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2008/06/23

ワーク・イン・プログレスの音楽のもつグルーヴ──バッハ・コレギウム・ジャパン|2008/06/21

◆2008年6月21日(土)18:00 ミューザ川崎シンフォニーホール

◎曲目
バッハ/ブランデンブルク協奏曲第1番 ヘ長調 BWV1046
    ブランデンブルク協奏曲第2番 ヘ長調 BWV1047
    ブランデンブルク協奏曲第1番 ト長調 BWV1048
    ブランデンブルク協奏曲第1番 ト長調 BWV1049
    ブランデンブルク協奏曲第1番 ニ長調 BWV1050
    ブランデンブルク協奏曲第1番 変ロ長調 BWV1051

◎演奏
鈴木雅明(指揮・チェンバロ)
バッハ・コレギウム・ジャパン

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BCJが《ブランデンブルク》全曲をやるというので、川崎まで行ってきた。

ミューザ川崎ははじめて。かなりの勾配のあるワインヤード形で、ぼくが座ったのは4階だったけれども、おおげさにいえばステージを真上から見おろすようなかんじでおもしろい。2000席の大ホールだが、疎外感はあまり感じなかった。

客の入りはとてもよく(当初は売る予定ではなかった舞台後方左右の席も急遽売り出したとか)、鈴木雅明/BCJの《ブランデンブルク》をひと晩で全曲聴けるということや、ディミトリー・バディアロフ、フランソワ・フェルナンデス、寺神戸亮という3人がヴィオロンチェロ・ダ・スパラ(肩掛けチェロ)で参加するという企画性も、確実に聴衆に伝わっていることが感じられる。

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終演後に会った山尾敦史さん(最近よくお会いしますね)が「《ブランデンブルク》ってほんとうに変な曲だよね」と言っていたけど、まさに同感。1曲1曲、とっても無理のある楽器編成で、それも「この楽器にやらせるの?」っていうソロがふんだんに散りばめられる。まさに実験精神の横溢する、たぶん当時としては「アヴァンギャルド」といってもいい音楽。それを300年後にも「名作」として通用させてしまうバッハの力業はほんとうに偉大なのであるが、この「変」さのほうを伝えてくれる演奏にはめったに出会わない。その意味で、この日のBCJの演奏は、演奏者自身の「実験精神」が遺憾なく発揮され、この音楽の本質を浮き彫りにするものだった。

そもそも、第1番におけるコルノ・ダ・カッチャ、第2番におけるナチュラル・トランペット、さらにいえば「バッハが用いたにちがいない」ということで今回採用されたヴィオロンチェロ・ダ・スパラは、ある意味「未完成」の楽器である。現代のわれわれが聴いていて、音色として違和感を感ずるのはおそらく、こういう未完成の楽器と、あるていど歴史的に洗練されて当時すでに完成の域をみていたと思われるヴァイオリンやリコーダー、オーボエなどの楽器が共存し、音響に名状しがたいひずみをもたらすところだと思う。

洗練の対極にあるもの、それは野生である。バッハは緻密に構成され調和された音楽に、容赦なく「野生」をぶちこむ。それら未完成の楽器の「野生」をどのようにして統御するか。「野生」を飼い馴らすのではなく、対比の様式のなかで、未知なる音響を現出させること──バッハは協奏曲という形式のなかにその可能性をみたのではないか。

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そして、そのバッハの実験精神は、つねに「ワーク・イン・プログレス」の音楽であるところの古楽という精神のなかでしか、おそらくは見出されえないものだ。「クラシック(古典)」として、完成形の芸術を再現することを旨とするのではなく、「探究」としての演奏──それが「ピリオド・パフォーマンス」の醍醐味だ。ただたんに、歴史的に正しい楽器や奏法で演奏するというだけではなく、より積極的に、作曲家とともに考え、発見し、驚き、感動する音楽としての古楽。

鈴木雅明とBCJは結成以来18年間、実験・探究と演奏とが文字どおり「イコール」であるような活動を展開してきた。探究のダイナミズムが、そのまま演奏のモティヴェイションとなりグルーヴとなっているのがよくわかる。そして、音楽と演奏だけではない、三位一体のかかすべからざるもうひとつの要素である聴衆をも、かれらはしっかりと育てている。

第2番のトランペット・ソロ。技術的にも音域的にもヴァルブ機構をもたないナチュラル・トランペットにとっては「無理」としかいいようのないこのパートに、島田俊雄が果敢にいどむ。そして、ところどころ傷のある(ふつうなら舞台にはかけられないような出来の)演奏に、聴衆は「よくやった!」と満場の拍手でこたえる。ただかれが「がんばった」ことにたいする拍手ではない。バッハがあえてこの楽器のためにこのソロを書いたことの意味を聴衆もまた考え、ナチュラル・トランペットの音色こそがその音楽に適していると判断し、それを島田が(鈴木とBCJが)敢行したことを称え、次の機会にはより素晴らしい音楽をつくってくれることを期待しての「よくやってくれた!」という拍手なのである。

聴衆もまた「ワーク・イン・プログレス」のグルーヴを愉しんでいる。それが古楽のいちばんの醍醐味といえるだろう。[木村 元]

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