゃがいも育つ/モウリス・オコーナー/ジョン・オコーナー/
  聖母マリアを讃える歌
[ステージ2]
  ブラリー・ピリグリム/ママの口紅/リラックマ(仮題)/珈琲ルンバ/
  もてもてサラセン人/ベラチャオ/ケッシュ・ジグ/ゴリアルドのアベ・マリア/
  カーサ・ローザ
[アンコール]死神の歌
 ※曲目は筆者の責で聞き書きしたものです。

◎出演
 辻康介(歌)、福島久雄(ギター)、近藤治夫(バグパイプ、クルムホルン他)
 立岩潤三(パーカッション)、田中麻里(アイリッシュ・ハープ&パーカッション)

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 例年のように、昨年秋から年末にかけては連日コンサート/ライヴ漬けの状態で、レポートしたいステージが山のように溜まっているのだが、それらは追って書かせていただくとして、早くも今年のライヴが始まってしまった……。

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 それにしても新春早々、衝撃的でじつに面白いライヴだった。Vis Melodica(ヴィス・メロディカ=メロディの力)は、類のないユニークなシンガーである辻康介さんを中心にして、各種のバグパイプや笛からハーディガーディまで自在に操るマルチ楽器奏者の近藤治夫さん、幅広い音楽性をもつギタリストの福島久雄さん、多彩なサウンドを叩き出すパーカッショニストの立岩潤三さんなどが集まったニュー・グループで、編成は時によって異なるが、メンバー的にはほとんどネーモー・コンチェルタートである。辻さん自身の説明によれば、ネーモーは古楽とその他のジャンルの融合(混合?)を試みるグループで、これにたいしてVis Melodicaのほうはもっと広いジャンルの音楽をとりあげていきたい、という。Vis名義のライヴは昨年の秋からおこなわれているが、これまで聴いたかぎりでは、レパートリー的にもネーモーでお馴染みの曲が大半だったので短絡的にいえば、(ネーモーのなかの古楽派の)平井み帆さん(スピネット)や太田光子さん(リコーダー)のいないネーモーといった感じで、これからどう展開していくのか、今後の音楽を楽しみにしていたのだった。それが早くも予想外のかたちで具体的に表れたのが、この日のライヴであった。

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 この日は、現在ドイツ在住のアイリッシュ・ハープの名手、田中麻里さんが一時期国してゲストで加わるというので、アイリッシュも少しはやるのかなぁと期待して臨んだのだが、まさかここまで聴かせてくれるとは! なお、日本の代表的なアイリッシュ・ミュージシャンのひとりとして知られるこの田中さんは、かつて(ネーモーではなく)ジョングルール・ボン・ミュジシャンのゲストとして辻さんや近藤さんたちとの(もちろん)中世音楽のステージをここ「音や金時」で聴かせてくれたことがあり、彼女の音楽性の幅広さに驚かされた経験がある。

 そして、この最新のステージでは、まず驚くほどのアイリッシュ系の音楽を聴かせてくれたのだ。それも《フォギー・デュー》や《キャロランズ・レシート》《ケッシュ・ジグ》(往年のボシー・バンドの演奏などで、アイリッシュ・ファンには耳タコのこの曲までやってくれたのには涙)といった定番のアイリッシュ・ナンバーの演奏から,なんと辻さんお得意の独自の日本語歌詞によるアイリッシュ・ソング(《じゃがいも育つ》)まで! さらにアイリッシュ風味をたっぷり含んだ福島さん作の新作インスト・ナンバー(仮題:《リラックマ》)も聴きものだった。

 近藤さんによるアイリッシュ・ミュージックの演奏はとても珍しいと思うが、じつに軽やかでノリがよく、ほんとうに素晴らしいものだった(楽器もおなじみの各種のバグパイプや笛に加えてティンホイッスルの妙技まで聴けた)。田中さんのハープのキレがよくシャープでクッキリした美音も印象的だったし、福島さんのギターもまた特筆もの。かねてからラテンやジャズに加えてブリティッシュ・トラッドなどにも深い関心と造詣をおもちなのは知っていたが、この日のアイリッシュ系の曲での演奏も、繊細かつ明快な「決まった」演奏であった。そしてパーカッション陣も豪華絢爛。立岩さんの雄弁なダラブッカやカホーンの演奏に加えて,曲によって田中さんがバウロンやボーンズなどで加わり,さらに辻さんによるコアラ太鼓?(大タイコをコアラのぬいぐるみで叩く)演奏も。

 全体に想像以上にインスト曲が多く,しかも上記のようにアイリッシュ系の曲もたっぷりあったのだが,これが通常のアイリッシュ・バンドの演奏とはひと味もふた味も違ったこのグループ独自の音楽になっていたところがじつによかった。それはリズムが「びしっと」していながらも独特の自由な「ゆるさ」のある演奏で、いわば「ゆるタイトな演奏」というか、ほんとうに他に類のない演奏なのだ。加えて(田中さんを迎えてのセッション的なライヴであったにもかかわらず)全般的に一種の「余裕」を感じさせたところに、全員のすごさをあらためて痛感したのだった。

 もちろん、以上のようなアイリッシュ系の曲のほかにも,ネーモーでおなじみのカンツォーネ系の歌やマリア賛歌、そして近藤さんの名曲インストなどもたっぷり聴けたが、これらもいつもとはまた違った味わいで新鮮だった(一部には新作のギャグも入っていた)。

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 極寒の夜にも関わらず、お客さんも満員。Vis Melodicaの音楽の無限の可能性を感じさせた興奮の一夜であった。[白石和良]

◎辻康介さんのブログ:http://plaza.rakuten.co.jp/nemotsuji/

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