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2007/12/30

2007/12/28|仕事納め

 アルテスは12/28が仕事納め。っていっても、なにをどう納めたらいいのか、よくわからない。やはり大掃除をするべきなのだろうか。

 けっきょくメールに返事だしたり、最近知り合ったひとに年賀状書いたり、日販さんに書誌情報を提供する契約書にハンコ捺したりで午前中がすぎてゆく。これからは日販のデータベースにアルテスの商品が迅速に登録されるようになると期待してます。

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2007/12/28

2007/12/27|校了!/編集委託/ラーメンダイニング

 前のエントリで書いた「Amazonアソシエイトプログラム」から「おまえはすでに死んでいる」と通告された問題。谷口さんのご指摘どおり、Amazonのミスだったみたいで、さきほど「お詫びメール」がきました。一件落着。

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 さて、アルテスの第3弾となる片山杜秀さんの『音盤考現学』がめでたく校了! 1/23(水)には店頭に並ぶと思う。本職の政治思想史のほうでは、9月に『近代日本の右翼思想』が出たけれども、片山さんを「音楽評論家」として支持してきた向きには、ながらく「待望」というよりも「渇望」されてきた音楽書第1作! その期待にこたえるべく、力入れて作りましたので、どうぞご期待ください(Amazonではもう予約が始まってます!)。

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 午後はその『考現学』の最終校正を太陽印刷のFさんに渡したのち、神楽坂の木杳舎で、実業之日本社から出るムック本の打ち合わせ(アルテスは下請け仕事もちょっとやっています)。ムックだから図版をたくさん使いたいのだけれど、使用料の問題があって制限が大きく、木杳舎のIさん、ちょっと追い詰められ気味……。なんかひとりで悩ませちゃって、ごめんね〜。とにかくまずはいいものを作りましょう。

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 同じく神楽坂で、1940年代に出た本の復刻企画について打ち合わせ。日本人がこの60年のあいだに失ったもの──自国語の美しさへの揺るぎない自信に裏打ちされた品格に満ちた文章、そしてそれを十全に味わうことのできるリテラシー。

 アルテスとしてははじめての「編集委託」。これまでの3冊(『村上春樹にご用心』『クラシックでわかる世界史』およびこんど出る『音盤考現学』)は企画・編集・制作すべて社内でおこなった。その結果、たしかにすみずみまで気のゆきとどいた本を作ることはできているが、いかんせん作り手は3名、しかも総務や営業を兼務している。というわけで、以前から「編集委託」は重要な検討事項だった。

 考えてみれば外にはたくさんの「すぐれた編集者」がいるわけで、そういったひとたちに自分の得意分野の企画を著者ごともってきていただく。それをもちろんアルテスなりの基準(売れるかどうかっていうこともあるけれど、むしろアルテスらしい本になるか、ということが大事かな)で厳しく判断したうえで、やるとなったら、その編集者に全面的にイニシアティヴをもって作りあげてもらう。上記のような「すみずみにまで気のゆきとどいた本」になるかどうかは、ひとえにその編集者の力量と気質にもかかってくるけれど、そこを判断するのがぼくらの仕事。それがうまくいけば、そういうクオリティの高い本が、あるていどの数、コンスタントに出せるようになるだろう。

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 銀座へ移動。東京書籍の鳥谷さんと木村屋で。礒山雅さんの『バッハ 魂のエヴァンゲリスト』をはじめとする東京書籍の音楽書のカタログをほとんど独力でつくりあげたひと。春秋社の高梨さんとならんで、尊敬する編集者だが、お会いしたのは今月8日にあった学芸大の久保田慶一先生を中心とした勉強会でのこと。大きな出版社で「音楽書」という分野を守っていくのはたいへんなことなのだろう。東京書籍も大きくシフトをはじめているようだ。

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 ラーメンダイニング五行で、実業之日本社・朝日新聞社・アルテス3社の交流忘年会。というか、アルテス創立時からなにかと引き立ててくださっている実日さんが、朝日新聞の広告部と文化部の方にアルテスを引き合わせてくださる──というありがたい席。

 駆け続けだったこの1年の最後に、やはり「ひとの縁」が第一と再確認。和やかなよい宴席だった。みなさんに、感謝。[genki]

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2007/12/27

2007/12/27

 Amazonのアソシエイト・プログラムというのを利用しているんだけど、そこから「おまえのアカウントはすでにクローズされている」という通知があった。あわててこれまでに来たメールなどをひっぱりだして確認したのだが、「○○しないとクローズしちゃうよ」っていうような通知はどこにもない。こういうことって経験ありますか? みなさん。うーむ。

 とりあえず、「ここんとこ更新頻度は低いけど、ブログを続ける意志はあるので、アカウントを復活させていただければ幸甚に存じます」という、なんだか低姿勢のメールを送った。べつにブログが更新されてなくてもAmazon様には関係ないはずなので、「勝手に削除すな。ごるぁ!」という高姿勢メールでもよかったかと思うのだが、やはり更新を怠っている後ろめたさが澱のようにたまっていて、それが表出してしまったのである。

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 と反省したからでもないのだが、お茶濁し的に駄文を。

 このブログにはこれまで「日記」的な内容はほとんど書いてこなかった。だいたいニュースや新聞でも「ブログ=日記風ホームページ」と紹介されることが多いので、日記に適したメディアだとは思うのだが、「日記にはタイトルをつけないだろう」という意識もあり、また扱っている内容が特定の演奏会や書籍などについてのレビューがほとんどでもあって、どうも日記を書こうとしても書きにくい雰囲気を自分で作りあげてしまっていた。なんか、管理人の自分にとっても敷居が高くなってしまった、という……。

 その理由としてもっとも大きいと思われるのが、脱サラしたこと。出版社の社員編集者から転じて、同じ編集者でありながらも自分の暖簾をもったということの意味が、はからずもこういうところに表れたような気がしている。つまり、仕事のうえで「表現」をはじめてしまったということ。宮仕えしていたころは「表現」していなかったのかといわれれば、していたような気もするんだけど、やはりどこかでオフィシャルな自分とプライヴェイトな自分の「表現」を差別化してきたところがある。そのプライヴェイトな表現の場が、このブログであったわけだ。

 現在ぼくは自宅で仕事をしていて──「事務所をもつべきかもたざるべきか」っていうテーマも、けっこうここで書いてみたら面白いんじゃないかと思うんだけど──完全に公私混同の生活を送っている。起きてから寝るまで仕事しているような気もするし、いっぽうでは仕事をしながらも徹底的にプライヴェイトな感覚をもちつづけているような気もして、奇妙ではあるが、それが意外に自分にフィットしはじめている。ようするに、出版社の仕事じたいがみずからのプライヴェイトな「表現」として完全に機能しはじめていて、じゃあ、このブログに何を書けばよいのかということが、少しずつわからなくなりつつあったように思う。

 よい演奏会に行ったり、よい本を読んだりしたときには、できるだけレビューを書こうという気持ちはあるし、さいわい原稿を寄せてくださる執筆者の方々もいらっしゃるので、細々とはつづいているんだけれども、少しブログのあり方を考えなければなあと思ってはいる。早い話が、現在の自分の関心事の第一は、やはり「出版社の運営」ということにつきるので、これからはそういう話題もときおり(あるいはひんぱんに)登場するかもしれない。「日記」的なものになるかどうかはわからないけど、とくにテーマのない雑文に近くなるような気もする。

 とりあえずこのブログのタイトルは日付にしておきます。[genki]

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