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2009/03/25

白石和良の「闘う古楽&トラッド乱聴記」042──ビスメロほか[2009/03/14]

◆「子供・未来・夢」アチェ・チャリティーコンサート
 2009年3月14日 19:00開演 逗子文化プラザホール:なぎさホール(神奈川県逗子市)

◎曲目と出演者(パンフレットと聞き書きによる)
 [第1部]この道
  1)バグパイプ(コルヌミューズ)・ソロ [近藤治夫]
  2)この道(北原白秋:作詞/山田耕筰:作曲)[渡辺ローザ(ソプラノ)、高橋裕子(ピアノ)]
  3)ナレーション[辻康介]
  4)風の子供(竹久夢二:作詞/中田喜直:作曲)[2と同じ]
  5)春よ来い(相馬御風:作詞/弘田龍太郎:作曲)[渡辺昌子(ソプラノ)、高橋裕子(ピアノ)]
  6)花の街(江間章子:作詞/團伊玖磨:作曲)[2と同じ]
  7)ソプラノサックス・ソロ[鈴木広志]
  8)川(谷川俊太郎:作詞/湯浅譲二:作曲)[2と同じ]
  9)揺籠の歌(北原白秋:作詞/草川信作:作曲)[5と同じ]
  10)バグパイプ(コルヌミューズ)・ソロ [近藤治夫]
 [第2部]そのとき僕は道端で
  1)ベッラ・チャオ(イタリア民謡・ビスメロ編曲)
  2)死んだ男の残したものは(谷川俊太郎:作詞/武満徹:作曲)
  3)高床式の家(朗読)(アチェの高校生の詩)
  4)元GAMの友達(南アチェの国立高校生Fadhli:作詞/佐藤万帆:訳詞/辻康介:作曲/福島久雄:編曲)
  5)そのとき僕は道端で(ビディ県の国立高校生Rinaldi:作詞/佐藤万帆:訳詞/辻康介:作曲/福島久雄:編曲)
  6)カーサドール(近藤治夫:作曲/福島久雄:編曲)
  7)空飛ぶ絨毯(ニーザ:作詞/カロゾーネ:作曲/辻康介:日本語詞/福島久雄:編曲)
  8)カーサロサーダ(近藤治夫:作曲/福島久雄:編曲)
  9)月の出の唄(野口雨情:作詞/中山晋平:作曲/ビスメロ:編曲)
   ※第2部演奏:ビスメロ(Vis Melodica):
     辻康介(ヴォーカル)
     近藤治夫(バグパイプなど古楽器)
     鈴木広志(サックス)
     福島久雄(ギター)
     立岩潤三(パーカッション)]
 [アンコール]
  ちいさな空(武満徹:作詞・作曲)[出演者全員]


 2004年の津波で大きな被害をこうむったインドネシア共和国・スマトラ島北端のアチェ州。しかしこの地の苦難の歴史は自然災害だけではない。津波のときまでながらく続いた独立派のGAM(自由アチェ運動)とインドネシア国軍との紛争の傷跡は、こんにちでも人びとの生活と心に容易に消えない影を落としているという。この地の未来をになう子供たちのために図書館を贈ろうという趣旨のチャリティ・コンサートがおこなわれた。崇高な目的の企画だが、正直のところ筆者はチャリティの趣旨はよく知らず(すみません)、この日の第2部をつとめ、第1部にもかかわっているというビスメロの演奏をめあてに足をはこんだのだった。

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 「この道」と題された第1部は、ふたりのソプラノの歌手によるピアノ伴奏での日本語の歌曲のはずだった。ところが場内が暗くなるや、まず聞こえてきたのは、なんとビスメロの近藤治夫さんによるコルヌミューズ(フランスのバグパイプ)のソロ。端正で同時に哀感たっぷりの演奏でおなじみの《赤とんぼ》や《おぼろ月夜》が演奏されて、気分がいっきにもりあがった。そして近藤さんが退場して、ピアノ伴奏のソプラノ歌唱が始まったのだが、この第1部でのビスメロの助演としては、ほかにも4曲目の歌のあとに鈴木広志さんが登場して、アブストラクトでクールなソプラノ・サックス・ソロを聴かせてくれ、さらにラストではふたたび近藤さんのバグパイプが暗闇に鳴り響き、余韻を残して幕となった。伝え聞いたところではコンサート全体の演出もビスメロのリーダーの辻康介さんによるものだそうで、こうした演出によってコンサート全体に統一感がでていた。かんじんの第1部の歌唱については、筆者はふだんこのようなモダン・ピアノの伴奏によるモダン・ソプラノの歌唱というジャンルにはほとんど縁がないので、なにかを述べることはまったく適任ではないのだが(これまたすみません)、おふたりとも美しい力唱で、個人的には、なかでも渡辺昌子さんの空間を漂うようなナチュラルな歌声とシャープな絶唱が印象的だった。

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 さてビスメロ登場の第2部では、まず辻さんによる語りとスライドでアチェの歴史が語られたが、いつもの軽妙洒脱なトークではなく、まじめで冷静ながらもアチェの人びとへの感情移入を感じさせる語り口だった。これで当初は地元民から支持者の多くなかったGAMが、派遣されてきた政府軍による暴力によって支持者をふやしていったことが語られ、そうして始まったのが《ベラ・チャオ》だった。以前からビスメロのオハコのこの曲は、第二次世界大戦のときのイタリアのパルチザンが歌った伝承歌で、村にやってきたファシストと戦うため、命を捨てて戦いにいくので恋人に別れを告げるという内容である。つまりビスメロは歴史のあるヨーロッパのトラッド・ソングを、明確なかたちで今日的な歌として演じたのだ。その熱い思いを表現するかのように、彼らの演奏は最初から100%全開のおもむきで、辻さんの歌唱も含めて、みごとにキリリと決まったハイテンションのパフォーマンスを聴かせてくれた。そして続けて演じられたのが、これもおなじみのレパートリーながら、がらりと雰囲気の違う日本語の歌《死んだ男の残したものは》だった。ひょろひょろ響くソプラノ・サックス・ソロも含めて哀感たっぷりの演唱で、「死んだ兵士の残したものは こわれた銃とゆがんだ地球 ほかにはなにも残さなかった 平和ひとつ残せなかった」という歌詞が、いつも以上にもじーんと心に染みた。これもほんとうにみごとな文脈での持ち歌の起用だった。

 そしてここで最大の注目の、アチェの高校生による詩(日本語訳)を使った新曲の登場だ。まず「高床式の家」という詩が朗読されたが、朗読の途中からソプラノ・サックスやパーカッションが吠え、そのまま次曲の《元GAMの友達》につながっていった。これらの詩は容易には消し去れない紛争の悲劇の記憶をテーマにした重いものだった。《元GAMの友達》では「むかしの記憶をさぐってみる……ぎくっとして思いだした」と辻さんが歌いだしたが、その切々としながらも、ちょっと軽妙な味わいにいつもの辻歌謡らしいリラックスした心地よさを当夜はじめて感じて、少しばかりホットさせられもした。演奏ではハーディ・ガーディのドローンをバックにソプラノ・サックスがシャープなソロを聴かせた。先に軽妙な味わいと書いたが、基本的にはしっとりとした落ち着いたシリアスな歌唱であり、こうした表現にもビスメロのふところの深さをあらためて感じさせた。そして《そのとき僕は道端で》ではフレーム・ドラムのソロが打ち鳴らされるイントロで始まり、クリアな音でのアコースティック・ギターのソロも印象的、その後バグパイプのドローンが響いて「この道でなにがあったんだ?!」という純真な重い問いかけのような歌唱が展開されていった……。そして「彼らはとつぜん、平和を宣言したけれど、僕には理解できない」(これは記憶による不正確な歌詞です)といった憤りや怒りの感情を炸裂させた歌唱もでてくる……。強いインパクトのある新曲であった。

 この後はおなじみのレパートリーにもどって、途中のバリトン・サックスのすごく自在なソロが印象的だったインスト曲の《カーサ・ドール》、タンバリンとギターの明るくリズミックな演奏によるアチェの民謡をイントロにつけた《空飛ぶ絨毯》、彼ららしい全員のマッシヴな演奏の迫力をみせつけたインストの《カーサ・ロサーダ》と続けられていった。《絨毯》と《カーサ・ロサーダ》では、鈴木さんがきわめつけのすごいソプラノ・サックス・ソロを聴かせてくれたことも特筆しなければならない。押しが強くまったく自在なフレーズがつぎつぎと飛びだしてきたソロ演奏だった。また曲間にはいつもの親しみやすい辻トークも顔をだした。そしてラストはこれもおなじみの古典歌謡(昔の童謡というのが信じられないような大人の情感の歌)で、また歌詞が心に染みわたるような《月の出の唄》が演じられた。そしてアンコールとして、第1部のソプラノ歌手のおふたりとピアニストをむかえた全員によって、武満の名曲《ちいさな空》が歌われたが、辻さんと渡辺昌子さん、渡辺ローザさんが順に歌詞の1番から3番までを歌い、また全員でコーラスもするという楽しい演出であった。

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 世の中に腕達者なミュージシャンぞろいのバンドはビスメロだけではないが、ビスメロがそうしたほかの多くのすご腕バンドとまず異なっている点は、なによりも音楽でメッセージを伝えるという姿勢ではないかとの思いを強くしたのが、当夜の印象だった。あわてて付け加えると、メッセージといっても政治的なメッセージだけにはかぎらない。《月の出の唄》のようなしみじみとした慕情なども重要なメッセージであり、それがアチェがらみで演じられたポリティカルな姿勢の歌と同等の比重で演じられたことにこそ、彼らの真髄があるのではないか。

 もうひとつ、当夜のステージ全体でのスタイリッシュに決まった表現についても、これは1月25日の葉山の美術館でのコンサートに続いて、ひじょうに印象的であった。快進撃を続けるビスメロは今また新たなステージへ突入したのではないだろうか。

[白石和良]

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