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2009/03/25

白石和良の「闘う古楽&トラッド乱聴記」037──MOG[2009/02/18]

◆モグライブ(MOG LIVE)
 2009年2月18日 19:00開演 BAR BOON(東京・新宿)
 ※2月19日にもおこなわれましたが、本稿は18日についてのレポートです。

◎出演:MOG(MUSIC OF GORO):
     小池吾郎(ヴァイオリン、編曲)
     上田美佐子(ヴィオラ)
     高橋真二(ヴァイオリン)
     諸岡典経(ウッドベース)

◎曲目:
 [ステージ1]イパネマの娘
        二人でお茶を(TEA FOR TWO)
        フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン
        キーラルゴ
        ベサメ・ムーチョ
 [ステージ2]フリー・インプロヴィゼーション
        ヤード・バード組曲
        ジンジ
        オー・ブランジ・アモーレ
        マイ・ファニー・ヴァレンタイン
        ブルース・ストラガーノス
 [ステージ3]スターダスト
        ティコ・ティコ(TIKO TIKO)
        ビギン・ザ・ビギン
        フォア・ファンカーズ
  ※曲名は聞き書きです)


 MOG(モグ)はMUSIC OF GOROの略称で、その名のとおりヴァイオリニストの小池吾郎さんを中心に、古楽系のオーケストラやアンサンブルでバリバリ活躍中の腕ききの弦楽器奏者たちが集ったユニークなグループだ。筆者としては、オーケストラ・シンポシオンやコンヴェルスム・ムジクム、そしてジョングルール・ボン・ミュジシャンなどでなんども演奏に接しているおなじみの方々である。もう何年もときによりメンバー編成を変えてライヴ活動を続けているのだが、なにせ売れっ子のミュージシャンたちなので、MOGとしてはそうしっちゅうはそのステージを観ることができない。その昔、アメリカのブルーグラスの世界にその名もセルダム・シーン(=めったに見られないという意味)という名手たちによるバンドがあったが、MOGもまさしくそのような貴重なバンドなのだ(ローカルな比喩ですみません)。

 さてMOGが聴かせてくれるのは、古楽ではなく、よく知られたジャズやスタンダード、ボサ・ノヴァの名曲と小池さんのオリジナル。「なるほどクラシックのミュージシャンによるイージーリスニングね」などと早合点しないでいただきたい。彼らの演奏はたしかにリラックスした気分で理屈抜きに楽しめるものだが、弦楽器だけの編成ながら、ときにムーディに、ときにブルージーに、そしてスリリングにとくっきりと変化にとんだ味わいがたっぷり、さらに演奏が高揚してくると、緻密でテンションの高いストリングスが火花を散らしながらものすごい合奏をするという、最高のアコースティック・バンドなのだ。

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 そのMOGのひさしぶりのライヴと聞いてワクワクしながら駆けつけたのだが、従前以上にも完成度を高めたすばらしいアンサンブルを堪能することができた。ライヴは3ステージ構成で、ステージ1は、まず誰でも知っているボサ・ノヴァの名曲中の名曲《イパネマの娘》で幕を開けた。まるでシェーンベルクの音楽のような透徹した響きの静かな合奏によるイントロをへて、小池さんのリードでおなじみのテーマが演奏されたが、その弦のなんとつややかで美しいことか。そしてそのテーマが柔らかくかつなめらかに崩しにはいっていく絶妙な味わいは、一般的なジャズのアンサンブルとはひと味もふた味も違うのだ。しかしたんにムーディな優しい演奏というわけではけっしてなく、この曲でも終わり近くにでてくるトリルなどはかなりアグレッシヴな演奏で興奮させられた。

 つづく《二人でお茶を》も導入部はきわめて静かでドリーミーに始まり、小池さんがごく軽やかにテーマを弾き、上田さんがカウンター・メロディを加えていく。そして諸岡さんのベースが加わるとぐっとジャジーな表現に切り替わって、ヴィオラがピッツィカートで演奏をはじめると2本のヴァイオリンもピッツィカートで合奏するというじつに洒落た展開。この曲では全編軽やかなノリがなんとも魅力的だった。ボサ・ノヴァ・ナンバーとして演奏された《フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン》は4拍子と3拍子を織りまぜてアレンジしたとのことで、たしかにストリングスが高度にからみあう重層的なサウンドだったが、それでいて小気味よいスッキリ感も失われていないのがMOGらしい。ベニー・カーター作の《キーラルゴ》(米国のフロリダ沖に浮かぶ小島の名前)では、まず小池さんをのぞく3人の合奏で穏やかにスタートし、すぐ小池さんも加わったが、海辺の実家を思い浮かべて選曲したという小池さんの言葉どおりに、穏やかな海の情景が浮かんできた。そして、厚みのあるストリングスの海原の上に小池さんのヴァイオリンのサーフボード(?)が浮かびあがってスムーズに滑走していく……。5曲目も超有名な《ベサメ・ムーチョ》で、ここでは重厚なアルコ奏法のベースにたいして、まず小池さんひとりがテーマを弾いて対峙し、しだいにあとのふたりも参加して、ときに鮮烈なブレイクをはさみながらもきわめてスインギーな音楽が展開されていった。

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 ステージ2では、まず小池、諸岡さんのふたりだけが登場して、まったくのフリー・インプロヴィゼーションによるデュオを披露した。最初はおたがいに少しずつ音をだしあって反応を探るような丁々発止のやりとりがあり、それがしだいに大胆に展開していく。じつは以前のモグライブでも同様な試みがおこなわれていたのだが、今回はずっと自由になった感じで、楽器の胴はもとより、近くに置いてあった椅子まで打楽器として叩いたり、さらにたがいに手を伸ばして同時に相手の楽器を弾きあったりとやりたい放題なのが楽しい。クライマックスに達したところであとのふたりも参加してジ・エンドとなった。

 続くチャーリー・パーカー作のジャズの定番曲《ヤードバード組曲》は、とうぜんながらスインギーな演奏だったが、ステージ1より明らかにアグレッシヴな表現で、小池さんはバリバリ弾きまくり。そしてボサ・ノヴァのバラード《ジンジ》では上田さんの優しい歌心あふれるヴィオラのソロが、さらに同じくボサ・ノヴァの《オー・ブランジ・アモーレ》では高橋さんの泣きのはいったコテコテのヴァイオリンのソロが聴き物だった。MOGは曲ごとにメンバーの誰もが主役を張れる俊英の集まりなのだ。

 ジャズのスタンダード《マイ・ファニー・ヴァレンタイン》は最初ゆったりとたゆたうように演奏されたのち、途中からベースが明らかにウォーキング・ベース・スタイルになって全体がぐっとスインギーになっていくというおなじみのMOGスタイル。このステージで最大の聴き物はやはりラストの小池さんの自作曲《ブルース・ストラガーノス》だろう。小池さんはブルースもかなりお好きな様子だが、従前より、ずっと「ど」ブルースの雰囲気にドップリ浸かっていた。リード演奏の背後でタンタカタ、タンタカタと煽るような、ブルース・バンドのあの常套句がカッコよく決まる。弦楽のアンサンブルでこれをやってしまうなんて!

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 ステージ3は、まずスタンダードの《スターダスト》。全員の穏やな演奏で始まり、アルコのベースをバックに小池さんがソロをとったが、このソロもじつにつややか。また中間部での高橋&上田さんの高音でのピッツィカート・デュオも見せ場だった。つづくショーロ・ナンバーの《ティコ、ティコ》は、冒頭から起伏にとんだ動きで、縦横にからみあう全員の演奏がすごい。そして《ビギン・ザ・ビギン》は諸岡さんの説得力のあるベースが最初からリードし、しだいに全員が熱く呼応していった。

 そしてここでまた小池さんのユニークなオリジナル曲《フォア・ファンカーズ》の登場だ。曲名のとおりファンキーなベースがうなるノリノリの曲で、ラスト近くではサイレンみたいな音まではいる。刑事ものの海外TVドラマの主題歌みたいなカッコよさを感じて、耳が離せなかった。この20分近い大作の自作曲と、それにひきつづくアンコール曲で、今回の芳醇なライヴは幕となった。

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 MOGのすばらしさは小池さんの編曲の冴えがひとつの大きな要素となっていることは疑いないが、だからといってクラシックの弦楽四重奏のように記譜された音楽を粛々と聴かせるグループではまったくない。たとえていえば、アイリッシュ・ミュージックの名手たちによるセッションのような、自由なライヴ感覚が演奏のすみずみまであふれていて、アコースティック・ミュージックとして最上級の魅力をたたえているのだ。

[白石和良]

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