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2008/02/12

白石和良の「闘う古楽&トラッド乱聴記」019──武久源造[2008/02/03|戸頭マタニティハウス]

◆フランス クラヴサン音楽の華(サロンコンサート イン トガシラ 第86回)
 2008年2月3日(日)14:00 戸頭マタニティハウス(茨城県取手市)

◎演奏:武久源造(クラヴサン/久保田工房制作・フレミッシュ型2段鍵盤)

◎曲目
 第1部
  1.J. C. シャンポニエール:組曲へ長調より3曲
  2.ルイ・クープラン:組曲ニ短調より8曲
     プレリュード/アルマンド/クーラント/クーラント/
     サラバンド/カナリー/ガヴォット/シャコンヌ
  3.A. フォルクレ:組曲第1番より4曲
     ラポルド/フォルクレ/クープラン/ル・クレール
 第2部
  4.フランソワ・クープラン:《恋する鶯》
    同:《フランスのフォリア》
     純潔/恥じらい/情熱/希望/誠実/忍耐/恋やつれ/
     コケットリイ/年老いた伊達男と時代遅れの守銭奴/
     気のよいカッコウ/無言の嫉妬/狂乱、または絶望

  5.J. P. ラモー:《雌鳥》
    同:《恋の嘆き》
  6.J. N. P. ロワイエ:《スキタイ人の行進》
  7.テレマン:《ポーランド風》

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 鬼才、武久源造さんの音楽にはじめて接したのは1997年、「北とぴあ国際音楽祭」での「チェンバロ・エキジビション」なる空前絶後の企画だった。日本各地のチェンバロ制作者たちによるさまざまな形式のチェンバロが部屋中に置かれており、なんと武久さんは独特の軽妙なトークをまじえてチェンバロの作者たちを紹介しながら、その24台もの銘器をつぎつぎと渡り歩いて、あのJ. S. バッハの《ゴルトベルク変奏曲》全30楽章を、説得力あるみごとな演奏でいっきに弾きとおしたのだった(終演後、観客も楽器に触ることができたが1台1台、鍵盤の数からキータッチやストロークなどまったく違うもので、これぞ神業!と驚きをあらたにした)。心臓をわしづかみにされるとはまさにこのことだった。

 その日から「武久源造」の名は楔(くさび)のようにわが愚脳の中心に穿たれてしまい、それ以後できるかぎりその演奏を聴いてきたのだが、武久さんの追究するテーマは鍵盤楽器の歴史から、古楽とパフォーマンスの融合、独自の史観にもとづく器楽や声楽の音楽史、そして斬新なかたちのアンサンブルの追究……とまさに縦横無尽で、いつも新たな衝撃と体験の歓びにあふれていたのだった。

 このさい書かせていただくと、くしくも筆者はこの武久さんと相前後して、あの濱田芳通さんひきいるアントネッロの演奏にもはじめて接し、これも心臓を直撃され、武久さんや濱田さんのような革新派の日本人古楽アーティストたちによる音楽こそ、今日のもっとも熱い最高の音楽と信じるようになったのだった。

 筆者はもともとブリテン諸島やヨーロッパ大陸の伝統音楽を溺愛しており(今でもそうだが)、それらに隣接するアコースティック・ミュージックとして古楽も以前から聴いてはいたのだが、そのほとんどは海外のアーティストの演奏であった。しかし、この日本にヨーロッパに勝るともぜったいに劣らない最高のアーティストたちが(人数は多くはないかもしれないが)存在していて、そのクリエイティヴな音楽活動の一挙一動を体験できると知ったら、迷いはなにもなかった。そのときから今日まで、可能なかぎりの時間を費やして彼らの追いかけをやってきたのである……。

 思い出話を始めるとキリがない。いいかげんに本題に戻って、2日間連続で聴き、2日ともまったく異なった音楽世界を堪能させてもらった、武久さんの演奏について書いてみたい。

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 2月最初の日曜日、2年ぶりの大雪が都内を襲ったあの日、戸頭の産婦人科医院(の付属施設)を訪ねた。雪道をさまよいながらたどり着いてみると、会場は名前のとおり素敵なサロンふうの定員60名ほどの小スペースで、グランド・ピアノとともに久保田工房制作のフレミッシュ・チェンバロがしつらえてあった。今回はこのチェンバロを使ってのフランス音楽のソロ・リサイタルで、武久さんとしてはちょっと珍しい、あるいはひさびさの曲目をたっぷり聴くことができた。

 開演時間になっても雪の止まない天候だったが、熱心なお客さんはつぎつぎにやってきて、けっきょくはほぼ満席の盛況(付記すれば、主催者である院長先生が、途中の緊急コールで中座しながらも、ふたたび戻ってきて聴かれたという熱意にも感激した)。超ウェットな気候で、しかも(慣れ親しんだ自分の楽器ではなく)備えつけの楽器ということで、調律についても、もちろん武久さん自身たいへんな苦労をされたことと思われるが、実際のコンサートが始まってみると、そうしたすべての悪条件を吹き飛ばすような素晴らしいサウンドであった。

 最初の一音から、「ああ、ふたたび武久さんのチェンバロ音楽の世界に帰ってこられた」という喜びに全身が震えた。それは類のない包容力にあふれた、繊細でありながらなんともおおらかで力強いサウンドなのだ。このサウンドを基調にして、たとえばクープランの組曲では、アルマンドの「けだるさ」(けれどもやはり芯のある感じ)から、2つめのクーラントでの足を踏みならしながらのノリノリの激演まで、きわめてダイナミックかつ表情豊かに音楽が展開し、一瞬たりとも聴き手を放すことがない。

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 表情豊かといえば、武久さんは、ソロでもアンサンブルでも描写音楽に独特の強みを発揮しており、過去にもいくどとなく驚くような楽しみを与えてくれたのだが(たとえば武久さんのコンヴェルスム・ムジクムによるヴィヴァルディの《四季》は世界一の《四季》だと筆者は信じている)、今回はその強みが遺憾なく発揮される曲目がたくさんあったのもうれしかった。

 まずフォルクレの人名付きの組曲。武久さんが曲名のエピソードを面白おかしく紹介しながら弾いていくと、まるでそうした人物たちが眼前に現れるかのよう。たとえば、じつは田舎者の大男だったという(フランソワ・)〈クープラン〉では熊がのっし、のっしと歩いていくし、カッコよく自画像を書いた〈フォルクレ〉では、いかにもイキな伊達男が現れる。ヴァイオリン奏者として一世を風靡したという〈ル・クレール〉にいたっては、「カッコいいけれど、ちょっとやりすぎじゃない?」(笑)の説明どおり、しょっちゅう、くるくる回っているような、ちょっとどうかと思うほど快活な人物が登場した。

 このなんとも素晴らしい描写演奏は、第2部ではさらにすごくなって、ひとりの女性の生涯を描写したとされる《フランスのフォリア》では、武久さんの超面白いコメントも含めて絶好調。恥じらいの乙女から、濃厚な大人の女となり、希望をいだいて結婚しマダムとなって、倦怠感を感じはじめたころにカワイイ子供が誕生、さらには浮気した夫への嫉妬……と波瀾万丈のドラマが展開する。この曲は他のアーティストの演奏でもなんどか聴いてきたが、こんなにも明快で面白い曲だったとは! この解釈には武久さんならではの独自の視点も少なからず入っているのだろうが、ともあれ、これこそ説得力に満ちた演奏の極致であった。

 音楽描写では、ほかにもラモーの《雌鳥》の、ウワサ話がカオスのようにどんどん広がってゆくさまなども絶妙だった。

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 ラストは武久さんのお得意の《スキタイ人》がひさびさに登場。これは、チェンバロの衰退期に、蓋(ふた)の開閉機構によって音の強弱を付けたことがあったという忘れ去られた史実を実証してみせる曲目で、実際にはもうひとりの手を借りて演奏中に蓋を開閉するいうオモシロいパフォーマンスなのだ(山川節子さんが助演)。例によってのリズミカルなノリのよい演奏によるこのパフォーマンスをひさびさに楽しませてもらいながらつくづく思ったのだが、音の強弱の面白さはもとより、この曲の繰り返される親しみやすいシンプルでトラッド的なメロディの魅力、そして終わったかと思うとまたぞろ始まるような人を食ったような展開の面白さなど、すべてがなんというかじつに武久さん的なのだった(武久さんの自作曲のトラッド的な親しみやすいメロディや、ときに人を食ったような独特のステージ・トークの魅力などなどを連想してしまう)。

 そして当日のシメとしてアンコール的に演奏された《ポーランド風》では、明快で力強いリズムが最高だった。ともあれ、武久さんならではの骨太でポジティヴなチェンバロ音楽に、いままたあらためて、どんと背中を押されてパワーをもらったようなこの日、筆者は足どりも軽々と雪道を帰っていけたのだった。

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 そしてこの翌日、武久さんはこんどは都内で淡野弓子さんのメゾ・ソプラノ・リサイタルの共演者として登場。前日とは180度違ったユニークな音楽世界を展開してくれたのだが、これについては次回の記事でレポートさせていただくことにしたい。[白石和良]

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