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2008/01/25

白石和良の「闘う古楽&トラッド乱聴記」017──モンテヴェルディ《オルフェオ》[2008/01/19|神奈川県立音楽堂]

◆音楽堂バロック・オペラ 初演400年 モンテヴェルディ作曲《オルフェオ》
 2008年1月19日(土)15:00〜 神奈川県立音楽堂

◎音楽監督/指揮/コルネット:濱田芳通
 演出:伊藤隆浩
 副音楽監督:西山まりえ

◎キャスト
 春日保人(バリトン/オルフェオ)、高山潤子(ソプラノ/エウリディーチェ)、花井尚美(ソプラノ/ムジカ、プロセルピナ)、櫻田亮(テノール/アポロ、牧人、エコー)、彌勒忠史(カウンターテナー/使者、精霊)、上杉清仁(カウンターテナー/希望、牧人、精霊)、小田川哲也(バス/カロンテ)、小笠原美敬(バス/プルトーネ、牧人)、谷口洋介(テノール/牧人、精霊)、根岸一郎(テノール/牧人、精霊)、石井賢(バス/牧人、精霊)、太宰陽子(ソプラノ/ニンファ)、藤沢エリカ(ソプラノ/ニンファ)、岡庭弥生(アルト/ニンファ)、伊藤英子(ソプラノ/ニンファ)、高山由美(ソプラノ/ニンファ)、千葉真智子(ソプラノ/ニンファ)、今井典子(メゾ・ソプラノ/ニンファ)、堀万里絵(メゾ・ソプラノ/ニンファ)、下瀬太郎(マントヴァの領主)、谷明美(マントヴァの貴婦人)

◎演奏
 管弦楽:アントネッロ
 小野萬里(コンサートマスター/ヴィオリーノ)、戸田薫(ヴィオリーノ)、石川かおり・なかやまはるみ・井上晴子(ヴィオラ・ダ・ガンバ)、西澤央子(ヴィオローネ)、西山まりえ(アルパ・ドッピア、チェンバロ)、矢野薫(オルガーノ)、春日万里子(チェンバロ、レガーレ)、ラファエル・ボナヴィータ(キタローネ、キタッラ)、細川大介・桑原孝広(コルネット)、中村孝志・中村肇(クラリーノ)、古橋潤一(フラウト、ファゴット)、細岡ゆき(フラウト)、宮下宣子・角田正大・角田実花・小林明(トロンボーネ)、橋本普哉(ストルト)、和田充弘・正清泉(タンブーロ)

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 1607年の初演から昨年でちょうど400年ということで、このところモンテヴェルディ作曲のオペラの元祖的な作品《オルフェオ》が脚光を浴びている。昨年はクラウディオ・カビーナによるCDなどもリリースされたが、国内でも11月の北とぴあ音楽祭の目玉として上演されたり(指揮/ヴァイオリン:寺神戸亮、管弦楽・合唱:レ・ボレアード)や、また9月にはネーモー・コンチェルタートによる愉快な《新オルフェオ物語》の上演もあった。

 さていよいよアントネッロ版の《オルフェオ》である。アントネッロのステージは、いつも斬新な音楽体験と、身も心も揺さぶられる熱い演奏で嬉しい衝撃を受けてきたが、今回はまた予想をはるかに超えたインパクトであった。

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 まずステージを一見してあっと驚いた。通常あるような広々とした舞台と一段下のオーケストラ・ピットという構成ではなく、ステージを横切る大きなスロープと中央の小さな円形の部分と左右の通路のほかは、ステージ上が楽器奏者のスペースになっていたのだった。つまり、出演者(歌手)と演奏者の姿をステージ上で同時に見せるという趣向なのだ。この意図は開演前のプレトークですぐに明らかになった。演出の伊藤隆浩さん曰く、このオペラは劇場ではなく王宮内の部屋で初演されたので、オーケストラ・ピットもなく、観客は出演者とともに演奏者も見ていたはずなので、それを再現したのだと。そういえば、舞台下の左右には王座が設えられていて、なんとマントヴァの領主と貴婦人に扮した人がその王座に座ってわれわれ観客とともに舞台を観る(というより、われわれがゲストとして領主と一緒に観るというべきだろうか)という凝りようだったのだ。

 このプレトークにはもちろん音楽監督の濱田芳通さんも登場して、コルネット奏者として内外のいろいろなオケに呼ばれてこの《オルフェオ》の演奏に携わってきたが、そうしたときに、自分だったらもっとこんなふうにやるのにと心に秘めていたアイディアを今回すべて実現できたらいいと思う……とか、また当時の革新派だったモンテヴェルディが一部からひどく攻撃も受けたという事実を知ると「やはりそういうものなのだ」と自分たちの演奏活動を連想するとか、さらには、以前から夢の中でバッハにはよく出会うが、モンテヴェルディにはなかなか出会えなかった。しかし今回真剣にこのオペラにかかわっていたら、やっとモンテヴェルディに会うことができた……といった実に興味深い話をしてくれた(以上は筆者の聞き覚えなので正確さを欠いていましたらご容赦を)。そう、これは文字どおり濱田さんの入魂の一作なのだ。

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 さて定刻になるや、舞台の後方から、威勢のいいブラスの咆哮が会場全体に鳴り響いて開演を告げた(筆者の席からは後ろが見えなかったが、このとき、濱田さん自身もコルネットを吹いたいたにちがいない)。そして濱田さんが指揮者の位置に着いて、花井尚美さんのムジカの独唱からオペラが始まった。第1幕、オルフェオとエウリディーチェの婚礼を祝う喜びの野原である。

 歌心たっぷり、情感たっぷりの弦楽と花井さんの透明な歌声はほんとうに美しいと同時に、まるですすり泣いているような悲しさも湛えているようだった。あたかもこの後の悲劇を予感させるような響きだった。とはいえ、情感に流されたような演奏とはおよそ違う。和田充弘さんのタンブーロなどが終始活躍するノリと歯切れのじつによい演奏で、ラファエル・ボナヴィータさんのキタローネや西山まりえさんのハープのアタックの強いグリッサンドなどが要所を引き締めている。もちろん即興性もたっぷり、あふれ出る歌心が弾むアントネッロならではのワクワクする音楽世界なのだ。

 そしていよいよオルフェオの春日保人さんの登場である。春日さんのパフォーマンスはアントネッロとの共演で以前から強いインパクトを受けてきた。見栄を切りながら、ぐっと腰を入れるような独特のスタイルで、コケットリイにあふれ、アクの強い(もちろん褒め言葉です)歌唱を展開するそのパフォーマンスはまさにオペラ的といえるが、筆者としてはそれを今回はじめて本格的なオペラのなかで見られたのだ。いつもながらの聞き手の心を鷲掴みにする名調子で、また必殺技の眼技もバッチリ決まっていた。

 名調子といえば、フォンテヴェルデやトロヴァトーリ・アヴァンティなどなどでお馴染みの谷口洋介さんが牧人のひとりとして登場して(ちなみに北とぴあ版でも同じ役で登場したのだった)、よく通るヒロイックな歌声を披露してくれたのにもウットリ。

 そして濱田さんの「ハイッ」という掛け声のもとに、打ち物や笛が鳴り響いてニンファたちと牧人たちの喜びのコーラスが炸裂!! ニンファの役ではこれもアントネッロでお馴染みの藤沢エリカさんや岡庭弥生さんが登場して、陽気な歌とダンスを披露してくれたのも楽しかったが、なによりもここでの民族音楽的なあるいは中世音楽的な響きをたっぷり含んだアーシーな表現は最高で、まさにアントネッロの面目躍如だった。くだんのステージ構成の点でも、歓喜に沸くニンファたちの後ろに見え隠れしながら熱い演奏を展開する濱田さんたちの姿がなんとも心踊らせる眺めであった。

 ともあれ、喜びが強いほど悲劇は激烈になるという展開を予期させるような、めいっぱいエモーショナルな展開である。

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 その悲劇を告げる野原の第2幕、ここで筆者は金縛りにあってしまった。エウリディーチェの事故死を告げる使者の婦人役、これは「北とぴあ」版の波多野睦美さんによる印象的なパフォーマンスも忘れられないが、ここではカウンターテナーの彌勒忠史さんが登場した。その圧巻の存在感と美しさ!! 舞台の近くの席で見ることのできた筆者は、なにかの美術作品でもあるかのように目を奪われてしまった。もちろんその歌唱も。印象的な高音のカウンターテナー(というのも変な表現かもしれないけれど)で綴られる説得力のある歌唱は圧巻で、さらにその悲報に接したオルフェオ=春日さんとの掛け合いは、類のない個性派の最高の歌手どうしによるバトル?とでもいうべき至福の一時であった。そして悲痛にのたうつオルフェオ! 舞台も音楽もすべてが大泣きしているのだ(このとき、西山さんまで涙ぐんでいるように見えたのは筆者の思い過ごしか)。ここでの表現の濃さはじつに印象的であった。

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 ひとつひとつ書いていると書き切れないので、個々に触れられない多くの優れた出演者の方々にお詫びしつつ、先を急ごう。

 この後休憩をはさんで、オルフェオがエウリディーチェを黄泉の国に救い出しにいく第3幕「三途の川」と、けっきょく救出が失敗する第4幕「黄泉の国」につづく。「黄泉の国」で後ろを決して振り返ってはいけないと指示されたオルフェオが後ろを見ずに、エウリディーチェのつかまっている綱(ハート形に編んであったのがユーモラスだ)を引いていくのだが、ここでつい魔が差して振り返ってしまうところもじつに見応えがあった。最初は順風快調に後ろを見ずに歩んでいたオルフェオが、本当にエウリディーチェがついて来ているのかと一瞬の不安に駆られ、さらに「エイ、恐れることなどはない」と慢心して掟を破ってしまうという心理の変化を、春日さんはくだんの眼技を駆使した素晴らしいパフォーマンスで演じてくれた。そう、春日さんは変幻自在な大きな眼で天使から悪魔まで演じてしまう人なのである。たとえば昨年6月の「目白バ・ロック音楽祭」でのアントネッロのステージで、天正遣欧使節の「少年」を演じたのには仰天したが、このときも純粋無垢な目つきで少年になりきっていたのだった。

 さて失意のオルフェオはさらに、バッカスの使いのニンファたち?に呪いをかけられて地面に倒されてしまうのだが、この音楽なしのパートで、ゾンビのように呪文を繰り返しながら迫るニンファたちという異様な光景も、インパクトのある演出であった。

 そして天からオルフェオの父のアポロが下ってきてオルフェオを救済する第5幕「野原」。アポロの呼びかけにオルフェオが地面に横たわったままで答える。この横たわりながらの歌唱も隠れた聞きものだった。そして皆の讃歌に包まれて父子で昇天していくときに、ふたたび炸裂する沸き立つような歓喜の激情! アントネッロは、この最大編成でも従前のクラシックというジャンルを超えるような、熱いノリのソウルフルな演奏をたっぷり堪能させてくれた。

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 全編を通してのことであるが、個々の奏者のソロについても、たとえば古橋潤一さんのフラウトなど従前よりもいちだんとアグレッシヴな感覚になっていたのもじつにうれしい。少し前の雑誌で「これはドラマティックなオペラなのです」という趣旨の発言を濱田さんはしていたが、なによりもそのドラマティックな表現が強い意志をもって全編で貫かれていたのだ。

 3時間の長丁場を一瞬もダレることなく観客を釘づけにするステージであり、類のないアントネッロの音楽のますますの可能性を示してくれたステージであった。もしも可能ならばぜひDVDでのリリースを![白石和良]

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