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2008/05/03

白石和良の「闘う古楽&トラッド乱聴記」026──西山まりえ[2008/04/27|鐵の家ギャラリー]

◆鐵の家ギャラリー チャリティー・コンサート
 チェンバロの祝日 フランス王妃マリー・アントワネットの音楽サロン
 2008年4月27日(日)14:00 市川市・鐵の家ギャラリー 明治倶楽部

◎出演
 西山まりえ(チェンバロ)

◎曲目
[第1部]クロード=ベニーニュ・バルバトル(1727−1799)作曲
 1.前奏曲(1777)
   序曲 ラ・ドゥ・カーズ(1759)
   ラ・デリクール
   ラ・カステル・モル
 2.ラ・クール・タイユ
   ラ・ベヨー
 3.ラ・ベルヴィユ
   ラ・シュザンヌ
   エアー〜ゲイ
[第2部]ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756−1791)作曲
 ソナタ イ長調KV300(1778,Paris)
  第1楽章:アンダンテ グラツィオーソ
  第2楽章:メヌエット
  第3楽章:トルコ風アレグレット(トルコ行進曲)
[アンコール]
 モーツァルト ソナタ へ長調 第2楽章

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1年じゅうでもっとも気持ちのよいこの陽光の時期に、西山まりえさんは、出身地の市川市にある緑に包まれた素敵なギャラリーで、毎年チェンバロ・ソロのチャリティ・コンサートを自主開催しており、今年で3回目をむかえた。たいへん奇特な催しであり、同時にわれわれファンにとっては大きな愉しみになっているのだ。

今回はタイトルどおり18世紀のヴェルサイユ宮殿〜マリー・アントワネットにちなんだ音楽のプログラムで、前半ではマリー・アントワネットのクラヴサン(チェンバロ)の教師をつとめたバルバトルの作品が、後半では少年時代にアントワネットの御前演奏をおこない、そして彼女にプロポーズしたというエピソードをもつモーツァルトのソナタが演奏された。ちなみに西山さんの紹介によれば、バルバトルはたいそうな色男の人気者で、貴婦人たちはみな「私にもクラヴサンを教えて〜!」と希望し、果ては彼が行ったサン・ロック教会での深夜のミサは「キャー! バルさま〜!」という黄色い声が群がりすぎたためにけっきょく中止になってしまったとか(笑)。こうした西山さんのリラックスしたトークはとても楽しいが、次の瞬間には恐るべき集中力の演奏に全身全霊で突入するのだから、聴き手としては毎度のことながら、そのショックにひっくり返りながらも法悦の笑みを浮かべて聴き入るしかないのである。

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さて演奏は、散文的な曲でありながら独特の力強い表現で聴かせた《前奏曲》からのセットで始まった。《序曲 ラ・ドゥ・カーズ》では沈みこんだ彫りの深い表現で、重量感のある低音と美しい高音のハッとするような鮮やかな対比が印象的。スロー・テンポで散文的にぽつりぽつりと語る《ラ・デリクール》でも、やはり独特の音の重さが説得力を生み出していた。そして《ラ・カステル・モル》での激しいリズムに乗った右手の高音部の激演、軽やかでありながら同時にヘヴィなとでも形容すべき演奏はまさに圧巻!

西山さんのチェンバロはいつでも狂暴なまでの美しさにあふれている。「狂暴」などどいうご本人のお人柄には200%似つかわしくない形容を使ってしまったが、ともかく尋常な魅力ではないのだ。花にたとえれば、真夏の炎天下にカッと全開に咲いた向日葵の大輪だろうか。圧倒的な美のパワーと説得力で聴き手に襲いかかってくるのである。2曲目のセットでは、《ラ・クールタイユ》は、とびぬけて明るくキレのよい音でつづられ、同時に少々滑稽味も感じられるようなテーマの演奏がじつに魅力的。そして《ラ・ベヨー》はなにかに憑かれたような激しい演奏ながらも、じつにリズミカルで明るく、しかし軽やかな音でも独自の存在感があった。ところで、一般にはピアノは身体全体(腕全体)で弾き、チェンバロは手先で弾くものといわれていると思うが、とくにこの2曲の演奏を見ていて、西山さんのチェンバロ演奏のスタイルは、文字どおり全身をダイナミックに使う独特のスタイルといまさらながらに感じたのだった。

そして後半のモーツァルトへの橋渡しとして、モーツァルト的なスタイルで書かれているという、過渡期のバルバトルの3曲のセットが演奏された。西山さんの紹介どおり、たしかにこれまでの曲よりもどことなく洗練された趣の曲で、とくに冒頭の《ラ・ベルヴィユ》はそうした趣に従って、磨き上げられたような美音での思索的な演奏が展開された。そして細やかな高音が印象的な《ラ・シュザンヌ》を経て、《エアー〜ゲイ》では、明快なダンスのリズムに乗ってくるくる回転するように大迫力で演じられたが、たんにノリがすごい演奏というより、濃厚な情念の響きがすごい。西山さんはダンス曲をダンス曲として演じながら深い情念のこもった曲に変貌させてしまうのだ。

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さて後半では、いよいよ期待の西山さんのチェンバロによるモーツァルトである。西山さんのトークでも、モーツァルトをチェンバロで演奏することはけっしておかしなことではないが、一般にはピアノの演奏で親しまれていると紹介があったが、じっさいこうした演奏を聴く機会はあまりないはずで、もちろん(筆者の知るかぎり)西山さんの演奏でもたぶんはじめてか。しかし、これがまたじつに新鮮な音楽体験だった。

響きすぎをあえておさえたような瀟洒な音でスタートして、明るいサウンドをまき散らしながらしだいにテンポを上げて軽やかに進んでいき、その後、リュート・ストップを使った個性的なサウンドの演奏が展開された。このリュート・ストップを使ってまったく独自の趣の音楽を展開することは、西山さんの以前からのまたひとつの秘技といえるもので、筆者の勝手な推測でいえば、ハープの名手でもあり、地声を使った独創的な歌手でもある西山さんの音楽世界は、通常のチェンバリストよりもはるかに広大であり、そのようなヴィジョンに立ってサウンドを構築しているがゆえに可能なことではないかと思う。

そして《メヌエット》がニュアンスたっぷりに演じられた後の《トルコ行進曲》! おなじみのテーマが歯切れのよいリズムで進んでいったが、コクのあるヘヴィな西山サウンド全開で、完全に心臓をわしづかみにされてしまった。

西山さんのチェンバロで聴くモーツァルトは、総じていえば、100%チェンバロ音楽のレパートリーにくらべて瀟洒な傾向の音で、またどこかピアノ的なストレートな響きが感じられて、あたかも初体験の楽器を聴いたかのようなほんとうに新鮮な体験だった。多彩な西山さんの音楽世界が、今回のコンサートでまたひとつ新たな展開をみせてくれたが、かぎりなく欲ばりの聴き手としては、これからもっと聴かせてほしい音楽がまた増えてしまったとうれしい悲鳴をあげるばかり。こんどは5月9日のアントネッロのステージが待ち遠しい(西山さんが参加しているアントネッロのコンサート予定の詳細については、アントネッロのオフィシャル・サイトに掲載されている)。[白石和良]

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