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2009/03/25

白石和良の「闘う古楽&トラッド乱聴記」035──中村孝志[2009/02/05]

◆中村孝志“これしかない”−バロック・トランペットで室内楽−
 2009年2月5日 19:00開演 杉並公会堂小ホール

◎出演:広瀬奈緒(ソプラノ)
    大西律子(ヴァイオリン)
    関口敦子(ヴァイオリン)
    上田美佐子(ヴィオラ)
    十代田光子(チェロ)
    兼利剛也(コントラバス)
    武久源造(チェンバロ、うた)
    中村孝志(トランペット)
    賛助出演:中村肇(トランペット)

◎曲目:
 [第1部]イントラーダ(P. J. ヴァイヴァノフスキー)
      祭壇または宮廷ソナタ集よりソナタ第4番(H. I. F. ビーバー)
      ソナタ第11番(J. H. シュメルツァー)
      ソナタ(G. フィンガー)
      セレナータ《夜回りのうた》(H. I. F. ビーバー)
      ソナタ(F. ラインハート)
 [第2部]劇音楽《ポンドゥーカ》より〈武器をとれ〉(H. パーセル)
      アン女王の誕生日のための頌歌《永遠の源よ》(G. F. ヘンデル)
      劇音楽《アブデラザール》より組曲(H. パーセル)
      《運命の時が》(H. パーセル)
      オペラ《アーサー王》より〈美しい島〉、シャコンヌ(H. パーセル)
      《狩りのカンタータ》(G. F. ヘンデル)
      オラトリオ《サムソン》より〈輝くセラフィムが〉(G. F. ヘンデル)


 ほんとうに楽しいコンサートだった! 今回の主役のナチュラル・トランペット(バロック・トランペット)奏者の中村さんや、もうひとりの主役の武久さんのお人柄がにじみでていて、すばらしい演奏者の全員が、心から楽しみながら自発的に自由に演奏している喜びがこちらにも伝わってきたのだ。

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 「これしかない」とはちょっと不思議なコンサート・タイトルだが、ようは「私のとっておき」といった意味のようで、それに引っかけて出演者全員の「私のこれしかない」モノ(音楽関係とはかぎらない)がプログラムに載せてあるのも愉快だ。さて個人的には、先頃の《カンティガス》の公演などおもにアントネッロとの共演で、以前からコルネットやトランペットの印象的な演奏を聴かせてもらってきた中村さんが、武久さんたちとのアンサンブルで自身のリサイタルをおこなうというのでおおいに楽しみにしていた。しかも直前の情報では武久さんが、なんと泣く子も黙る(?)足鍵盤付きのチェンバロ(フィリップ・タイヤーのペダル・チェンバロ)を、今回はじめてアンサンブルに使うという。

 このめずらしい楽器は、チェンバロの脚部にもう1台のチェンバロが組みこまれた、いわば2階建てのチェンバロといったもので、下のチェンバロは基本的にはオルガンのように足鍵盤で演奏するのだが、上下のチェンバロを連動させて演奏することもできるようになっている。バッハやブクステフーデなども持っていたらしいこの楽器は、歴史的にはおもにはオルガンの練習用に使われたもので、しかしまれに演奏会で使われたこともあったそうだ(このへんは武久さんのトークからの不正確な受け売りです)。ともかくデーンとした外見だけでも大迫力だが、単純に考えても普通のチェンバロの2台ぶんの音がするわけで、じっさい音の多彩さも音量も壮大なもの。しかしこの楽器はいったん設置すると容易に位置を変えられないそうで、もちろん普通の2倍の調律の手間や手足を同時に使う演奏のむずかしさもあるし、ともかくこれを日常弾いているのはおそらく日本では武久さんだけだろう。武久さんの練習スタジオにはこの楽器が常時設置してあって、これまでもリサイタルやそのスタジオでの演奏を聴かせてもらったのだが、これまではすべてソロ演奏だった。

 今回いろいろな困難を乗りこえて、このチェンバロをアンサンブルにもちいただけの効果は、やはりあったと思う。トランペットにたいしてはもちろんのこと、大西さんや上田さんたちをはじめとした弦楽器陣の熱い演奏にたいしては、やはりこの「2台ぶん」のチェンバロがこそがふさわしく、いっそうコクとガッツのあるこのアンサンブルならではサウンドを醸しだしていたと感じた。ちなみに武久さん自身にとっても、この楽器でアンサンブルと初共演してみて、チェロと下のチェンバロの弦が共鳴する(!)などの新発見もあったという。

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 さて話をもどすと、コンサートは、景気のいいトランペットのファンファーレが鳴り響く《イントラーダ》で始まった。この曲のみ、もうひとりのナチュラル・トランペット奏者、中村肇さん(中村孝志さんと同姓なのは偶然とか)が参加して、ステージの左右で2本のトランペットが鳴り、それに柔らかい響きながらきわめてノリのよい弦楽器陣が交錯していく。くだんの足鍵盤付きチェンバロの多彩なサウンドも楽しく華を添えていた。2曲目のビーバーのソナタでは、穏やかな弦楽器をバックにトランペットがとうとうと鳴った。いっぽうでこの曲でも上田さんたちの弦のノリのよさはじつに印象的だった。ここで中村さんのトークがはいり、「今日は自分の名前のリサイタルとはいってもぜんぶがトランペットの曲ばかりではないので、どうかご安心を」と軽妙な挨拶。その言葉のとおり、次のシュメルツァーのソナタではなんと主役の中村さんが抜けて、チェンバロと2つのヴァイオリンとチェロによるアンサンブルだった。筆者としては全曲トランペットでは困るどころか、それを期待してきたのだが、中村さんはなんとも奥ゆかしい。ともあれ、この弦楽アンサンブルも、エモーショナルたっぷりの大西さんのヴァイオリンにコクのある十代田さんのチェロの低音がうなる印象的な演奏で、中間部でのトリルもじつに美しく、ラストの弦はほんとうにしっとりとした味わいであった。そして4曲目のフィンガーのソナタでふたたび中村さんが登場、ひきしまったきわめて印象的な音でソロを演奏した大西さんたちとともに、ふたたび快演を聴かせてくれた。ここでももちろん通奏低音は武久さんの足鍵盤付きチェンバロがガッチリうけもっていた。

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 武久さんが出演するコンサートには、いつも新鮮な発見とあふれる楽しさがある。今回のサプライズのひとつは、武久さん自身が歌ったビーバーのセレナーダ《夜まわりの歌》。これは基本的には、2本のヴァイオリンとチェロとチェンバロでの器楽曲(トランペットは不参加)なのだが、最後の楽章に「夜9時になったので火の用心をして寝なさい」といった歌詞の《火の用心の唄》が付いているのだ。こうした器楽曲があったことじたい、筆者には新鮮な発見だったが、このような歌や民謡をおりこんだ器楽曲は普通に書かれていたという(武久さんの楽しいトークは、いつもとてもタメになる)。さてじっさいの演奏は楽しくも濃密なアンサンブルが進行していき、最後になってそれまで足鍵盤付きチェンバロに真摯な態度で向かっていた武久さんがやおら、その楽器から降りて(まさにオルガンのような巨大な楽器なのだ)弦楽器のあいだに立って、この曲にふさわしい朴訥な味わいもたっぷりに、朗々と歌ってくれたのだ。この楽しさあふれるパフォーマンスを堪能しながら、歴史的な音楽のほんとうの姿は、こんにちのクラシック音楽的な視点から想像するよりももっと親しみやすく、真に共同体のものだったのではないかと思いをはせた。勝手に筆をはしらせれば、武久さんは、しばしば共同体の音楽としての古楽という思想を語っているが、これこそ選曲を含めてそうした思想にもダイレクトに通じる、きわめて重要なパフォーマンスだったと思う。

 第1部のラストのラインハートのソナタでは、ふたたび中村さんが参戦。有機的なウネリのある弦とチェンバロのすごいアンサンブルに対して、あくまでもナチュラルな音を聴かせてくれた。そして第2部。まずパーセルの《武器を取れ》では、トランペットがもっとも生き生きと鳴ったような印象をうけた。ひきつづいてヘンデルの《永遠の源よ》ではソプラノの広瀬さんが登場、美声を転がすようにして清らかな歌を聴かせてくれたが、そのバックではトランペットの音が優しく溶けあっていた。続くパーセルの組曲では中村さんと武久さんまでが抜けて、2本のヴァイオリンとチェロ、ヴィオラの弦楽器だけでの演奏だったが、じつに身軽でかつエモーショナルな起伏あふれる演奏であり、ここでも大西さんのヴァイオリンがぐいぐいひっぱっている印象をうけた(快感!)。4曲目のパーセルの《運命の時が》はチェンバロとソプラノだけの演奏で、切々とドラマティックに歌いあげながらも基本的なナチュラルさを失わない歌声に対して、陰影のある味わい深いチェンバロの伴奏のとりあわせが絶品だった。同じくパーセルの《アーサー王》からの曲は、チェンバロと4つの弦楽器がソプラノを伴奏した。ここではめずらしくも弦楽器の4人は座っての演奏(ほかの曲ではすべて立って弾いていた)。チェンバロも含めて落ち着いた軽やかな演奏で、これをバックに広瀬さんもいちだんと冴えて、伸びやかで転がすような美声を聴かせてくれた。

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 さてサプライズといえば、なんといっても続くヘンデルの《狩りカンタータ》。これは全員で演奏されたのだが、最大の注目は中村さんのトランペット。ほかの曲では3個?の指孔付きの楽器を使用し、片手で指孔をふさぎながら演奏していたのだが(それにしてもたんなる穴なので超高度なテクニックだが)、この曲ではまったくの指孔なしの楽器をもちいて、片手で演奏した。つまり息の吹きこみ方や口のあて方だけで音程をつくって曲を演奏したのだが、歯切れのよい弦とチェンバロをバックに、その楽器で明快なメロディを勇壮に吹いた中村さんの超絶技巧には仰天した。自分の目で見ていても信じられないとはこのことである。驚異のトランペットはソプラノの歌をはさんでいっそう勇壮に鳴り響き、そしてソプラノとの絶妙な二重奏も聴かせてくれた。

 ラストのヘンデルの《輝くセラフィムが》も全員の演奏で、ここでのトランペットは神々しいまでの響きを聴かせ、最後のソプラノとのデュオも絶品の美しさだった。そしてアンコールはバルナザール・ガルッピの曲がにぎにぎしく演奏されて、楽しいステージは幕を閉じた。

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 今回のすばらしいメンバーでぜひ継続しての活動を期待したいし、また、武久さんがステージでちょっと話していた「足鍵盤付きのチェンバロでのオルガン曲のソロ・リサイタル」(!)という類のない企画も、今後ぜひ実現してほしいと心から願うばかりなのだ。

[白石和良]

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