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2009/08/10

古楽特派員テラニシ016|バッハフェスト2009(ライプツィヒ)

Bach2009_01[写真1]ライプツィヒの中心、マルクト広場に面する旧市庁舎にもバッハフェストの旗がひるがえる。撮影:寺西肇

 大作曲家、ヨハン・セバスティアン・バッハゆかりの古都ライプツィヒを舞台に、彼の作品の紹介と研究成果の発表を目的に、バッハの研究機関であるバッハアルヒーフ・ライプツィヒが主宰する音楽祭「バッハフェスト2009」が、去る6月11〜21日、11日間にわたって開かれた。プログラムは、関連行事も含めれば100以上が用意された。今年のテーマは「バッハ、メンデルスゾーン、そしてレーガー」。バッハの再発見に貢献し、今年がちょうど生誕200年にあたるフェリックス・メンデルスゾーン、そして、ライプツィヒ音楽院の教授を務め、対位法などバッハの語法に大きなイマジネーションを受けたマックス・レーガー。2人の作曲家を通じて、バッハが後世に与えた影響を探ってゆく試みだ。

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Bach2009_02[写真2]ドイツとイスラエルの演奏家が同じステージに立ったオープニング・コンサート ⓒBach-Archiv Leipzig/Gert Mothes

 トーマス教会で行われた音楽祭のオープニング・コンサート(11日)は、イスラエルからエルサレム交響楽団を招き、ベルリンのエルンスト・ゼンフ合唱団、レオン・ボッツシュタインのタクトによるメンデルスゾーンのオラトリオ《エリア》。ドイツの不幸な歴史の中で一度は葬られたユダヤ人作曲家の作品を、彼が活躍したゆかりの教会で、同胞のオーケストラ、ドイツ人の指揮者と合唱により蘇らせようという歴史的な意味合いも大きいコンサートだ。「早世したことで脆弱なイメージのあるメンデルスゾーンだが、骨太な面ももちあわせていた。その一例が、この作品」とバッハアルヒーフのクリストフ・ヴォルフ所長は冒頭であいさつ。出演者はいずれも、歴史的な意味合いもある場で精神面での気負いも大きく、全体的には大熱演。しかし、ただ表現じたいは押したり引いたりするだけで、この作品がほんらいもっている、音楽的な細かな襞を表現するにはいたらなかった。合唱団とオーケストラの連携もいまひとつで、ドイツ人とユダヤ人のほんとうの融合と和解、そしてメンデルスゾーンの再評価にはまだ時間がかかるだろうと逆に思い知らされた演奏だった。

 今回めだったのは、とくにメンデルスゾーンの芸術的観点から、バッハの作品をみるという試み。同じステージで、バッハとメンデルスゾーンの作品を互いに関連づけて上演するというものだ。
 コーラスの扱いに定評のある指揮者のペーター・ノイマンは、ケルン室内合唱団などとともに、ニコライ教会でバッハのカンタータとメンデルスゾーンの宗教曲をとりあげた(13日)。バッハもメンデルスゾーンも、オリジナル楽器で臨むという。弓を持ち替えたり、ピッチを変えたりするのかと思いきや、さにあらず。メンデルスゾーンによるバッハ蘇演の空間をイメージして、ピッチ430Hz、管楽器や、弦楽器の弓はクラシカル仕様で一貫させていた。ノイマンは今回、バッハにおいてもロマン派ふうのアーティキュレーションを楽員に徹底させたという。そのロマン派仕様のバッハはなんとも不思議な感覚。長いストロークに向いたクラシカル・ボウの弦楽器は、バッハ特有の縦の線が薄れ、全体的になだらかな印象になり、様式感が薄くなる。「メンデルスゾーン時代のバッハ」は、試みとしては面白いと思うが、ほんとうに聴きたい演奏であるかどうかは別問題だ。しかし、あいかわらず難しいニコライ教会の音響に手こずりつつ、力が入りすぎといっていいソリストをはじめ、合唱、オーケストラとも、熱演であったことは確か。おらが街の2人の作曲家の競演に満足したライプツィヒっ子か、それともゆかりの地で2人の作曲家の作品を堪能できたことを喜ぶ旅人か、聴衆も床を踏み鳴らしての大喝采をおくっていた。

Bach2009_03[写真3]プローベに臨むフリーダー・ベルニウス指揮のシュトゥットガルト室内合唱団とバロック・オーケストラ。2つの時代を好演で結んだ ⓒBach-Archiv Leipzig/Gert Mothes

 これと対照的だったのは、今年のバッハ・メダル受賞者でシュトゥットガルト室内合唱団を主宰する指揮者、フリーダー・ベルニウスのステージだった(18日、ニコライ教会)。前半はバッハ、後半はメンデルスゾーンの宗教曲を、ピッチは415と430、オーケストラはバロックと古典派以降のオリジナル楽器を持ち替えて演奏。ふたつのピッチを使っても、まるで危なげなく素晴らしいハーモニーを聴かせたシュトゥットガルト室内合唱団、それに弓を持ち替えて2人の作曲家の様式的な違いをみごとに表現したシュトゥットガルト・バロック・オーケストラ。これほど器用に、ふたつの時代を往き来されると、オリジナル演奏のあたりまえさもここまで来たか、と感無量な気分にもなる。

Bach2009_04[写真4]締まった演奏で新機軸に臨んだ、ダグラス・ボイド指揮ヨーロッパ室内管弦楽団、ソリストのスクリーデ姉妹ら ⓒBach-Archiv Leipzig/Gert Mothes

 もうひとつの話題は、ダグラス・ボイド指揮のヨーロッパ室内管弦楽団が、いま現地で人気のバイバ(ヴァイオリン)、ラウマ(ピアノ)のスクリーデ姉妹を迎えてバッハとメンデルスゾーンの協奏曲などを演奏したこと(16日、トーマス教会)。ジェイム・マーティン(フルート)を加えてのバッハの三重協奏曲(BWV1044)は、フォルテピアノ使用でカデンツァなどもロマン派を意識した“メンデルスゾーン仕様”。続くメンデルスゾーンのピアノとヴァイオリンのための二重協奏曲、そして最後のメンデルスゾーンの交響曲第1番は疾風怒濤を思わせる快演だった。トーマス教会での協奏曲や交響曲の演奏会はめずらしい。メンデルスゾーンにもゆかりのあるこの場所で、の気持ちはわからなくもないが、音響的にはゲヴァントハウス大ホールで聴きたい演奏会だった。それに、建物は違っていても、ここもゆかりの場でもある。

Bach2009_05[写真5]「レクイエム」でとくにレーガーを魅力的に聴かせたゴットハルト・シュテイアーとハンブルクのモンテヴェルディ合唱団 ⓒBach-Archiv Leipzig/Gert Mothes

 このほか、現トーマス・カントルのゲオルク・クリストフ・ビラー指揮のドレスデン十字架合唱団、トーマス教会聖歌隊、ゲヴァントハウス管弦楽団によるりメンデルスゾーンとレーガー(14日、トーマス教会)、ゴットハルト・スティアー指揮のハンブルク・モンテヴェルディ合唱団とシュターツカペレ・ハレ(管弦楽)がバッハとメンデルスゾーン、レーガーの宗教曲をとりあげた、「レクイエム」と題されたステージ(20日、同)は、いずれもレーガー演奏の質の高さが際立った。

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 期間中の最初の週末。ゲヴァントハウスとオペラハウスに挟まれた街の中心、アウグスティス広場で盛り上がる野外コンサート、バッハ・オン・エアーを尻目に、ひっそりと福音改革派教会で開かれたのは、ロンドン・バロックの演奏会だ(13日)。バッハのガンバ・ソナタ第3番に、偽作のヴァイオリン・ソナタ(BWV1024)、ヘンデルのトリオ・ソナタ(HWV)、そしてなぜかパーセルなど彼ら十八番のイギリス作品をチョイス。意欲あふれる若手が次々に登場する古楽界だが、活動歴の長いこのグループは、出遭うたび、どこかひなびた印象が強まってゆく気がする。けっしてやる気がないわけではないのだが、演奏にもプログラムにも、新たな挑戦とか熱い意欲とかとはほど遠い“これでいいじゃん感”が漂う。第1ヴァイオリンのイングリット・ザイフェルトは、早い弓になると音をひっくり返しまくっていた。ピュア・ガットはこまめに拭いてやらないと、細かな襞に松やにが目詰まりして、こうなる。数年前に兵庫・西宮で聴いたときもそうだった。面倒なのか、これでいいやと思っているのか。あーあ、ビール飲みながら、ナイジェル・ケネディを聴くべきだったか。

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Bach2009_06[写真6]若手らしい、みずみずしい演奏を聴かせたテックラー・トリオ ⓒBach-Archiv Leipzig/Gert Mothes

Bach2009_07[写真7]集中力ある好演を聴かせたミヒャエル・シェーンハイト指揮のバロックオペラ。器楽陣も声楽陣も芸達者ぞろい ⓒBach-Archiv Leipzig/Gert Mothes

 全体的に盛り上がりに欠ける音楽祭の中で、例年と同じく、やはり若手の奏者たちは元気がある。そんな若い奏者たちの小さなコンサートは、たいてい外れがない。ドイツの若いピアノ三重奏団「テックラー・トリオ」によるステージも、そのひとつだった(14日、旧商品取引所)。1963年生まれの現代作曲家トビアス・シュナイトの新作、ハイドン、メンデルスゾーンは、いずれも瑞々しく、覇気にあふれ、音楽性も高い。ゲヴァントハウス・オルガニストのミヒャエル・シェーンハイトが率いるメルゼブルク・ホーフムジークによるバロック・オペラ(17・18日、エルムリッツ宮)も、アンサンブルやキャストは若手中心。ヘンデルのイタリア語による《リチャード1世》に、テレマンがドイツ語でレチタティーヴォやアリオーソを追加したというパッチワークのような作品だが、3時間以上も緊張感を途切れさせることなく、ほとんど乱れもなく上演した。バロック唱法をマスターした声楽、とくに演技もできるカウンターテナーの層の厚さには驚くばかり。

Bach2009_08[写真8]トーマス教会に音の異空間を現出させた細川俊夫(左)ら ⓒBach-Archiv Leipzig/Gert Mothes

Bach2009_09[写真9]引き締まった演奏を聴かせた、寺神戸亮(左)がリードするイル・ガルデリーノ ⓒBach-Archiv Leipzig/Gert Mothes

 今年は「日本特集」のステージもあり、細川俊夫による新作などが披露された(14日、トーマス教会)。尺八と室内オーケストラのための新作《Voyage X》は、とくにバッハからインスパイアされたものではないということだが、尺八のための古曲《虚空》と相まって、トーマス教会を普段とはまったく違った音響空間へと変貌させた。奏者としては寺神戸亮(バロック・ヴァイオリン)がアンサンブル「イル・ガルデリーノ」のトップとして参加(21日、旧市庁舎)。大バッハやフリーデマン・バッハを手堅く聴かせた。

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Bach2009_10[写真10]今回の音楽祭で、最も心に残る演奏をしたアンドレアス・シュタイアー。プローベで楽器に向かう姿も真剣だ ⓒBach-Archiv Leipzig/Gert Mothes

 音楽祭の中でも、ひときわ輝く小さな宝石のようなステージがあった。アンドレアス・シュタイアーのチェンバロによる《ゴルトベルク変奏曲》だ(20日、国立行政裁判所)。前評判も高く、早々にチケットが売り切れたのにもかかわらず、キャンセル待ちの長い列ができた。まるで、静謐な湖面に小石を落としてゆくような冒頭のアリア。そこで起きた波紋は、互いに交わり、やがて大きなうねりとなってゆく。聴き手が「こうあるべき」と考えている場所がわかっているかのように、シュタイアーは音をひとつひとつ置いてゆく。けっして、ノーミスの演奏ではない。しかし、そんなことをはるかに超越する音楽性が全曲を支配しているのだ。たとえば楽器の不具合で音が抜けてしまうようなことがあっても、聴き手は自分の中で音を補完してゆくので、なんの問題も感じさせない。全体の構成にも揺るぎがなく、理知的でありながら歌心にもあふれた素晴らしい演奏。終演後、興奮して寝られない聴衆が続出したという。ゴルトベルクの有名な逸話とは、反対の効果をもたらしたようだ。

Bach2009_11[写真11/12]音楽祭の最後に、歴史に残る超名演を聴かせたトーマス・ヘンゲルブロック指揮のバルツァザール・ノイマン合唱団とアンサンブル ⓒBach-Archiv Leipzig/Gert Mothes

Bach2009_12 このゴルトベルクと並んで、今回の音楽祭の最高の名演と誰もが口をそろえたのが、クロージング・コンサート(21日)。音楽祭の棹尾を飾る恒例の《ロ短調ミサ》で、トーマス・ヘンゲルブロックとバルツァザール・ノイマン合唱団&アンサンブルは、音楽祭の歴史に残る演奏をなしとげた。とくに、小編成の合唱がすばらしい。じつに劇的でありながら上品な仕上がり。冒頭のゆったりとした〈キリエ〉に始まり、ときに嵐を呼び、ときに安らぎを生む。地下のバッハも、さぞかし喜んでいるだろう。途中、とつぜんに降り出した豪雨と激しい雷鳴も、すばらしい効果音となった。ニコライ教会ほどではないにせよ、音響的に難しいトーマス教会にあって、これだけの名演。いやあ、もう「すごい」としかいいようがない。最後の一音が終わっても、満席の聴衆はしばらく雷に打たれたかのように、身じろぎひとつしなかった。

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 今年は全体的な盛り上がりには欠けたものの、シュタイアーとヘンゲルブロックの名演で救われた感のあるバッハ音楽祭だった。ジルバーマンなど歴史的オルガンを訪ねる郊外へのツアーも、さらに充実をみせていて、人気もあったようだ。音楽祭スタッフも、ホスピタリティにあふれている。日本からは、延べ500人の来場があったと聞く。
 しかし、運営面でも、まだまだ課題があるようだ。たとえば、人気のある公演が、たびたび同じ時間に重なっていて、両方を聴くことができない。どちらかの開演をたった2時間、ずらせば解決することなのに。また、前評判の高いシュタイアーのステージをなぜ、自由席にしたのか。キャンセル待ちの列に加えて、チケットを持った連中までが長い列を作り、ステージ直前まで会場に入れない。あげくのはてには、シュタイアー本人まで締め出してしまう事態に(笑)。市街地からチャーター・バスで1時間かけて向かったバロック・オペラの開演は、午後7時。日付も変わった午前0時過ぎにトーマス教会前で放り出された聴衆の何人が、夕食にありつけただろうか。これも開演時間を早めれば、すむことだ。
 テーマ設定にも疑問の声がある。今年は「バッハ、メンデルスゾーン、そしてレーガー」というテーマ設定で、メンデルスゾーンとレーガーに比重がかかってしまうため、あまりバッハの演奏にありつけないバッハ音楽祭となってしまった。やはり、「もっとバッハを聴きたい」という声は根強かった。そんな聴衆の声を知ってか知らずか、「バッハフェスト2010」のテーマは「バッハ-シューマン-ブラームス」。シューマン版の《ヨハネ受難曲》でも聴けるかと思いきや、それはないとのこと。

 「バッハフェスト2010」は来年6月11〜20日に開催を予定。ポール・マクリーシュやジョン・エリオット・ガーディナー、フィリップ・ヘレヴェッヘ、アンドラーシュ・シフらの出演が予定されている。詳報は、バッハアルヒーフ・ライプツィヒのHP(http://www.bach-leipzig.de/)で随時、発表される。

[寺西 肇]

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