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2008/02/18

白石和良の「闘う古楽&トラッド乱聴記」020──淡野弓子[2008/02/04|ルーテル市ヶ谷センター]

◆淡野弓子メゾ・ソプラノ・リサイタル〜70回目の誕生日に〜
 2008年2月4日(月)19:00 ルーテル市ヶ谷センター

◎演奏
 淡野弓子(メゾ・ソプラノ)
 ウォン・ウィンツァン(ピアノ)
 武久源造(オルガン/ピアノ)

◎曲目
[第1部]
 I.薔薇のときに(ゲーテ詩/グリーグ曲)
   谷川俊太郎訳『マザーグースの歌』より(武久源造:翻案・曲)
   ・なんにももたないばあさんがいて
   ・だいじなだいじな六ペンス
   ・けっして、けっして
 II.王女(ビョルソン詩/グリーグ曲)
   『薔薇は生きている』より(山川弥千枝詩/ウォン・ウィンツァン曲)
   ・湯気
   ・手風琴
   ・薔薇は生きている
   ・風の中の桜
 III.白鳥(イプセン詩/グリーグ曲)
   『薔薇は生きている』より(山川弥千枝詩/武久源造曲)
   ・窓際で見た空の広さ
   ・バラの花よ
 IV.夢(ボーデンシュテット詩/グリーグ曲)

[第2部]
 V.ウォン・ウィンツァン・武久源造・淡野弓子による即興コラボレイション:
   岡本かの子『扉の彼方へ』−樫の木と蒟蒻−
 VI.とびら(目黒浄華詩/ウォン・ウィンツァン曲)

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 前回レポートのチェンバロ・ソロ公演の翌日、武久源造さんはこんどは、淡野弓子さんのリサイタルの共演者として都内のステージに登場した。淡野さんひきいるハインリッヒ・シュッツ合唱団は、以前から武久さんにもゆかりの合唱団で、最近では一昨年12月のコンヴェルスム・ムジクム(武久指揮)のクリスマス・コンサートでの共演が記録に新しい。

 さて、この曲目をご覧になっていったいどんなコンサートを想像されるだろうか。ステージの様子もまたいっぷう変っていた。向かって左手にはグランド・ピアノが、右手にはホールに備えつけのパイプ・オルガンがあり、そのパイプ・オルガンの演奏者の椅子から手の届くところに小型のオルガンが置かれ、さらにその上にはなんとトイ・ピアノが置いてあったのだ(トイ・ピアノといってもヴァイブラフォンのようなクリアーで強い音の出る本格的な楽器だった)。

 これは通常の声楽リサイタルとはまったくかけ離れたもので、淡野、ウォン、武久の3人による斬新なコラボレーションのコンサートであったのだ。ウォンさんについては不勉強ではじめて聴いたが、プログラムによれば神戸生まれのピアニスト、即興演奏家、作曲家でNHKの番組のテーマ音楽や映画音楽の作曲、ピアノ・ソロやジャズ・トリオなどの演奏と多彩な活動で知られるとのこと、いずれにせよ古楽系のアーティストではないところがまた興味深い。

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 第1部は単純にいえば、武久さんとウォンさんがそれぞれ作曲した歌曲を中心にして、そのあいまにグリーグの歌曲を歌うというプログラムだったのだが、楽器演奏(あえて伴奏とはいわない)はじつに多様多彩なものだった。最初のセット(《薔薇のときに》)では武久さんひとりがピアノで演奏したが、次のセット(《王女》)ではウォンさんがピアノを弾くと同時に武久さんが小型オルガンとパイプ・オルガンを弾き、さらに第3のセット(《白鳥》)では武久さんがピアノを主体にパイプ・オルガンもまじえて演奏する──といった具合なのだ。

 武久ファンとして個人的には、マザーグースの詩に作曲した作品のような貴重な自作が聴けることが第1部の最大の注目点であったのだが、じっさい(もちろん演奏も含めて)ひじょうに興味深い音楽をたっぷり楽しめた。

 マザーグースの歌の最初の〈なんにももたないばあさんがいて〉はちょっと予想外にも、たとえていえばドビッシーのようなフランス印象派を思わせる音楽で、じつに思い切りよい演奏を聴かせてくれた。そして『だいじなだいじな六ペンス』は明るく明快な音楽が弾むように演奏されてじつに魅力的であった。このちょっと英国諸島のトラッド・フォークにつながるような印象の親しみやすい歌曲の小品は、武久さんの広大な音楽世界のなかでもひとつの魅力のポイントではないかと筆者は以前から思っているので、これ、これ!と膝を打ってしまったのだが、この楽しい曲はもちろん筆者だけでなく会場のほかの観客もおおいに沸かせていた。トラッド(民族音楽)的な音楽といえば、次のセットの〈湯気〉や〈手風琴〉などいくつかの曲で、武久さんの弾く小型オルガンがまるでアコーディオンのような人懐っこいサウンドを奏でていたのも印象的で、ウォンさんのクリアでモダンなピアノとの掛け合いとしても面白い効果を上げていた。

 遅ればせながらになってしまったが、主役の淡野さんの歌唱は、暖かな陰影にあふれながらも、特定の色をつけないという絶妙なもので、それぞれの作品の魅力をストレートに味わわせてくれた。3人のコラボレーションの点では、とくに第2セットの〈薔薇は生きている〉が筆者としてはこの日のハイライトのひとつのように思えた。ここでは、ウォンさんのピアノの構成力のあるサウンドと武久さんのパイプ・オルガンの多彩なサウンドとの交錯をバックに、じつにノリのよい淡野さんの歌唱が繰り広げられる。この3者の響演はまさにファンタスティック!

 続く第3のセットでは、グリーグ作曲の《白鳥》で、武久さんの暖かみのあるピアノをバックに、淡野さんがひとつひとつの言葉を置いていくような説得力のある歌唱を聴かせたのと、〈バラの花よ〉での作曲者の武久さんの荘重なパイプオルガンが印象的だった。

 第1部最後のグリーグ作曲の〈夢〉は、武久さんがピアノを弾き、静かな音からしだいにダイナミックなサウンドへと展開して、第1部のエンディングにふさわしい盛り上がりを見せた。

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 さて注目の第2部であるが、これは大正〜昭和期の小説家、岡本かの子(画家の岡本太郎の母親)が死の1年前(1938年)に発表した作品をもとにした3人の演奏で、基本的には、淡野さんが短編小説を朗読し、ウォンさん(ピアノ)と武久さん(2つのオルガンとトイ・ピアノ)が演奏するというかたちであった。小説の内容は、それぞれ最初の結婚に失敗した、年の離れた男女(亡くなった学者の娘と書生)が肉欲を超えた思いやりから相手をしだいに理解して夫婦になるという物語で、随所に微妙な感情の襞が描かれているが、真面目・深刻の一本やりではなく独特の軽妙な諧謔味も感じられる(娘が無類の蒟蒻[こんにゃく]好きという設定が笑いを誘う)。

 淡野さんの「朗読」は一本調子に文章を読み上げるようなものとはまったく違う。おそらく文章内容から触発されるフィーリングにしたがっているのだろう、緩急自在のペースによる朗読で、さらに登場人物のセリフの部分などは朗読ではなく歌唱だった(プログラムによるとこの部分の歌は武久さんとウォンさんが登場人物ごとに分担して作曲したという)。そしてウォンさんと武久さんの演奏がたんなる伴奏的でなかったのは第1部同様というかそれ以上で、あるときは2人が朗読内容に呼応し、またあるときは、2人のサウンドどうしが触発しあうといった、まさに斬新な即興たっぷりのコラボレーションであった。

 一例を挙げると、たとえば物語の不安感が増大していくような場面では、不協和音的なオルガンと十二音階的なピアノのサウンドが交錯して激しい即興演奏を展開するというもので、ウォンさんがピアノの内部奏法(弦を直接指で弾く)まで駆使すれば、武久さんはときにはパイプオルガンと小型オルガンを同時に弾くといった激演を展開してくれた。くだんのトイ・ピアノはたとえばセリフの歌唱の部分などで効果的なスパイスを適時与えていたのが印象的だった。

 ここで使用されたテキストはもともとの小説の一部を省略したものだったが、それでもかなりの分量であり(配布された「歌詞カード」はこの曲だけでA4の用紙にびっしり3枚半あった)、上演時間は40分〜50分に達しただろうか。質量ともに圧巻のパフォーマンスであった。

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 当夜のラストは、ウォンさん作曲の《とびら》。夕べの祈りのような静粛な曲で、作者自身による美しいピアノと武久さんの柔らかなオルガンの音が静かに伴奏をつとめていた。前例のないコンサートを聴かせてもらったが、筆者としては、武久さんのコンテンポラリー・ミュージックでの活動にひさしぶりに接することができたのもうれしかった。

 ちなみに来月には、『神に勝つ』という壮大なタイトルの武久さんのバリバリの最新作品を淡野弓子指揮ハインリッヒ・シュッツ合唱団が上演するコンサートも予定されており(3月12日、東京カテドラル・マリア大聖堂にて)、いったいどのような音楽を聴かせてくれるのだろうか。これもひじょうに楽しみである。[白石和良]

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