白石和良の「闘う古楽&トラッド乱聴記」029──ビスメロ[2008/08/05]
◆Vis Melodica@横浜裏町
2008年8月5日(火)20:00〜 ルタン(Le Temps Perdu)(横浜市・野毛町)
◎出演:ビス・メロディカ(Vis Melodica):
辻康介(歌)
近藤治夫(バグパイプ、ハーディ・ガーディ他)
福島久雄(ギター)
鈴木広志(サックス)
立岩潤三(パーカッション)
◎曲目(筆者の責による聞き書き):
[ステージ1]アルカシム、十五夜お月さん、少年、カーサ・ドール、もてもてサラセン人 ほか
[ステージ2]人買船、ママの口紅、石油を掘ろう、カーサ・ロサーダ、ベラ・チャオ ほか
[ステージ3]ゴリツィア、花の色は、空飛ぶ絨毯、きれいなねえちゃんよ、ゴリアルドのアヴェ・マリア
+ + + + + + + + + +
古楽やカンツォーネから日本語による自作曲までジャンルを超えた活動を展開している鬼才シンガー、辻康介さんがかかわっているグループはいくつもあるが、なかでもこのビスメロはその中核といえるものだ。ビスメロとは、Vis Melodica(ビス・メロディカ=「旋律の力」の意味)の略で、辻さんを中心にして、バグパイプ〜古楽器奏者の近藤治夫、ギタリストの福島久雄、サックス奏者の鈴木広志、パーカッション奏者の立岩潤三が集った超強力なグループだ。全員が幅広い高度な音楽性をもったアーティストで、それぞれ一国一城の主として自身のグループでも音楽活動をしており、またメンバー相互の交流もさかんだ。たとえば、近藤さん率いる中世音楽グループのジョングルール・ボン・ミュジシャンには、重要な歌手兼語り手として辻さんが参加しており、また福島さんのジプシー・スウィング・プロジェクトには鈴木さんも参加、その鈴木さんのサックス・アンサンブルには辻さんがしばしばゲスト出演しているのだ。さらにこのビスメロも5人のフル編成のばかりではなく、2人のデュオから3人、4人とときによってさまざまな編成で活動している(正確にはフル編成以外はビスメロの名を冠していないようだが)。
さて、とくにフル編成のビスメロがサウンドを全開にしたときのすごさ、なかでもここ、野毛町のルタン(ベルギー・ビールが美味しいお店である)のアットホームな小スペースで繰り広げられる熱気ムンムンのライヴは、これまでなんども体験していてそのすごさを熟知していたつもりの筆者であったが、今回はまた予想を超えた斬新な音楽体験に身も心も奪われてしまったのだった。今回のポイントを要約するならば、まずさまざまな新曲が多数披露されたことで、加えてサウンド面でも個々の楽器の音がこれまで以上に明瞭になって、グループ全体のユニークな音楽がさらに強く押し出されてきた印象を受けた。
ここであわてて話を戻さなければらない。日本語やイタリア語でのエモーショナルな歌唱とならんで、バグパイプとバリトン・サックスが激しく絡み合うといったビスメロの音楽はジャンル分け不可能な類例のない音楽なので、ライヴや本年についにリリースされたCDで体験しなければ、その魅力や楽しさを想像できないだろう。それを承知のうえでつたないレポートを書かせていただくのだが、彼らの魅力のほんの一端でもお伝えできればと願っている。
+ + + + + + + + + +
さてルタンでのビスメロのライヴの恒例で、ステージはボリュームたっぷりの3部構成だ。まずステージ1では、いきなり福島さん作曲のおなじみのインスト曲《アルカシム》が登場した。ジャズをはじめさまざまな音楽背景をもった福島さんによるこの曲は、意表をついてケルティック・フィーリングたっぷり。まるでアイリッシュやスコティッシュのダンス・チューンのようなメロディのリフがすごく印象的な、いちど聴いたら忘れられない大傑作なのだ。それも単純にリールやジクの模倣ではまったくない創意炸裂の無国籍音楽で、循環コードに乗ってサックス、バグパイプ、パーカッションなどのノリのよいソロが繰り広げられ、そして途中でギターの早弾きをきっかけにして曲想が大胆に変貌していく。今回の印象をひとことでいえばまさに「圧巻」で、各人の名人芸を堪能できた。ビスメロはシンガーの辻さんがリーダーであるにもかかわらず、このようなインスト曲(辻さん自身は太鼓やパーカッションで参加)も充実しているのだ。
続く2曲目は、現代詩人の作品をビスメロならではコンテンポラリー・ミュージックに仕立てた曲で、言葉を置いていくような日本語の歌唱と演奏のシュールな交錯が聴きものだが、今回はまたクリーンな声の伸びのよさや、ピックアップ付きの生ギターのいっそうアグレッシブヴな演奏が印象的で、全体として従前以上にブキミかつファンキーな感じが強調されていた。
そして登場したのが、驚きの新曲、なんと童謡の《十五夜お月さん》なのだった。この誰でも知っている歌をビスメロは、古雅な香りたっぷりの優しい歌唱にギターのワウワウが重なっていくという独創的な解釈で大人の歌としてムーディに聴かせてくれた。
さらに次曲もまた新曲で、《少年》と題されたカンツォーネをもとにした日本語による作品。辻さんはかねてからカンツォーネを原語で歌うばかりでなく、自身で日本語化して歌ってきた。それらの日本語の歌は翻訳というより、もはや自身の創作作品で、独特のオモシロイ言語感覚があふれた歌謡の世界なのだが、この歌もまたしかり。恋に目覚めた少年に「路地裏でサッカーにでも興じていたほうがいいぞ」と諭す内容の歌なのだが、それをあえてとんでもなく語数を多くした日本語歌詞と格闘するような歌唱と、妙なる感覚の演奏のとりあわせで料理してくれた。
続いて近藤さんの作曲による、中世音楽やヨーロッパ各地のトラッドの滋養をつめこんだ無国籍風インスト曲、《カーサ・ドール》。後述の《カーサ・ロサーダ》とともに以前からのおなじみの曲だが、とくに今回は音の分離がよい印象でバグパイプのソロもいっそうくっきりと響いた。また立岩さんのダルブッカのソロもクリアな音でまさに鮮烈。ソロの直後には満場の観客からの拍手がわいたのだった。
ステージ1のラストは辻さんが昔から歌ってきた《もてもてサラセン人》。これもカンツォーネにもとづく日本語の歌の1曲なのだが、もはや原曲から独立した辻歌謡の代表曲のひとつとして、ファンには耳タコの歌。芝居っ気たっぷりのディープでユーモラスな歌唱が実に楽しく、またラスト近くで全員が疾走するパワフルな演奏はなんど聴いてもゾクゾクしてしまう。
+ + + + + + + + + +
ステージ2は、いきなり新曲でまたも童謡。しかしこんどは童謡といっても朗らかな歌ではなく、ほの暗い《人買船(ひとかいぶね)》なのだ。近藤さんによるハーディ・ガーディが奏でるもの悲しいメロディに無音のサックスがキイの開閉で波の音を加えていくというユニークなイントロのサウンドにまず心を奪われ、辻さんの悲しげな歌唱に胸がきゅんと鳴った。
そして続いたのが、これまた新曲で、こんどはなんとご当地ものの歌謡曲。往年の超有名な歌で、このへんの曲をサックス付きのバンドで演奏するとなれば、ついサム・テイラー的なサックスのむせび鳴きの世界が脳裏に浮かんでくるのだが(あわてていうと筆者はそれが大の苦手のクチなのだけれど)、ビスメロの解釈は真にユニークだった。ちょっとアブストラクトなサウンドの鈴木さんのバリトン・サックスの咆哮も、辻さんの歌唱もすべてが通例の歌謡曲的な世界からはズレ感覚いっぱいで、コンテンポラリーな日本語の歌として聴かせてくれたのだ。それにしてもこの曲をよくぞここまで、と思っていると、鈴木さんがひとこと、「この曲の原曲を知っている人っているのですか?」。なるほど世代の違いもあるのかと一瞬思ったが、辻さんをはじめほかの4人は原曲をよく知ったうえでの確信犯として演奏しているはずだし、やはり既成概念にとらわれない冒険心のなせる技にちがいない。
3曲目はカンツォーネをもとにした日本語の歌《ママの口紅》だが、これはまたまたユニーク。観客に「トンバカ・トンバ!」という意味のない掛け声を要求するノリノリの歌なのだ。ハーディ・ガーディ、バリトン・サックス、ヴォーカル、ギター、パーカッションが一体となった演奏は最高にファンキーで今回もいっきに盛り上がった。
ここで心臓直撃のグレートな新曲《石油を掘ろう》の登場である。これもまたカンツォーネをもとにしたものだが、これこそ辻さんの才気と魅力が炸裂した1曲だった。内容はナポリや横浜の裏町で石油を掘りあてようというクレージーな石油堀りの歌なのだが、米国資本や自衛隊が出てくる政治的な皮肉もあり、しかもこれを有無をいわさぬノリのナンセンスな楽しさで処理してしまったのだ。途中が観客とのコール・アンド・レスポンス形式になっていて、「キャラバン・ペトロール、キャラバン・ペトルール、石油を掘れ掘れ、ここ掘れワンワン(!)」──と、これはもう同じ阿呆なら楽しまなきゃソンソンの世界なのだった。
そして近藤さん作曲のインスト《カーサ・ロサーダ》が、バグパイプ、バリトン・サックス、ダルブッカ、ギター、パーカッション(辻さん)によって大迫力で演奏されたあと、このステージのラスト曲、イタリアン・トラッドの《ベラ・チャオ》になだれこんでいった。これは原語で歌われるパルチザンの別れの伝統歌で、やはりかねてからのオハコのひとつだが、異様な気迫に満ちた歌と演奏に加えて、近藤さんの孤高のバグパイプ・ソロはなんど聴いても最高! これこそ日本人アーティストによる極上のユーロ・トラッドでなくてなんなのだろう。ビスメロはストレートな音楽を演奏しても最高なのだ。
+ + + + + + + + + +
ステージ3も原語によるイタリン・トラッドからスタートしたが、《ゴリツィア》と題されたこの歌は《ベラ・チャオ》とは対照的に、クルムホルン(近藤)、バリトン・サックス、大太鼓、ギターをバックにして、静かに綴られる歌。今回も淡々としながらもコクのある歌声が素晴らしかった。そして静かな歌といえばきわめつけがつづく《花の色は》で、歌詞はなんと小野小町の作。その古典詩に高雅な雰囲気の曲をつけたのは福島さんで、あらためてその音楽性の幅広さには驚かされるが、聞くところによればビスメロの曲の多くのアレンジは福島さんによるものだそう。ともあれ、ここでは横笛、ソプラノ・サックス、鈴、ギター、歌でこのうえもなく落ち着いた古典的な日本語の歌曲が流れた。
そして一転してまた日本語カンツォーネ・シリーズ(勝手に命名)の愉快な傑作《空飛ぶ絨毯》が、横笛、ソプラノ・サックス、ダルブッカ、ギターを従えて軽快に歌われたのち、決め曲の《きれいなねえちゃんよ》が登場。これはイタリアのルネサンス歌曲を日本語化した大傑作で、立岩さんのみごとなダルブッカ・ソロに導かれて近藤さんのクルムホルン・ソロが耳タコのキャッチーなメロディを吹くと気分はいっきにほろ酔い加減、今回もまた心地よいノリが全身に伝わってきた。このステージ3はすでにおなじみの曲ばかりだったのだが、いちだんと質の高い演奏でどの曲もあらためて堪能した。
ラストもおなじみの《ゴリアルドのアヴェ・マリア》。これは原語での13世紀の宗教歌だが、ここではバグパイプのひなびたサウンドがいい味を出しており(ほかにはバリトン・サックス、鈴、ギターの伴奏)、清楚な歌声がいっそう映えていた。
+ + + + + + + + + +
辻さんは、少し以前には、主としてネーモー・コンチェルタートを主宰していて、そこにはこのビスメロの近藤さんや鈴木さんも参加していたが、そのほかにチェンバロの平井み帆さんやリコーダーの太田光子さんなどの古楽アーティストも加わっており、現代楽器と古楽器の対比の妙や、男性陣と女性陣との感性の対比の妙などもあって、ともかく魅力的な音楽を聴かせてくれた。だから辻さんが新たにビスメロを結成して活動の主軸を移していったときには正直のところなぜ?という感を禁じえなかった(今でももし機会があればぜひネーモーのほうもまた聴きたいと思うけれど)。しかし充実しきった最近のビスメロの音楽には、やはり他には替えられないパワーと説得力がある。そのビスメロがたくさんの新曲を携えて、またいちだんと音楽性を広げたのがこのルタンでのライヴであった。[白石和良]
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
長い書き込みになります。申し訳ないです。トラックバックがつけられないのです・・・ビスメロライブの御案内です。
ビスメロVisMelodica@赤坂の夜
辻康介(歌) 近藤治夫(バグパイプ) 福島久雄(ギター)鈴木広志(サックス) 立岩潤三(パーカッション)
9月27(土) 19時から21時過ぎまで3ステージ
カーサクラシカ(港区赤坂3−19−9−B1)
http://casa-classica.jp/top/home.html
2500円+オーダー
お問合・ご予約はtel. 03-3505-8577(カーサクラシカ)
またはカーサクラシカの予約受付ページ→http://casa-classica.jp/top/yoyaku.html
座席数に限りがございます。ご予約お薦めです。
ビスメロVisMelodica
「Vis Melodica=ビスメロディカ」、意味は「旋律の力」。バグパイプの持続低音=ドローンやグレゴリオ聖歌的なシンプルな旋律を基盤に独自の音作りを模索、ヨーロッパの古楽・イタリア民謡・カンツォーネ・歌謡曲・日本の童謡・民族音楽・オリジナル曲等を演奏するジャンルを超えたミクスチャーグループ。08年5月に最初のミニアルバム「VisMelodica」を発売、酒場でのライブから天山湯治郷・国際ロータリー財団のチャリティーコンサートまで様々な場に出演。 DaNemoのHPはhttp://plaza.rakuten.co.jp/nemotsuji/
投稿: 辻康介 | 2008/09/25 21:28