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2009/03/25

白石和良の「闘う古楽&トラッド乱聴記」039──アントネッロ[2009/03/07]

◆笛の楽園〜ANTHONELLO IN NAGOYA第2回
 2009年3月7日 15:00開演 宗次ホール(名古屋市)

◎出演:アントネッロ:
     濱田芳通(リコーダー&コルネット)
     石川かおり(ヴィオラ・ダ・ガンバ)
     西山まりえ(バロック・ハープ)

◎曲目(*以外はヤコブ・ファン・エイク《笛の楽園》より):
 [第1部]
  [楽園の門]プレリュード
  [第1の美女]美しき娘ダフネ、リッケポット
  [教会の庭にて]鐘は鳴り響き(エティエンヌ・ムリーニエ原曲)、英国のナイチンゲール
  [第2の美女]アマリッリ麗し(ジウーリオ・カッチーニ原曲)
  [メランコリー]戻っておくれ私の愛(ジョン・ダウランド原曲)、*涙のパヴァーヌ(ジョン・ダウランド作曲)
  [第3の美女]美しい羊飼いの娘フィリス(フランソワ・デ・シャンシー原曲)
 [第2部]
  [ふたたび楽園へ]プレリュード、緑の菩提樹の下で(作者不詳《ゾーシュ卿のマスク》に基づく)
  [楽園でも戦争勃発か!?]*兵士の決意(トバイアス・ヒューム作曲)、バタリ《戦争》
  [幻想と道化]ファンタリジア、ボフォンス《道化師》
  [楽園との別れ]蛙のガイヤルド《今こそ去らねばならぬ》(ジョン・ダウランド原曲)
 [アンコール]*忘却(ピアソラ)


 昨秋に続き、響きの美しい名古屋の宗次(むねつぐ)ホールでのアントネッロの第2回目の公演。アントネッロは曲目によってゲストやファミリー的なアーティストを迎えたさまざまな編成でのステージを聴かせてくれるが、今回は「アントネッロ原理主義(者)」(BY ERIKAさん)にはたまらないコアの3人だけの編成だ。プログラムはアントネッロ/濱田さんにとってもっともベーシックなレパートリーの《笛の楽園》で、同名のCDやこれまでのかずかずのステージでの名演がある意味「耳タコ」の曲目ぞろい。しかし、ジャズ・コンボのライヴのように毎回演奏ががらりと変わるアントネッロのこと、今回はこの素敵な場所でどんなステージを聴かせてくれるのだろうかとワクワクしながら足を運んだのだった。

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 さてコンサートはまず西山さんのバロック・ハープ(トリプル・ハープ)のソロによる《プレリュード》で始まった。いつものようにテンションが高く、そしてなんともコクのある甘美な音にウットリと聴きほれていると、すぐ濱田さんのリコーダーを中心にした《ダフネ》にひきつがれていった。そのリコーダーの音を聴いたとたん、「うぁー、まるで空気みたいだ!」と心のなかで叫んでしまった。いつもながらの火を吹く激演なのだが、この会場の音響ゆえか、今回は音がほんとうにナチュラルに響いて、ふあっと上に抜けていったのだ。それにしても身をよじらせてウネリのあるサウンドを送りだしている濱田さんたちの演奏を金縛り状態で聴いていると、これはやはり通例のバロック音楽をはるかに超えて、アントネッロ流に「異化した」唯一無二の音楽としか思えなくなってくる。同時にそれがクールにカッコよく決まっているのだから、これこそまさに「イカした」音楽なのだ!……などと馬鹿なことを考えているうちに《リッケポット》をへて《鐘は鳴り響き》が始まった。ノリよく循環メロディをひくガンバにリコーダーとハープがからんでいくこの曲は、前曲の金縛りの興奮をいったん鎮めてくれるリラックス感をもちながらも、曲が進んでいくと、リコーダーの軽快な演奏にたいしてハープとガンバが鮮烈な美しさの合いの手をいれ、その鮮烈さにふたたび金縛りになってしまった。つづく《英国のナイチンゲール》では、冒頭、まず鐘のようなサウンドのハープ・ソロに続いて透徹した響きのコルネットが響いてくる。これもアントネッロだけのクールかつエモーショナルな演奏だ。と、濱田さんはふたたびリコーダーに持ち替えて、こんどははじけるような演奏を聴かせてくれた。小気味よくチャーミングにそして狂おしく鳴くナイチンゲール! それに歪んだ音で鳴きを添えるガンバと、ユーモラスな楽しさまで加えられた激演だった。

 ここで濱田さんの(超をつけたいほどの)親しみやすいトークがはいり、今回の演奏は、ファン・エイクの残した変奏と濱田さん自身による変奏、そして即興の3つの要素からなっているという基本的な説明とともに、ファン・エイクが活動していたユトレヒトの教会の墓地に最近行ってみたが、それはすでにあとかたもなく駐車場になっていたといった興味深いエピソードが紹介された。これで雰囲気がなごんだところで激演再開。カッチーニの名曲《アマリッリ麗し》では有名なテーマの崩し方の、あまりにスムーズでスリリングなように釘づけ。ダウランド原曲の《戻っておくれ私の愛》では、リコーダーとパーカッションがためらいがちに会話するようなユーモラスな出だしで、生きのいいハープがスパイスを添える。この曲でのひょこひょこと跳ねるようなリコーダーの妙技は以前からの聴き物だが、今回はこうした曲でも透明な空気感といったものを強く感じたのだった。さて、同じくダウランドの《涙のパヴァーヌ》のまえにサプライズな濱田さんのトークが。「リハーサルをしていてこのへんで自分でもリコーダーのピヨピヨした音がうるさく感じられてきたので(笑)、次の《涙のパヴァーヌ》はファン・エイクのリコーダー変奏版は止めて、西山さんのハープでダウランドの原曲版を演奏する」というのだ。もちろんこちらはピヨピヨうるさいどころかその音に陶酔しきっていたのだが、それにしても直前のリハーサルでいきなりハープ・ソロに切り換えてしまうとは! しかし、それをうけて聴かせてくれた西山さんのハープ・ソロはまさにみごとなものだった。全体はフルボディのしっかりした説得力のあふれたサウンドで、随所にぐさりとくるシャープな一撃が控えていた。加えてこの曲を、あえて情緒的な甘さを控えめにして辛口気味にした表現にもしびれてしまった。そして、軽快ながら狂おしく歌うリコーダーに、ハープとガンバが合いの手を打っていく《フィリス》で第1部のステージは幕となった。

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 第2部では、まず濱田さんひとりが何本ものリコーダーをかかえて登場し、トークをまじえながら、大小(高−中域)のリコーダーを駆使して、ウソ、カナリア、ナイチンゲール……といった鳥の鳴き声を題材にした短い曲をつぎつぎと妙技で魅せた。そして《緑の菩提樹の下で》では起伏にとんだこみいった曲ををとびっきりのなめらかな演奏で聴かせてくれた。続いてはこんどは石川さんのガンバ・ソロでの《兵士の決意》。ファン・エイクはガンバの曲を書いていないので、この曲だけは彼とは直接関係のないトバイアス・ヒュームの作曲とのこと。ともあれ、全体的にはふくよかさをたたえた包容力のあるサウンドながら、曲が進むにつれてシャープなボーイングやトリルが心臓を直撃するダイナミックでキリリとしたすばらしい演奏で、近く出版社の企画で予定されている石川さんのソロ・ライヴがますます楽しみになった。バタリ《戦争》も以前からのアントネッロのオハコで、途中に《旧オランダ国歌》がでてくる楽しい曲を、濱田さんの演奏中のトークをはさみながら楽しく聴かせる定番曲なのだが、《旧オランダ国歌》の芳醇な歌心や、そのあとに続くハープ&ガンバのチャッコーナのリズムに乗って、ひゅーんと大砲を打つようなリコーダーの妙技など、今回も聴きどころがたっぷり。そして、鮮烈な美しさのハープ・ソロにこれまた鮮烈な響きのコルネットが加わっていく《ファンタジア》をへて、《道化師》ではふたたび諧謔味たっぷりの激演が展開された。

 ラストはふたたびダウランド原曲の《蛙のガイヤルド》。これこそ耳タコの有名なテーマだが、それをつづるリコーダーのなんとも透明でみずみずしい音色! これゆえにごく自然に移行していった崩しの変奏もいっそう抗しがたい魅力を放っていた。それにしても、ほんとうに自然体でのリコーダーの超絶演奏であった。そしてこのリコーダーに有機的にからむハープとガンバもみごとのひとこと。アンコールではがらりと雰囲気を変えてタンゴの名曲が演奏されたが、力強く同時に泣きのはいったコルネットの歌心にあらためて聴きほれたのだった。

 クールでホットでイカしたアントネッロの魅力の原点を音のよいホールで堪能できたのは、このうえもなくかけがえのない音楽体験であった。

[白石和良]

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