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2008/01/03

[読書メモ]中沢新一『ミクロコスモスI』(2007,四季社)

p.23
いつもそのへその緒が「大いなる無」につなげられているときにのみ、現実は意味というものを発生させることができる。

p.40
具体的な感覚の領域へ向かおうとする傾向と、感覚の砂漠をめざそうとするアヴァンギャルド的な傾向の拮抗関係のなかから、現代のさまざまな思想や芸術の流れは生まれている。

p.60
「外界をわずかでもよく知ろうとする精神の作用が、この世のはじめから外界に展開されている作用と本質的に異ならない」ということがなければ、どんな生物種も長期間にわたって生き延びつづけることはできなかったはずなのだ。

p.64
たいせつなのは、身体のなかで具体的なかたちで動いている、ある種の知的なものの動きを知ることである。その知性の働きのことを、レヴィ=ストロースは「構造」と名づけたのである。

p.71
神話は時間軸にそって、展開しながら、細部のささいな意味にいたるまで、全体性のなかに包みこまれ、非線形的におたがいの意味論的な場所を決定しあっているのである。

p.73

すべては、音楽と神話が、あたかも時間をはっきりと否定するためにのみ時間を必要としているかのように進みゆくのである。両者はじっさい、時間を消滅させるための道具である。(略)……音楽は、自らを聴かれることにささげた曲の一部分を、音楽のなかにふくみこまれた共時的な全体に変貌させる。音楽作品を聴くときは、それ自身の内的な組成のゆえに、流れゆく時間は固定化される。風にはためくテーブル・クロスのように、音楽は時間をつかまえ、折りたたもうとする。したがって音楽を聴きながら、あるいは音楽を聴いているあいだは、われわれはある種の不死の状態【インモルタリテ】に入っている。[レヴィ=ストロース「序曲」『神話論理I 生のものと火を通したもの』]

p.74
どんな音楽も、この音楽、その音楽としてはとらえられない「もっと大きな音楽」が存在することを示すためにのみつくられている。

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