2008/09/14

音楽非武装地帯 by onnyk[004]周尾淳一『山海経』

Sangaikyo周尾淳一『山海経』
Shuo Jun'ichi "SUTRA OF THE DESCRIBED WORLD"
(allelopathy / jam records, 2008)

このブログをご覧になっている皆さん! いつもお読みいただきありがとうございます。
私、onnykは自主レーベル「アレロパシー=allelopathy」を主宰しております。これまで4枚の、自分の関わった即興演奏系のCDを発表しています。このたび、思うところがあって、ちょっと異なる方向性の作品をリリースしてみました。これは岩手県花巻市在住の、孤立したミュージシャンが独力で製作したサウンドの構築物です。彼は多様な音楽を経験し、影響を受けていますが、本質的には彼自身の天性と才能によってここまで達しました。私は選曲と編集を手伝っただけなのですが、その過程で助言をもらった友人から完成品への感想をもらいました。それをCDの紹介文として使わせていただくことにしましたので、ぜひお読みください。そして興味をもたれたら、ご連絡いただきたいと思います。

◎このCDに関する連絡先: onnyk●gamma.ocn.ne.jp(●=アットマーク)

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2008/04/02

[日誌]海老澤先生のパーティ、今村友子+寺神戸亮+多井智紀ライヴ

◎3/29(土)

夕方から溜池山王へ。海老澤敏先生の平成19年度文化功労者顕彰記念パーティ(ホテルオークラ)。

こんなに広い宴会場に入ったのははじめて。出席者は200人は超えていたと思う。あっちにも、こっちにもよく見かけるお顔が。海老澤先生にご挨拶しようと思っても、先生が会場に降りてこられるとすぐに「ご挨拶」の長蛇の列ができてしまうのであきらめて、ほかの方々とお話をする。音楽の演奏もあった。林美智子さんのケルビーノがとてもよかった。

湯浅譲二さんがいらっしゃったので、先日の個展が素晴らしかったというと、「作品を作った当時は理解してもらえなかったが、いまの若い人たちの感性でほんとうによくとらえてもらえた」と喜んでおられた。まさに「時代が追いついた」ということか。

080329ebisawa海老澤先生からの「お土産」は、最新刊『モーツァルトの廻廊』(春秋社)とCD『小川京子/二つのモーツァルト』(日本モーツァルト研究所)。前者はながらく音楽之友社から出ていた「私のモーツァルト・クロニクル」シリーズの最新刊。2006年=モーツァルト生誕250年の狂騒を、そのただなかで静かに見つめた海老澤先生の視座を、春秋社の高梨さん、黒田さんがたしかなかたちにしている。「廻廊」というタイトルがいい。後者はやはりモーツァルト生誕250年の祝年に日本モーツァルト研究所がおこなったシリーズ演奏会のなかから、奥様の小川京子さんがピアノを弾いた2曲──ピアノ協奏曲第22番変ホ長調K482(前田二生指揮新東京室内オーケストラ)とクレメンティが編曲した交響曲第40番ト短調K550の室内楽版(神田寛明[fl]、堀正文[vn]、藤森亮一[vc])──を収録。どちらの演奏会もじっさいに聴いているが、後者については格別な印象をもっているので、もういちど聴けてうれしい(その日の感想は以前のエントリで書いたので、そちらを参照)。

海老澤先生とパーティの最後にようやくご挨拶。「なにか横文字の出版社をつくられて、ご活躍とか……」──独特のやわらかなユーモアは健在。1冊、作りかけで止まっている本があって、気になっている。なんとかしたいものだ。

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2007/05/04

作曲/演奏/理論をつなぐエクリチュールの洗練|CD『ドゥブル-レゾナンス/小鍛冶邦隆作品集』

◆ドゥブル−レゾナンス/小鍛冶邦隆作品集
 コジマ録音 ALCD-72

◎曲目
1.オーケストラのための《愛の歌》(1988)
2.ピアノとオーケストラのための《愛の歌II》(1999)
3.ピアノとオーケストラのための《デプロラシオンII》(2003)
4.オーケストラのための《愛の歌III》(2003/2006改訂)
5.ピアノと16奏者のための《ドゥブル-レゾナンスII》(2004)
6.ピアノと室内オーケストラのための《ポルカ集・タンゴ集II》(2001)

◎演奏
小鍛冶邦隆(cond.):1、3−6
秋山和慶(cond.):2
東京交響楽団:1−4
東京現代音楽アンサンブルCOmeT:5−6
中井正子(piano):2、3、5-6

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2006/11/27

戸ノ下達也の「近代ニッポン音楽雑記」004──懐かしく、心あたたまる世界──東京混声合唱団のCD『懐かしいアメリカの歌』

東京混声合唱団/懐かしいアメリカの歌──東京混声合唱団愛唱歌集

 + + + + + + + + + +

 勤務先が郊外で、一定時間(あるいはそれ以上に)拘束されざるをえない我が身にとっては、演奏会に出かけること事態がはなはだ困難な状況にある。東京混声合唱団の創立50周年演奏会にもまったく足を運べず、口惜しい思いをしている私のような者に、このCD発売は朗報であった。日々の生活や雑事に追われ、時間に追われ……という身にとっては、じっくりと、またしみじみと聴けるアルバムである。

 東混の今日にいたる足跡や功績は、今ここで新たに触れる必要はないくらい周知のことであろう。私がこれまで何回かステージで見たり聴いたりした東混の演奏は、演奏する側も聴く側も等しくコーラスの楽しさや喜びを実感することのできる、まさに「音楽」の世界であった。私には、全国で開催されている「創立50周年記念演奏会」がこのCDにも収録されている楽曲を含めたプログラムであること、そしてなにより、まさに気軽に口ずさめる楽曲によるアルバムが発売されたことの意味をここで「かみしめておきたい」のである。たんに音楽のテクニックを披瀝するのではなく、人々の心に息づいている「音楽」の本質、それを問いかけたアルバムなのではなかろうか。

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2006/05/22

高免信喜のCD、ライヴ情報

Tkmn ニュー・ジャージー在住のジャズ・ギタリスト、高免信喜(たかめん・のぶき)さんのグループが、このほどCDをリリース、そして日本ツアーをおこないます。

 CD『Bull's Blues』は6/21(水)、What's New Recordsより発売。全9曲すべてオリジナルだそうです。

 ライヴ・ツアーは6/29(木)山口から、博多、広島、鳥取、岡山、大阪、京都、岐阜、名古屋、金沢、山梨と来て、7/15(土)東京「Tokyo TUC」にてフィナーレ。

 1977年生まれ(まだ29歳! 若いなあ)でNYで活躍するジャズ・ギタリストというと、なんとなくアヴァンギャルドな感覚を想像されるかもしれませんが、素直でほんわかとした人柄そのままのあたたかなジャズを奏でてくれます(ホームページにサンプル音源あり)。ギターのテクニックも素晴らしいけれど、どちらかといえばコンポーザー気質? と勝手に判断してます。

 チャンスがあったら、ぜひ彼の音楽に触れてみてください。[genki]

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2006/03/18

涙の形 The Alchemy of Tears

Alchemyエヴリン・タブというソプラノ歌手を知ったのは、1995年秋のコンソート・オヴ・ミュージック来日公演。ぼくのめあては、ほかの多くのひとたちとおそらく同様に、ソプラノのエマ・カークビーや音楽監督・リュートのアントニー・ルーリーでしたが、輝かしいカークビーのソプラノに寄り添い、陰影をあたえるかのようなタブの歌唱には、うまくことばにできないけれども、強く深い印象をもちました。いや、正直にいえば、2003年につのださん、波多野さんとのステージでふたたびその歌と再会したときに、そのときの陰影をもった印象が、記憶の中でふさわしい場所を得た──というのが正しい。音楽は記憶の芸術ですが、よい演奏会はまた、過去の記憶を創造しなおすこともある、というひとつの例でしょうか。

そうして処をえたぼくの記憶が告げるタブさんの歌唱は、いわゆるクラシックの歌手とはまったく違っていて、むしろアイルランド土着のフォーク・シンガーに近いような、型にはまらない自由さと、〈うた〉そのものの伝統への忠実さを矛盾なくあわせもっています。これは、じつはいくら強調してもしすぎることのない点だと信じているのですが、ぼくは(こういういいかたが許されるならば)このような〈うた〉が、このクラシックの世界で、よくもまあ生き残ることができたものだ、と感嘆すらしているのです。
martin_hayes具体的にいうと、タブさんの歌唱の「自由さ」は、たとえばその音程の独特の操りかたにあります。それはほんとうに微妙なものなので、CDを(いや、できれば、ライヴで!)聴いて確認していただくしかないのですが……(以前、マーティン・ヘイズというアイルランドのフィドル奏者のCDを、何人かの同僚に聴いてもらったところ、クラシック好きのひとほど、その独特のピッチ・センスに違和感をおぼえ、音楽を楽しむところまでいかなかった、そのことを思い出します)。
もうひとつは、その呼吸のコントロールの自在さ! ほとんど絞りだすかのような、呻きとも溜め息ともつかないうたに、上述の独特のピッチが乗って、ほんとうに独特の世界を作りだします。

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