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2008/12/04

沼野雄司のボストン通信04(2008/11/30)

Numano081130_1 なんとも長い間が空いてしまいました。この間、ボストンは秋を通り越して、しっかりと冬へ突入中です。いまさら、という感じですが、まずは秋(10月頭)に撮った写真を1枚。ハーヴァードの紅葉です。

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 じつは9月からの秋学期には、院生たちといっしょに3つのセミナー(日本でいうところの「ゼミ」ですね)に参加しているのですが、これが後述するように、思いのほかハードなもので、時間的な余裕がなかなかとれなかったのです。ちょうど今、感謝祭で数日間大学が休みになった隙をみて、あわててこの通信を書いているという次第。

 もちろん前の学期もいくつかの授業を聴講してはいましたが、それはまさに「聴講」しているだけで、ときおりうながされたら意見を述べるくらい。基本的に、客員研究員というのは、自分の研究だけをしていればいいという立場なのですが、しかしせっかくハーヴァードにいるのだから、一学期くらいは本格的にセミナーに参加して、教授や院生たちと、少し深く付き合ってみたいと思ったわけです。

 セミナーに参加するにあたっては、自分なりにひとつの義務を課しました。少なくとも院生がこなす課題はすべて僕もこなし、さらには「礼儀」として無遅刻無欠勤で行こう、ということ。なんだか発想が日本人的でしょうか(?)。おそらく、客員研究員でそういう参加の仕方をしている人はめずらしいでしょうし、また、ある意味では教授に迷惑がかかる部分もあるのですが、皆、こちらの申し出を快く受け入れてくれました。

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 僕が出ているのは、現代音楽史のAnne Shrefller教授の「エリオット・カーター研究」、やはり現代音楽の分析が専門のChris Hasty教授の「演奏分析研究」、そしてまだ若いSindhumathi Revuluri助教授の「近年の音楽史学」という3つのセミナー。

 知識としては知っていたものの、まずリーディング・アサインメント(つまりは「読書宿題」)の量にはあらためて驚きました。たとえばRevuluri助教授のセミナーだけでも、毎週、少ないときで100ページ、多いと200ページていどの論文を読んでこなくてはならない。論文数にすると、だいたい6〜8本くらいでしょうか。そして読むだけではなくて、どのクラスでも、これらの読書レポートを、授業の前日夕方5時までに、毎回提出する必要があるのです。

 分量はA4で2枚ていどなのですが、僕の場合でいえばセミナー3つに参加しているため、レポートも週3本ほど出すことになります。これがなかなか厄介。自意識過剰かもしれませんが、いちおう、僕は日本のプロフェッサーという立場で参加させてもらっているので、英語が下手なのはともかくとしても、内容はそれなりでないと格好がつかない。しかも、多くのクラスでは参加者が相互のレポートを閲覧できるシステムになっているので、院生たちも注目しています。僕のせいで日本の音楽学のレベルが低いと思われても困るので、けっこう必死で取り組んでいるというわけです。

 ちなみに、どの教授も、毎週セミナーのすべてのレポートにコメントをつけて返却します。僕の場合には英語のミスのチェックも……。余計な手間をかけて「かたじけない」といった気分ですが、これはじつにありがたいことです。

 ちなみに、これら定番の宿題に加えて、定期的に個人の口頭発表があり、さらにはわずか4カ月の間に中間レポート、そして最終のロング・レポートがあるという具合で、やはりアメリカの院生たちは、なかなかにハードな勉強を強いられていると実感しました(院のコースワークでは、4クラスくらい履修するのがふつうとのこと)。僕の場合、とうぜんながらネイティヴの院生たちにくらべて英語を読むのがひどく遅いのに加えて、さらには自分自身の研究も進めないといけないので、その結果として土曜も日曜もまったく関係なく、受験生のように勉強しつづけることになったというわけです。

 けっこう大変ではありますが、しかし、これだけ密度の高い勉強ができるというのは幸せというほかなく、日本とアメリカの関係各位に感謝するほかありません。

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Numano081130_2 ハーヴァードの場合、学部生は基本的に全員が構内の寮に、院生もほとんどが徒歩圏の住居に住んでいます。ゆえに勉強は図書館で、というのが基本。そのために学内は図書館だらけといっていいのですが、それらのなかでも勉強するための図書館のメインといえるのがラモント図書館です。ここは音楽ソフトや英米文学の素敵なコレクションなどがあるのですが、それに加えて「勉強部屋」としての機能が、きわめて充実している。

 まず、週末以外は24時間オープン。じっさい、夜9時くらいがいちばん混んでいる印象です。祝日や休日も、この図書館だけはまずやっているし、内部にはカフェが併設されており(深夜2時まで営業!)、サンドイッチはもちろん寿司やカップヌードルだって買えるので、どんな時間でも安心。机と椅子は、ひとりひとり区切られたスペースが提供され、さらには居心地のいいソファがたっぷりとあるので、ライティングは机で、そして書物を読むときにはソファで、といった使い方もできる(夜になると、疲れた学生がソファでばったりと寝てしまったりしてますが……)。

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 そして、この図書館のなによりいいところは、飲み物を持って入ってもいいのです。僕の場合も、長いときには1日12時間ほどここに居るので、こうした細かい居心地はひじょうに重要です。左の写真は早朝の空いた時間のときに撮ったもの。

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 3つのセミナーのうち、もっとも総合的なトピックを扱っている「近年の音楽史学」、これは自分の研究のためというよりは、むしろ音楽教員として今後の授業に生かしたいという気持ちで、毎週出ているのですが、この内容について少し触れてみます。

 興味津々で顔を出したこのセミナー、それほど意外な文献を読むわけではありませんでしたが、ともかくここ30年ほどのアメリカの音楽史学の論点をひととおり扱う点で、なかなか壮観。たとえば最初の授業でまず、KermanやTreitlerあたりをイントロにして(逆にいえばこれ以前の学者はほとんど顧みられない)、Kramer、Wegman、Cookなどのけっこうpolemicalな論文ばかりをつぎつぎに読まされ、翌週にはそこにCuisick、MacClary、Solie、Agawu、Abbateなどが重ねられ、次は少し角度を変えてSmallやGoehr、Sterneなどを扱うといった具合。わかる人ならば、これだけでもなんとなく雰囲気がわかると思います。

 院生たちはこうしたリーディングをとおして、たんに学問的な論点だけではなく、現在の英米圏の音楽学者たちの勢力地図みたいなものを、けっこうリアルに感じ取ってゆくことになるようです。

 感心するのは、Reveluriさんのテキストの選び方がたくみで、同じテーマにかんする対立意見が、ちゃんとアサインメントのなかに入っていること。毎週、2時間のセミナーで何をやるかといえば、ひたすらこれらの文献について議論するわけですが、教授はいわば司会進行役をつとめるにすぎず、基本的には自由な討論が続きます。この場合、文献がしぜんに議論をうながすようなセレクトになっているかどうかが重要なポイントでしょう。たんに立派な論文を読むだけだと、ハーッと感心して終わりになりがちですが、対立意見が提示されると、思考が立体的になるわけです。

 ちなみに、9月の頭には、まだ院生たちもずいぶんとかわいらしいことを言っていたのですが、しかしこんなテキスト毎週大量に読まされて2カ月もたってみると、彼らの議論が、みちがえるように生意気になってくる(笑)。ここらへんも、じつに面白い体験です。

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 現在のハーヴァードの音楽学の教授陣についてですが、まず驚いたのは、僕が来てすぐ、すなわち前の年度の終わりで、看板のひとりだったキャロリン・アバテが、ペンシルヴェニア大学に移ってしまったこと。今期、セミナーに出たいと思っていたので、まったく残念でした(現在のペンシルヴェニアは、トムリンソンや黒人音楽のラムジー、そしてアバテということで、昔のメイヤー、ナームアの時代とはちょっと違った印象があります)。

 他に誰でも知っている有名人といえば、クリストフ・ヴォルフとロバート・レヴィーンでしょうか。ただ、ヴォルフもそろそろ長老格だし、レヴィーンはご存じのように、基本的には音楽家です。ブリンクマンなどの大物もすでに引退し、今は教授陣が全体に若返っている時期なのでしょうが、率直にいえば少し地味な印象もぬぐえません。もっとも、オジャ、シュレフラー、モンソン、レーディングといったあたりの教授陣がガシガシと業績をのばしていますし、他にも40代前後の堅実な学者を多くかかえているので、あと10年くらいすると、だいぶ異なった印象になるのかもしれません。

 ……ということで、今回は大学の話ばかりになってしまいました。次回は、11月の頭にハーヴァードで開かれた大規模なシンポジウム「クロスカレント」と、テネシー州のナッシュヴィルで行われたアメリカ音楽学会の全国大会の模様について、書こうと思います。年内に更新せねば!

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●今回のおまけ

Numano081130_4 あっという間に昔の話題になってしまった気がしますが、11月はアメリカの大統領選挙でした。予備選から本選にいたる過程、そしてオバマの歴史的な勝利を見ることができたのは、今回のアメリカ滞在の思わぬボーナスだった気がします。

 ちなみに、こちらのマスコミは、最後の2カ月ほどは、もっぱら共和党副大統領候補だったペイリンの話題でもちきりで、これはこれでじつに面白かった。これは開票速報中のテレビ画像。

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コメント

すごいクラスの取り方をされましたねー。滞在期間が限られているということはあると思うのですが、おそらく私みたいに何年かいた場合だったら、おそらく挙げられているクラスのどれかを1セメスターに1つか2つ、後は、もう少し楽な科目を選ぶかもしれません。

フロリダ州立大の図書館は、24時間ではありませんでした (^^;; 特に週末なんかは、開館時間をうまく見計らねばなりませんが、それでも勉強するにはとても便利でした。飲み物は、虫が入ってきたりするので、禁止されていましたが、バックパックの中に忍び込ませている学生はいたような気がします。

音楽学の授業、私の時も、Kermanから初めて、Treitler、Kramer、MacClary、Solie、Agawu、Abbate辺りをやったような気がします。先生がハンブルク大学のPh. D. だったんで、Darlhausも (英語で) 読みました。口頭発表はTreitlerだったんで、きつかったですねえ (^^;; それ以前は positivism として、まとめて捉えられることが多いような気がします。Small の musickingは、私のいたころは、まだやってなかったかもしれません。

Ethnomusicologyだと、いわゆる比較音楽学なんかも「歴史」として触ると思うのですが、やはり基本的にはメリアムやブラッキング、Mantle Hood以降じゃないかと察します。

投稿: たにぐち | 2008/12/04 10:19

あ、間違えましたsweat01

Darlhaus→Dahlhaus。Foundations of Music Historyです。

投稿: たにぐち | 2008/12/04 10:23

 お久しぶりです。昨日、木村元さんに送った原稿がアップされたかどうか確認したら、すでに谷口さんのコメントが・・・(笑)。いつもありがとうございます。

 仰る通り、3つのクラスをこなすのは厳しいのですが、なにしろ1年しかないですし、東京での授業を免除されてこちらに来ていることを思えば、可能な限り、いろいろ持って帰らねばという気持ちがあります。さすがにバテてきたものの、あと2週間、最後のレポートと発表をこなせば学期も終わりということで、ようやく先が見えてきました。

 そう、私のクラスでもDahlhausの「音楽史の基礎概念」の一部は読みました。やはりアメリカの大学院で広く、こうした類の授業でセレクトされる論文のパターンがあるのでしょうね。

 ちなみに、他に邦訳されている論文で扱ったのはアタリ、バルト、ジャンケレヴィッチなどで、つまりはすべて欧語による基礎的な文献というわけです。どの本も東京の自宅に帰れば邦訳があるのにと、やや無念の思いで英訳を読みましたが(笑)。

 ということで、これから来週の授業のためのリーディング(Korsyn)を読みはじめようかというところです・・・。

投稿: ぬまの | 2008/12/05 06:38

沼野さんの記事、いつも楽しみに拝読しています。ボストン、冬景色もきっと美しいのでしょうね。猛烈にお忙しいなか、9月にはお会いできて光栄でした。帰国して2ヶ月、私はアメリカのポジティブさが懐かしいこの頃です。ご帰国後の沼野さんの授業、是非いつか「聴講」させていただきたいものです。まずは、年内のご更新、楽しみにしていますー!

投稿: Eiko SUDO | 2008/12/09 02:02

あ、スドウさん、お久しぶりです。
ご活躍は時折チェックしてますよ。授業は、来年にでも、ぜひ来てください。君ならば、学生の中に入っても若さで負けていないと思います(笑)。
ボストンはついに、昨日、初雪が降りました。

投稿: ぬまの | 2008/12/09 07:57

初コメントです、昨年大変お世話になった者です。
沼野先生の通信、いつも楽しみにしています。
帰国までにあと何回の通信が読めるでしょうか(笑)

> キャロリン・アバテ

実は、いつも名前の読み方がわからなかったので、スッキリしました。


どうかお体に気をつけてください。

投稿: RW | 2008/12/17 04:05

RW様
こんにちは。昨年、いったい、どこでお会いした方なのか・・・ともかくコメントありがとうございます。アバテはアバーテの方がいいのかもしれません。ちなみに、実際に話してみると、ちょっと素っ気ない感じではあるんですが、その分ウソがないというか、自然体で素敵な人でした。

投稿: ぬまの | 2008/12/17 10:54

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