« 音楽非武装地帯 by onnyk[002]霊界の音楽 | トップページ | 書斎のピアニスト──高橋悠治|2008/06/19 »

2008/06/17

沼野雄司のボストン通信02(2008/06/12)

 6月のボストンはやや天候不順ながらも、基本的には気持ちのよい気候です。卒業式が終わったハーヴァードの構内からは学生が一気にいなくなり、そのぶん、空のブルーと樹木のグリーンが目にしみます。

 + + + + + + + + + +

Photo 前回の通信から、ちょうど一カ月ぶりですが、この間は図書館と自宅にこもって、今年度末にコロラドで開かれる学会に発表申請するための下調べをやっていました。おかげで演奏会にもあまり出かけず……。前回にお知らせしたファーニホウ個展は充実したものでしたが(演奏会後に少し話をしましたが、曲とは対照的にきさくなオジサンだった)、あとは若手の作品発表会や地元のジャズ・クラブに顔を出したくらいで、特筆すべきものはなし。むしろ、この一カ月でもっとも感銘を受けた「アメリカ的演奏会」は、娘の通う学校の合唱発表会だった気がします。

 もちろん技術的には、たいしたことはありません。しかし、このブルックラインの公立校(日本風にいうと小1から中2までがいっしょに通う)は各国からの駐在や研究者の子どもが多く、舞台にならんだ彼らのヴァラエティあふれる顔立ちを眺めているだけで、興味がつきない。東洋系、アフリカ系、ヨーロッパ系などがごちゃまぜになっていて、みな髪も眼の色も違うし、背格好も異なる。足の悪い子もいれば、落ち着きなく動いている子もいる。素晴らしいソロを披露する子もいるいっぽうで、ほとんど口が閉じたままみたいなのもいる。しかしながら、この子たちがともかくはいっしょに英語の歌をうたうのを見ていたら、ちょっとジーンとしましたね。大げさにいえば、アメリカという国がもっている、もっとも美しい理念のようなものが、そこには象徴されていた。

 ちなみに、こうした子どもの歌を聞いていると、日本人とは微妙に音程の取り方が違うことが、かえってよくわかります。6度の跳躍なんかが、じつに気持ちよく響く。もっとも、これは音感というよりは、英語という、子音が強い言語のせいもあるのかもしれません。日本語の歌でも大きく跳躍した先の音が「カ行」や「タ行」のように子音が立った言葉だと、いくぶん音が取りやすい気がするのですが、どうでしょう。

 + + + + + + + + + +

 少し研究の話題も出しておきます。
 僕がボストンでやっているのは、大きくいえば、両大戦間のアメリカにおける音楽と社会主義の関係なんですが、これは近年、アメリカの音楽学者のあいだでもよくとりあげられるトピックスです。これはつまり、ソ連という「敵」がいた冷戦時代が完全に過去のものとなったという背景があるからでしょう。

 われわれは「アメリカ」と「社会主義」を水と油のように捉えがちですが、20世紀前半においてはこの国でも社会主義・共産主義の大きなムーヴメントがなんども起こり、たとえば1920年の大統領選のように、社会党の候補が100万票近くを得たこともあります(このとき、当選した共和党のハーディングは1600万票)。もちろんその後も、よく眺めてみると現在にいたるまで無視できない流れが脈々と続いている。ちなみに、アメリカ共産党という政党は、今もちゃんと存在しています(「CPUSA」で検索をかけるとメイン・サイトが出てきます。ここのFAQは最高に面白い)。

 数年前から、他のいくつかと並行しつつ、少しずつこのテーマについて調べはじめていたのですが、その間に注目していたのがルース・クロフォード研究で知られるJudith Tick(Northeastern)、コープランド研究のErizabeth Crist(Prinston)、そして1920年代のアメリカ音楽界の緻密なパノラマを描いたCarol Oja(Harvard)といった学者たちの仕事で、面白いのはこの3人ともが女性であること。もちろんこれに意味を求めることじたいが問題ではあるんですが、それでもあえて解釈するならば、ジェンダー論的な視線から発するマイノリティへの関心が、アメリカの左翼という「弱者」へ向かったということなのかもしれません。

Photo_2 けっきょく、僕はOjaさんのいるハーヴァードに来たわけですが、彼女とこれまで読んだ本や論文について話しているうちに、重要な文献がひとつ、すっぽりと抜けていることを指摘された。Michael Denning: The Cultural Front(Verso,1997)です(上の写真)。考えてみれば、これまでに参照してきたいくつかの論文の文献表でこの書籍の名を見かけたような。で、あわててざーっと読んだわけですが、これは僕にとっては素晴らしく有益な本で、まったくうかつでした。またいっぽうで、昨年のアメリカ音楽学会の年次大会のプログラムを眺めていたら、Ojaさんがバーンスタインとマッカーシイズムについて発表していることを知って、あわてて調べてみたりと(彼女の次の本はバーンスタインだそうですから、この論考もそこに収録されるのでしょう)、右往左往しつつの2カ月ほどをすごして、なんとかいろいろな筋道が見えてきたところです。

 アメリカの芸術と社会主義といった大きなテーマにかんして、現在の僕が試みているのは、ヴァレーズという作曲家を軸にしてこの問題を切り取るということです。もちろん、実際にアメリカの左翼政党とかかわりがあった作曲家たちとは異なり、ヴァレーズは実際に政治運動の渦中に身を投じたことはありません。しかしながら、フランス移民としてほぼ一文無しでニューヨークに到着し、アメリカにおける社会主義の発展とそれゆえの赤狩りが交互に繰り返されるなかで創作を続けた彼の軌跡を追っていくと、いたるところで奇妙なサインにでくわすわけです。この断片をつなげてゆくと、なかなか面白いことがわかってくる、と。

Photo_3 ちなみに今回の学会発表申請は、2年前のスイスでの一次資料調査と今回アメリカに来てからの周辺調査を合わせて、ある仮説を提示するというもので、この一カ月で集中的に作業をしたおかげで、いちおうの形にはなりました。じつはこれまで国際学会では日本の現代音楽についての発表ばかりだったので、今回はアメリカ音楽にかんする研究を、アメリカの学会で発表するという点が、ひじょうに楽しみではあります(といっても、申請が通らなければしかたないわけですが)。

 + + + + + + + + + +

 ──と、今回は引きこもっていたおかげで、あまりダイナミックな話になりませんでしたが、6月後半からは、またいくつか現代音楽関係の演奏会やシンポジウムがあるので、面白いものを見つくろって、ここで報告したいと思っています。


[おまけ]

Photo_4 アメリカの車の標準的なナンバープレートには、それぞれの州のキャッチフレーズが記されているんですが、マサチューセッツ州の場合は「The Spirit of America」(下の写真)。たしかにここはアメリカ発祥の地でもある。ちなみにカッコいいのは隣のニュー・ハンプシャーで「Live Free or Die」。自由に生きられないならば死んだほうがまし、というわけで、みんながそんな文句をかかげて走っているというのも、すごい。

|

« 音楽非武装地帯 by onnyk[002]霊界の音楽 | トップページ | 書斎のピアニスト──高橋悠治|2008/06/19 »

コメント

おお、The Cultural Front、私も博士論文を書いている時に読みました。懐かしいです。音楽関係の記述も多かった記憶があります。Paul RobesonのBallad for Americansに興味をもって、楽譜やら音源を探したこともありました。

内容のないコメントで申し訳ありません (^^;;

投稿: たにぐち | 2008/06/17 19:46

コメントにきづかず、すみません!
まさしく、読みがいのある本ですよね。
Denningは10月にシンポジウムでharvardに
来るので、ちょっと楽しみです。

投稿: numano | 2008/06/23 02:36

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/29830/41562164

この記事へのトラックバック一覧です: 沼野雄司のボストン通信02(2008/06/12):

« 音楽非武装地帯 by onnyk[002]霊界の音楽 | トップページ | 書斎のピアニスト──高橋悠治|2008/06/19 »