白石和良の「闘う古楽&トラッド乱聴記」021──アントネッロ[2008/02/16|兵庫県立文化センター]
◆アントネッロとめぐる音楽の旅──花咲けるルネッサンス
2008年2月16日(土)14:00 兵庫県立文化センター 小ホール
◎演奏:アントネッロ
濱田芳通(リコーダー&コルネット)
石川かおり(ヴィオラ・ダ・ガンバ)
西山まりえ(トリプル・ハープ、イタリアン・チェンバロ)
◎曲目:
[第1部]
1.第8旋法によるトッカータ第2番(ジョヴァンニ・マリア・トラバーチ)
2.ソナタ第2番「主よ、憐れみ給え」(ジョヴァンニ・バティスタ・フォンターナ)
3.何で顔を洗いましょう?(ミゲル・デ・フェンリャーナ)
4.パッサカリア「小さなジャック」(ジローラモ・ダラ・カーザにもとづく)
5.グリーンスリーヴス(古謡)
6.フォリアス(アントニオ・マルティン・イ・コル編纂による)
7.涙のパヴァーヌ(ヨハン・ショープ〜ジョン・ダウランド原曲)
8.今こそ去らねばならぬ(ヤコブ・ファン・エイクにもとづく〜ジョン・ダウランド原曲)
[第2部]
1.第1旋法によるスペイン風パッサカリア(即興演奏)
2.カンツォン第1番(バルトロメオ・デ・セルマ・イ・サラヴェルデ)
3.スザンナ・パッセジャータ(バルトロメオ・デ・セルマ〜オルランド・ディ・ラッソ)
4.ソナタ第1番(ダリオ・カスティッロ)
5.ソナタ第2番(ダリオ・カスティッロ)
6.パッサカリオ
7.チャコーナ(フィリポ・ファン・ヴィッヒェル)
[アンコール]
1.英国のナイチンゲール
2.パッサカリア
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あの《オルフェオ》公演の興奮もさめやらぬなか、こんどは音の響きの素晴らしいホールで、もっともベーシックな編成によるおなじみの曲目(即興演奏たっぷりの17世紀のヒット・ソング)を演奏するアントネッロを聴いて、あらためてそのすごさに身震いを覚えた。
兵庫県立文化センターの小ホールはすべて木製の内装で、ステージがいちばん下のレヴェルにあり、段になった客席がそれを360度とりかこむというユニークな小空間だ。なによりもアコーステック楽器の響きが美しく明瞭で、しかもけっして響きすぎないので、古楽やトラッド・フォークにはまさに最適できわめて心地よい。じつは昨年秋にスウェーデンの最高峰のトラッド・グループ、フリーフォートの公演をここで聴いて感激したおりに、本日のアントネッロの公演のチラシを見つけてそれから心待ちにしていたのだった。本日はその期待どおりどころか、それ以上の極上の音楽体験をさせてもらった。ホールも素晴らしかったが、なによりもアントネッロこそは日々進化(深化)しつづけている驚異のアンサンブルなのだ。
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コンサートは、西山さんのハープのソロによる《第8旋法によるトッカータ》でスタートした。陽光を浴びてきらめくような明るく明瞭な音によって、室内はゆったりと浄化されていく。そして2曲目の《主よ、憐れみたまえ》に入り、いよいよ濱田さんの、のびのびとしたリコーダーの登場である。すると西山さんはこんどはチェンバロにチェンジして、石川さんのガンバとともにじつに濃密な通奏低音を演じて、自在に飛翔する濱田さんとインタープレイを交わしてゆく。アントネッロならではのゾクゾクする音楽空間であるが、今回はとくに細かな音がより明瞭に聴けた印象で、3人のインタープレイが従前に感じていた以上にも、じつにきめ細かくおこなわれていたことをいまさらながらに実感した。無類のスリルやノリのよさはもとより、この濃密な相互触発的な超絶演奏によって、アントネッロは必要最小限の楽器編成で、(ともすると朴訥なばかりの音楽と誤解されかねない)バロック以前の音楽に無限の奥行きをもった音宇宙を構築しているのだ。
さて濱田さんのもうひとつの必殺楽器であるコルネットが登場するのが、西山さんのハープをともなって演奏された次曲《何で顔を洗いましょう》と、ひきつづいて演奏された《小さなジャック》だった。シャープでちかちづよく透徹したその響きは以前から圧巻だったが、筆者の個人的な感想では、いつのころからか、同時にえもいわれぬような甘美な響きも強く感じられるようになり、本日もその両者が分かちがたく結びついた無二の音であった。濱田さんのコルネットは、そのゆったりした響きに身をゆだねているだけでも悦楽だが、《小さなジャック》ではこの響きのままで超絶の高速パッセージの連続攻撃があり、そのスリリングな演奏の快感には、わなわなと震えてしまった。
そのスリルは次の曲ではさらに増していった。冒頭からハイウェイを疾走するごとくリコーダーが自在に飛ばしまくる《グリーンスリーヴス》。そのリコーダーをヘヴィでパワフルなチェンバロとガンバの音の洪水が追いかけてゆく。耳もくらむ(?)ばかりの音の悦楽! 飛ばすといっても直線的なノリの音楽とはおよそ違う。うねりのある音が空間を縦横無尽に駆けながら交錯して、重層的なサウンドをスリル満点に織りなしていくのだ。それにしても、あとからあとから沸きいずるようなパワーのはちきれた音で、旧来の様式感を飛び越え、自在に即興演奏を展開する濱田さんのリコーダーのソロを、いったい何に例えればよいのだろうか。適切な例えではないかもしれないが、筆者としては、先のコルネットも含めて(音楽はまったく違うけれど)オーネット・コールマンのようなニュー・ジャズの巨人たちの名演につながるような印象をうけてしまう。すごく熱いけれども究極のクールな(もちろんスタイリッシュでカッコイイという意味も含めて)演奏なのだ。スリリングな演奏の中に《グリーンスリーヴス》の耳タコのメロディが現れては変容していったが、これは「古謡グリーンスリーヴスにもとにした自由な変奏」などではなく、これこそこの古謡のほんらいもっていた音楽的なパワーを現代に炸裂させた演奏なのだと思う。そのような確信と説得力が強く感じられる演奏でもあった。
本日のもうひとつのハイライトは西山さんのソロ演奏だった。次の《フォリアス》はハープのソロで、第2部の冒頭の《スペイン風パッサカリア》はチェンバロのソロで演奏された。まず《フォリアス》である。西山さんの《フォリアス》といえば、ソロやニコラウ・デ・フィゲィレドとのデュオでのまさに激烈なチェンバロ演奏がまず思いうかぶが、今回のハープ・ソロによる演奏も聴きものだった。今回のソロでは、従前以上に余裕たっぷりでタメのある演奏ぶりが印象的。いってしまえば聴き手をなかばじらすようにしながら、そうしてまたリズムを大胆に揺らしたコクと粘りのある音で聴き手をぐいぐい引き込んでいった。この演奏は筆者の耳には、たんに民族音楽的な演奏というより、アイリッシュなどのトラディショナル・フォーク・ミュージックの名手の演奏にも通じるフィーリングが感じられた。いっぽうのチェンバロ・ソロの《スペイン風パッサカリア》は、終始高いテンションに貫かれながらもじつにしなやかでエモーショナル。これもまたみごとな演奏だった。
前後したが《涙のパヴァーヌ》は、リコーダーとハープによる演奏で、やはりリコーダーが軽やかに空間を駆けめぐりながら、あの有名なテーマをまったく自在に崩しながら演じていった。
第1部のラストの《今こそ去らねばならぬ》はリコーダー、ハープ、ガンバによる演奏で、ほかの曲もそうだが、この曲ではとくに濱田さんの身体全体を使ったダイナミックな演奏姿勢で(ときにはのけぞるように、ときには前のめりにと……)、大きく軽やかに飛翔するサウンドを聴かせてくれた。「軽やかに」といっても、次の瞬間にはきわめてアグレッシヴなリズムや入魂の激吹きに移行するので、聴き手のほうも一瞬もテンションが落ちることはない。これもまたアントネッロならでは。
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第2部の2曲目の《カンツォン第1番》はリコーダー、チェンバロ、ガンバによる演奏。軽やかで、しなやかなリコーダーと、重厚なコクのあるガンバ&チェンバロの対比の妙が楽しい。つづく《スザンナ・パッセジャータ》はハープとガンバのデュオで、ガンバの熱さがすごい。この曲にかぎらないが、本日はまた石川さんのダイナミックで縦横無尽なガンバの弓づかいもひじょうに印象的だった。2つの《ソナタ》は、リコーダー、チェンバロ、ガンバによる演奏で、透明感のあるリコーダーとコクのある通奏低音(この2曲ではとくにチェンバロが大迫力)の絡みが面白い。
そして濱田さんの親しみやすい楽器紹介のトークをはさんで、いよいよ本日のクライマックスの2曲、《パッサカリオ》〜《チャコーナ》が続けて演奏された。前者はコルネット、ハープ、ガンバの編成で、朗々と歌うコルネットが絶品だった。そして《チャコーナ》。アントネッロの《チャコーナ》と聞くだけで、もうワクワクしてしまう。アントネッロこそは数多くのステージやCDを通してこの魅力的なダンス・ミュージックの真髄を今日に復活させたアーティストなのだから。今回は3人の細やかなインタープレイがとくに印象的だったが、やはり聴く人すべてを幸福にしてしまうアントネッロならではの心踊らせるチャコーナだった。
お客さんのなかには、アントネッロの来訪を心待ちにしていたファンもいれば、彼らの演奏も、またおそらくバロック以前の音楽にもはじめて接した方もいたようだったが、ともかくアントネッロがこの場所で演奏するのは今回がはじめてということで、大きなインパクトがあったにちがいない。そのことは割れるような拍手がなによりも物語っていた。また濱田さんの意図どおり、この音楽を聴いて不思議な懐かしさをおぼえたといった声も耳にした。
満場の拍手にアントネッロは再三ステージに呼び戻されて、2度のアンコール演奏をおこなったが、アントネッロらしく、そのアンコール曲もまたパワー全開で聴かせてくれたのだった。
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アントネッロの快進撃はこれからも途切れなく続く。「アントネッロ外伝」としての「メディチ・ブラス・コンサート」(2月23日:鷹羽スタジオ、24日:近江楽堂)、ひきつづいてラ・ヴォーチェ・オルフィカとの共演での「スペイン音楽の500年」と題されたコンサート(2月29日:東京カテドラル・マリア大聖堂)も予定されている。[白石和良]
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