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2009/03/15

白石和良の「闘う古楽&トラッド乱聴記」031──朋郎[2009/02/07]

◆ライブ「如月の巻」
 2009年2月7日 Live Bar TUBO(南烏山)

◎出演:朋郎
     内藤哲郎(和太鼓、perc.)
     武田朋子 (篠笛、ピアニカ、和太鼓、perc.)

◎曲目:
 [第1部]
  1)七味
  2)大江戸小町線
  3)月光花
  4)SAZIN
  5)誕生日
 [第2部]
  6)笛SOLO
  7)太鼓SOLO〜更夜囃子
  8)なつメロ・メドレー
  9)大航海
  10)戻り道
  11)星空の渉
 [アンコール]晴れたら

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 このところずっと熱をあげて追いかけているのが、この「朋郎(トモロウ)」である。

 きっかけは国宝級の笛のヴァーチュオーゾ、一噌幸弘さんのグループ「しらせ」の昨年夏のコンサートだった。圧巻の和風プログレッシヴ・サウンドに釘づけにされたのだが、そのステージで助演者の「少女早吹隊」(笑/これは一噌さんの命名)のひとりとして超絶技巧を披露した武田朋子さんが、和太鼓の内藤哲郎さんとデュオを組んで自身の活動をしていると知って、早々、生演奏とCDに接し、すっかり虜になってしまったのである(ちなみにもうひとりの少女早吹隊、山田路子さんの「打火打火」も魅力的なパフォーマンスを展開するグループなのだが、これはまた別の機会にレポートしたい)。

 それにしても、基本的には笛と太鼓だけの「朋郎」の音楽の芳醇な素晴らしさは、なんと形容すればよいのだろう。江戸囃子の伝統を受け継ぐ武田さんの篠笛の調べは、幽玄で滋味あふれるものでありながら、ほんとうに親しみやすくて耳にすうっと入りこんでいく。いっぽう、かの「鼓童」出身の内藤さんは和太鼓やパーカッションを縦横に駆使して、極限のパワーと多彩な語り口でリスナーの耳を金縛りにする。さらに素晴らしいことに、朋郎は同様な演目のステージでも聴くたびに新たな引き出しを開陳するかのように、あるときは味わい深い伝統色、またあるときはクールでスタイリッシュなジャズ色と、さまざまな表情を見せてくれるのだ。曲目は一部伝統曲のほかは伝統音楽をベースにしたおふたりの自作曲で、すべて親しみやすいタイトルがついているのだが(そしてじっさい親しみやすい曲ばかりなのだが)、凡庸軽薄な伝統音楽のモダニズムなどとは対極にあるようなほんものの音楽のすご味をたたえているのだ。それを前提にしたうえでいうのだが、またおふたりともフォトジェニックで、なによりも「朋郎」はじつにカッコイイのである。

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 彼らのライヴは今年に入ってからだけでも、もうすでに4回も聴いている。2月3日の4バンド出演のイベント「日本人なら豆まこう」での、ジャージーなサウンドがソリッドに決まっていたクールなパフォーマンス、2月16日の桃梨との共演「ふたりぐみ」でのメチャ楽しい民謡ロック(朋郎の驚くべき柔軟性!)などどれもが忘れがたいが、ここでは彼らの音楽のコアな部分にあらためてしびれた2月7日のワンマンライヴ「如月の巻」の模様をレポートしたい。

 ステージはまず7拍子を意味するという《七味》で始まった。和太鼓のドラム・セットが叩きだす強烈なリズムに乗って篠笛が軽やかに舞う、朋郎の典型的な音楽世界。軽やかで可憐な篠笛と重戦車級の和太鼓ドラムスというなんとも「アンバランスな」独自の美学は、なんど聴いても酔いしれてしまうが、両者のテンションはどんどん上がっていき、すると武田さんは篠笛を置いて小太鼓を打ち、朋郎はしばし大小の和太鼓デュオに変わり、そして最後はふたたび篠笛と大太鼓で鮮やかに起承転結をまとめた。2曲目は、悠然と打ちならされる和太鼓にたいして前曲以上にも軽妙な篠笛がからみあい、徐々にヒートアップして、クライマックスでは武田さんはこんどはチャンチキを打ち鳴らして、内藤さんの太鼓と楽しく会話した。そしてエンディングでは篠笛にもどって強烈な高音のソロ。なんど聴いても手には汗、顔には笑みが浮かんでしまう、まったくみごとな展開だ。

 朋郎のステージに接すると、当初はどうしても武田さんのメロディを歌う可憐なパフォーマンスに目が向き、内藤さんの鮮烈なリズム・サウンドは身体で受け止めるというふうになってしまいがちだが(筆者の場合)、落ち着いて内藤さんのパフォーマンスをながめると、曲ごとにじつに多彩な語り口を駆使していることに驚かされる。まず和太鼓のドラム・セットなどと先に適当に書いてしまったが、これは内藤さんのオリジナルで、ドラムのように縦にした複数の和太鼓とジャンベやYAMBUといった洋太鼓を自身の周囲にぐるりと配置している(和太鼓の置き台もオリジナルの特注品で、演奏に適した絶妙な角度にセットされているようだ)。それをバチや素手で打ち鳴らすのだが、曲によっては片手はバチで、もういっぽうの手は素手で打ったり、また片手で和太鼓を、もういっぽうの手で洋太鼓を同時に打つといった技をつぎつぎと駆使して、恐ろしく豊かなサウンドを生みだしているのだ。朋郎の音はライヴ・ハウスの外からでも聞こえるほどデカイのだが、間近で聴いても、ど迫力を肌身で感じこそすれ、けっしてうるさくは感じないのは、このサウンドの豊かさゆえにちがいない。この点はもちろん武田さんの篠笛も同様で、幽玄微妙に震える音からノンブレスで吹きまくる鮮烈なハイノート攻撃まで、シームレスに展開させ、そのうえ、彼女はノリノリの打ちものやピアニカまで繰りだしてくる。そう彼女のもうひとつの必殺技はピアニカなのだ。

 3曲目はこのピアニカが活躍する《月光花》で、これまでとはがらりと趣を変えてメランコリックに揺れる、いってみればフレンチふうの陰影のある洒落た音楽……と思っているといきなりピアニカが太鼓とともにアヴァンギャルドに疾走し、そしてまた篠笛が登場して和のサウンドに還っていった。ちなみにこの日はピックアップを内蔵した新しいHAMMONDのピアニカのお披露目の日で、とうぜんながらマイクの位置を気にせずにガンガン吹けるという。ピアニカの登場する曲にはノリノリのものもあるので、これはまたうれしいし、楽器じたいも従前のピアニカよりもガッシリした感じで、よりストロングなサウンドだと思った。つづく《SAZIN》では、スケールの大きく強靱な和太鼓と、ゆったりとやわらかに歌う篠笛の対比がなおいっそう鮮烈。そしていくつになっても楽しい「誕生日」をテーマにしたという第1部のラストでは、ちょっと《七味》にも似た個性的なテーマとリズムが、あくまでも軽妙な楽しさを発散させながら演じられて、アットホームな雰囲気の会場はまたいちだんと和んだのだった。

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 さて、この日の最大のサプライズは第2部の冒頭だった。普段はステージに向かって左手の椅子に座って演奏している武田さんが、すくっと中央に立って、篠笛の完全なソロで江戸囃子の伝統曲《かまくら》を吹いたのだが、その求心力には一瞬も耳目が離せなかった。じつに燐としていながら同時にえもいわれぬ暖かさを醸しだし、また伝統音楽ならではの心地よい郷愁に誘われていると、ときおり挿入される高音の鮮烈さにいっきに現実に呼びもどされる……彼女はたった1本の篠笛からいっけん相反するような要素をいくつも止揚して、素晴らしく多彩な音楽をつむぎだした。この興奮も醒めないうちにこんどは内藤さんが肩掛けの太鼓とともに登場して、ほんとうに味わい深いソロ演奏を聴かせてくれた。ただただみごととしかいいようのないバチさばきで、たったひとつの太鼓を語らせ、歌わせ、踊らせていく……おふたりのコアな部分のすご味をあらためて体験させてくれたソロ2曲だった。この2曲目は途中から武田さんが篠笛で参加して《更夜囃子》へとなだれこんでいった。篠笛のあと、さらに彼女は能管をとりだして、よりくっきりした音ながらも、篠笛と同様に自在な演奏を聴かせてくれた。

 そしてこの日の第2のサプライズ! 先のコテコテにコアな世界から一変して、こんどは(おそらくめったにやらない演目だと思うが)なんと昭和のナツメロのメドレー。それも選曲がすごすぎ。《東京ブギウギ》で始まり、《リンゴ追分》の一節をへて《青い山脈》にいたるという、前曲とはまったくの別世界でのコテコテのメドレーなのだった。ここまで彼らが芸達者だったとは! 蛇足ながら、これらの曲は筆者にとっても親の世代が懐かしがるような曲なのだが、若いおふたりにとっては親の世代ですら知らない曲とか? それを彼らは生き生きとしたポップなノリで演じ、年配のお客さんたちがコーラスに興じる。筆者は、《東京ブギウギ》での武田さんのあまりにシャンとして小気味よい演奏姿に、つい「小股の切れあがった」という形容はこうした彼女のためにあるのでは、などと愚考しながら思いきり楽しませてもらった。

 先を急ごう。《大航海》は2本のバチでの大迫力の太鼓をバックに燐とした篠笛が映え、また太鼓デュオも聴かせる典型的な朋郎の音楽だが、タイトルどおりのスケールの大きなファンタジー性をあわせもっていた。《戻り道》は行きつ戻りつためらうようなテーマが印象的。そしてラストの《星空の渉(わたる)》は昨年の12月にリリースされたばかりの彼らのセカンド・アルバムのタイトル曲で、ここではまず、内藤さんはスリット・ドラム(上面に溝がついた木箱状の打楽器)、武田さんは一本調子(太くて長い低音の篠笛)という組み合わせで穏やかなテーマがゆったりと演じられ、それから布で覆ったバチによる普段よりもソフトな太鼓や、可憐な鈴の音が入って、これまでの興奮を鎮めるようなドリーミーな音楽が展開していく。後段で出てくる篠笛には文字どおり火照った心を鎮静させられた。アンコールの《晴れたら》はファースト・アルバムのテーマ曲で、内藤さんの両手の別使い(左手はバチで和太鼓を、右手は素手で洋太鼓を打つ)と武田さんのメロディカが活躍するエスノ風味でポップなノリのよい曲。こうした朋郎スタンダードはいつものことながらバッチリ決まった演奏で、聴きどころたっぷりの当夜の充実したステージは鮮やかに幕を閉じたのだった。


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 内容のある真に優れた音楽の常として、朋郎の音楽の魅力もさまざまなかたちで語ることができるだろう。ひじょうに限られた方にしか通じないような話になってしまうが、そうした形容の一例として筆者の勝手な思いを書かせてもらえるならば、個人的には朋郎には、往年のブリティシュ・トラッド・フォークの名グループ、トゥリーズ(Trees)にあい通じる魅力をも感じてしまう。トゥリーズはトラディショナルな香りたっぷりの可憐な女性歌手とラウドでハードなロック・サウンドの組み合わせに妙味があり、アンバランスの美があったと思うのだが、朋郎にも同様のアンバランスの美(もちろん褒め言葉です)を感じて、その点でもまたしびれてしまうのだ。

 まあこんな勝手な話はどうでもいいけれど、多くのリスナーにとっても笛と太鼓のふたりだけで驚異の音楽世界を造りだす、こんな類のないデュオを見のがす手はないだろう。彼らは精力的に各地での演奏活動を続けているのでぜひ幅広い層のリスナーに体験してほしいと願うばかりである(朋郎の活動予定などさまざまな情報はオフィシャル・サイトに掲載されている)。

[白石和良]

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