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2009/09/23

白石和良の「闘う古楽&トラッド乱聴記」044──アントネッロ[2009/09/05]

◆バルトロメオ・デ・セルマ作品集
2009年9月5日(土)14:00 東京・近江楽堂

◎出演
 アントネッロ:
  濱田芳通(リコーダー&コルネット)
  古橋潤一(リコーダー)
  石川かおり(ヴィオラ・ダ・ガンバ)
  西山まりえ(チェンバロ)

◎曲目
[第1部]
 1.バレット〜カンツォン第11番
 2.コレンテ〜カンツォン第3番
 3.チャコーナ
 4.パッセジャータ《スザンナ》(原曲:ラッソ)
 5.リチェルカータ〜パッセジャート《草原と丘》(原曲:パレストリーナ)
 6.カンツォン第4番
[第2部]
 1.カンツォン第35番
 2.カンツォン第14番
 3.パッサカッレ
 4.ガリアルダ&2つのコレンテ
 5.カンツォン第20番
 6.チャコーナ
 7.カンツォン第34番

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 この春から夏にかけて、中世フランスのシャンソン(『フランス歌謡(シャンソン)の歴史第1部/中世編』)から英国のガンバ音楽(『ユーモラス・トビー〜ヒューム大尉のガンバ曲集』)まで、多彩な企画のステージで破竹の快進撃を続けてきた(レポートがぜんぜん間に合わなくてすみません)アントネッロの、いよいよ秋のシーズン開幕を告げるコンサートである。

 筆者にとっては7月末の東京リコーダー音楽祭いらいだから、約1カ月ぶりのアントネッロ体験だったが、そして今回はアントネッロのコアなレパートリーといえる17世紀スペインの音楽なのだが、しかし毎度のことながら今回も圧巻の演奏を聴き終えて(うれしくも)ヘナヘナな状態になってしまったのだった。

 このコンサートは14時開演の昼の部と19時開演の夜の部の2回おこなわれた(曲目、出演者などは同じ)。アントネッロらしく即興演奏などそれぞれ異なっており、細かくいえばそれぞれの曲の印象もちょっと異なるものの、いずれにしても類のない演奏であった。本稿は基本的には昼の部についてのレポートであるが、夜の部の印象も(不可抗力的に)混入してしまっていることをお許しいただきたい。

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 さて濱田さんの軽妙なプログラム解説によれば、このバルトロメオ・デ・セルマ・イ・サラヴェルデという作曲家については詳しいことがほとんどわかっていないらしいが、アントネッロ・ファンには昔からおなじみの作曲家だ。しかし、このセルマの作品だけ(第1部の5曲目をのぞいて)を特集したコンサートは、アントネッロとしてもおそらくはじめて(ということは本邦初?)だろう。

 ともあれ、なによりもかんじんなのは演奏である。……聴いていて『Now He Sings, Now He Sobs(歌っているかと思うとすすり泣いている)』というチック・コリアの名盤のタイトルが頭に浮かんできた。音が似ているという意味ではもちろんないが、濱田さんのリコーダーやコルネットとアントネッロの演奏はまさにそのタイトルのように、陽気で軽妙な語り口から、一瞬にしてカッと燃え上がる激情、そしてしっとりとした泣きまで、まったく予測不能なくらい変幻自在に変化していく。そのどの場面もが既存のフレームに収まりきらないようなエモーションいっぱいの激演である。なんというスリル、興奮、心臓直撃の感興だろうか。それも木に竹を継ぐようなぎくしゃくしたところは一瞬もなくて、あくまでもナチュラルで目いっぱいしなやかな演奏なのだ。

 コンサートの第1部は、濱田、石川、西山のアントネッロの基本ユニットの3人だけのステージで、濱田さんはずっとルネサンス・リコーダーを吹いた。まず1曲目は、それこそ空気のように漂う透明で自然体のリコーダーのソロに始まり、それがガンバの重厚な音をともなってサウンドの厚みをましたかと思うまもなく、チェンバロの強靱なリズムが加わって、一瞬にして絶頂に達していく。そしてコクのあるチェンバロの音に乗って、ひとときリコーダーはひょうひょうと舞ったのち、ふたたびリズミックに力強く歌っていった。

 2曲目では冒頭から3人が全力で疾走する。濱田さんは激しく身を捩りながらフォルクローレ的な響きのアーシーな濁音もまじえて吹きまくるのだから、早くも聴き手のテンションは上がりっぱなしである。ところでこの濱田さんの身を捩りながらの特徴的な演奏スタイルはもちろん今回にかぎったことではなく、これがグループ全体のリズムの揺れを生み出して音楽にいっそうダイナミックなヴァイブレーションをあたえているのだが、今回はそのキー・ポイントとなりそうな説明があった。

 濱田さん自身のトークによれば、17世紀のスペインには「キエブロ」とよばれる装飾技法があって、さまざまな音楽で使われてきたが、この言葉にはもともと「上体をねじる」とか「闘牛で牛を避ける」といった意味があるのだという(なるほど!)。ともあれ、あらためて3人の激演を聴いていると、その即興や装飾を含めた相互のやりとりは、当意即妙という以上のもので、あえてたとえれば、もはやひとりの演奏者、あるいはひとつの楽器であるかのような類のない密度に達しているような印象を受けたのだった。

 3曲目の《チャコーナ》は西山さんのチェンバロ・ソロでの演奏。ハガネのように強靱でくっきりした美音によるタメのたっぷりした演奏に、冒頭から釘づけになった。クライマックスではストップを切り換えてさらに強力なパワーに。音にコブシのある弾けた演奏はまさにファンキー!

 続く4曲目は石川さんのガンバと西山さんのチェンバロのデュオで、落ち着いた包容力たっぷりのガンバの演奏が、アクセントの強いチェンバロと対話をとおして、キリキリとテンションの高い演奏に変貌していくのが聴きものだった。

 5曲目でふたたび濱田さんが登場して、透明感たっぷりの幽玄な響きのリコーダー・ソロでトリオ演奏がスタート。そして鮮烈なチェンバロに触接されてリコーダーはいっそう力強く飛翔していった。ゴリゴリ弾くガンバやシャープなチェンバロに対して滔々と流れるように吹きまくるリコーダーの音がじつに印象的。それにしても超激演でありながら驚くほどのスムーズな演奏で、濱田さんならではの世界をたっぷり堪能できた。

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 休憩後の第2部は、アントネッロのコンサートでおなじみの古橋潤一さん(リコーダー)をゲストに迎えてのステージで、1曲目から4人が勢ぞろいした。中央のチェンバロとガンバをはさんで、左右に古橋さんと濱田さんのリコーダーという配置、つまり2本のリコーダーがステレオ状態で鳴ったわけなのだが、リズミックな陽性の音で、恐ろしいほどの立体感を生み出していた。恐ろしい? じっさい、濱田さんの演奏を聴いていると、まるでこちらも揚げ雲雀でもなったごとくに空高く飛翔していく感覚にしばしば襲われるのだが、次の瞬間には急降下するのだから、まさに恐ろしいほどスリリングなのだ。それが今回は2本の掛け合いでより立体感に、ほんとうに身が浮くような飛翔感覚で演奏されたのだからたまらない! こんな聴き方は邪道かもしれないけれど、ともあれ理屈抜きに超絶音楽体験だったことは事実なのだ。

 2曲目ではいったん濱田さんがはずれて3人での演奏。古橋さんのリコーダーのソロからスタートしたが、そのちょっと中近東的の響きのような異国ふうのサウンドに驚かされた。前曲ではまるで2人の濱田さんが吹いているかのような印象すら受けたのだが、この2曲目での古橋さんの独特の音はとても耳に残った。そしてこのリコーダーが。自在に切れ込んでくるガンバやチェンバロとしなやかに交錯しつつ曲が進行していった。

 続く西山さんのチェンバロ・ソロによる3曲目は、じつにくっきりとした美音でありながら、最高にしっとりと情感たっぷりに演奏されて、ウットリと聴き惚れてしまう。

 そしてふたたび濱田さんが加わっての4人編成での4曲目は、ひじょうに明るくユーモラスにさえ感じる濱田さんのリコーダーがリードする演奏で、途中から古橋さんが、楽屋への通路で吹いてエコーを加えるというおもしろい展開。

 5曲目も4人の演奏で、冒頭で濱田さんが基本的には素朴で柔らかくリコーダーを吹きながらいろいろな音色を織りまぜていったのがまず聴きものだった。背後のチェンバロとガンバは例によってくっきりと美しい。後半ではもちろん、古橋さんとのスリリングなリコーダーのバトルになだれこんでいった。

 ここでいったん古橋さんが抜けて3人編成となり、そして本日唯一、濱田さんがコルネットを演奏した6曲目の《チャコーナ》となったが、筆者の独断と偏見ではこの第2部の《チャコーナ》こそは、圧巻ぞろいな本日の演奏のなかでも最大級のインパクトを感じたものだった。ピッツィカートでのガンバとチェンバロがつむぐソリッドなサウンドは、もはや通奏低音の類ではなく、リズム・セクションそのもの。それにコルネットがクールにからんでいく。その突き抜けるようなクールで力強い響き、カッコよすぎる。これはアンネッロによる「クール・ジャズ」なのだ。これまでもジャズ的と感じるような演奏をいつも聴かせてくれたアントネッロだったが、この演奏こそは、またひとつ壁を突き抜けた確信犯的な演奏だと思った。ジャズ・サウンドというだけで拍手喝采しているわけではない。演奏のきわめつけの「説得力」にすっかりまいってしまったのである。この説得力の源は、彼らが不退転の決意で新たに一線を超えたことによるものにちがいない。

 4人編成でのラストの7曲目は、羽根のように軽やかな濱田さんのリコーダーと軽快なチェンバロとガンバ、そして古橋さんのしなやかなリコーダーが、前曲の興奮で火照った聴き手を優しく醒ましてくれたのだった。

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 これからもベリー・ダンサーとのコラボレーション・コンサートなども含めて、さまざまな活動を予定しているアントネッロが、そのコアな部分のレパートリーを最新の演奏でたっぷりと聴かせてくれた本日のステージは、またしても彼らがさらに新たな地平に踏み出していることを示してくれた。

 アントネッロの音楽はもはや既存のジャンルでは分類不可能な前任未踏のアコースティック・ミュージックなのだ。

[白石和良]

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